5.


 

 平日は駅前の進学塾でアルバイトしているという馨。有也は月曜日の夕方、その進学塾に出向いた。
 ちょうど始業時間なのか、学ランやセーラー服、ブレザーを着た中高生たちが足早に中へ入っていく。そのど真ん中に派手な外車を乗りつけた、一見して水商売風の男は、いやが上にも浮いた。

「お忙しいところスミマセン」
「はい」

 有也は営業用の微笑を浮べて、受け付け窓口にいた女性に声をかけた。

「パンフレット頂けませんか?うちの弟が来年高校受験で、こちらに通わせようかと思っているんです」

 もちろん、口から出任せである。有也には兄はいても弟はいない。
 嘘をもっともらしくつくこと。一度ついた嘘は最後までつき通すこと。それが、有也がホストとして勝ち上がってこれた理由かもしれなかった。

「そうしますと春からのご入塾という形になりますね。短期の冬期講習や春期講習もありますが、いかがでしょうか?」
「ああ、じゃあそちらのパンフレットも見せて頂けますか?」
「承知致しました。高校受験コースですね」

 そういって差し出されたパンフレットはカラーのとても綺麗な装丁のものだった。ページをめくると時間割や講師の名前が書いてある。その中に、有也は馨の名前を見つけ出せなかった。

「実は私の知り合いがこちらで講師をしていると話してまして、それで勧められて来たんですが・・・名前がないみたいですね」
「え?」
「あ、いえいえ、水沢馨というんですが」
「ああ、水沢ですね。水沢は現在アルバイトで、来年春に正式雇用されることになっております。当塾では受験生コースはベテランの正社員が担当することになっておりますので・・・」
「そうですか。だから水沢の名前がないんですね。ちなみに、水沢は今日もバイトだと話していたんですが・・・」
「少々お待ちくださいね」

 親切な受け付け嬢は、デスクの引き出しから時間割を取り出した。

「水沢は本日は小学校高学年クラスの英語を担当しておりますね」
「小学校クラスもあるんですか。大体いつ頃に終わりますか?」
「7時までですね」
「そうですか。ありがとうございます。では、入塾の件、前向きに検討させて頂きます」
「はい。お気をつけてお帰りください」
「ありがとう」

(ありがとう。君は、本当に役に立ってくれたよ)
 有也は車に向かって歩きながら、10人中9人までが美しいと言うであろう顔に微笑みを浮べた。

(しかし、多少無用心すぎるかもね。俺がストーカーだったりしたら・・・ま、似たようなもんだけど)

 時計を見ると7時まであとわずか。
 有也は車を少し隅に寄せて、勝手に待たせてもらうことにした。



 馨は、7時15分に正面玄関から出てきた。
 一瞬だけ有也のBMWに目を向けたが、車内にいる有也には気付かなかったようで駅の方へと向かう。

「馨」

 ウインドウを下げて呼ぶと、馨は驚いたような顔をして振り返った。
 が。

「馨っ!?」

 声の主が有也であると認めるや否や、一目散に駆け出したのだ。
 まさかそんなアクションを起こすとは思わなかったため、反応が遅れた。しかし、すぐに我に帰り、車から降りて駆け出す。

 駆け出す前に馨が見せた表情。それは驚きと、恐怖。
 でも、逃がしてやれない。

「馨!待てよ!」
 叫んでも馨は振り返らず、代わりに道行く見知らぬ人々が何事かと振り返る。
「馨!」

 交差点の信号が赤に変わる。馨は一瞬躊躇して有也の方を振り返り、有也がすぐ近くまで追って来ているのを認めると、車の走り出した車道に飛び出そうとした。

「馨っ!」

 クラクションがけたたましい音を立てていた。




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