6.



 それから。
 僕は泣きながら馬車に乗り、邸へと向かっていた。
 しかし、その途中で僕は眠ってしまったらしい。皇宮から邸へのあの短い距離で眠り込むなんて、おかしなことだけど。
 泣き疲れたせいかと思ったが、あの猛烈な睡魔はそんなレベルではなかった。
 おそらく、薬を盛られたのだろう。多分、兄様に。

 その薬は随分強いものだったらしい。何度か揺すぶられてうっすらと目覚めると、父の心配そうな顔が目の前にあった。この父がこんな顔をするなんて、と、妙な寂寥感に駆られたが、それだけ。睡魔にはどうしても抗い切れなかった。

 途切れ途切れの記憶。僕は眠っては目覚め、目覚めては眠っていた。目覚めている時は吐き気を催すほどの頭痛に苛まれ、思考能力は皆無に近かった。ただ、僕は眠っている間に父の陰謀に担ぎ出されたのだということだけは分かった。
 
「皇太子殿下、万歳!」
「アクシュラ王国、万歳!」

 決して小さな声ではないはずなのに、もやがかかったようにしか聞こえない。
 剣のぶつかる音だとか、悲鳴、叫び。そんな音さえも、ぼんやりと霞んで。

 数日間そんな日々を過ごして、ようやく頭がクリアになってきたとき、僕はこの世で一番見たくないものを見た。

 皇帝正規軍の軍旗。

 つまり、兄様が討伐に自ら出向いた、と、そういうこと。

 アクシュラ王国復帰を目指して戦っていたバリウラス地方の人々の士気が途端に落ちる。当然だ。今まで数と勢いだけで戦ってきたような、寄せ集めの、軍隊とも呼べないようなもの。かつて軍神と称えられた皇帝率いる軍に、勝とうと思える方がおかしいのだ。
 あの兄様とまともに戦うなど、愚の極み。

 視界が霞んできた。まだ薬が抜けきらないのか、と思うがどうやらそうではないらしい。
 僕は、泣いていた。

 兄様が僕を討ちに、そこにいること。見たこともないような冷たい表情で、そこにいること。
 もちろん、それはとても悲しいことだったが、僕が泣いたのはそれだけが理由ではなかった。

 バリウラスの人々には、何の罪もない。
 父が自分の野心のために、バリウラスの人々は巻き込まれただけなのだ。

 ただ、バリウラスの人々はアクシュラ王国に会いたい人がいた。アクシュラ王国といえばルゥラン帝国と敵対している国で、バリウラスが帝国領となって以後、全く国交もない。
 バリウラスの人々は、祖国にただ戻りたかっただけなのだ。

 それに気付いたとき、僕はどうしようもなく泣けた。ここまで来る過程で、命を落とした人も少なくはない。僕は父の煽動と、自分の存在を改めて恐ろしいと思った。

「戦うのだ!アクシュラ王国へ戻りたいのだろう!?」
「もうやめてください!」

 父が、戦意を喪失した人々を鼓舞する。しかし、僕はもうこれ以上、罪のない人が命を落とすのを見たくはなかった。

「もう…やめてください」

 いくら薬で朦朧としていたとはいえ、ここまで進んできたのは皇太子という存在感が与えたものも大きい。その責任は、自覚している。
 僕は、その責任をとろうと1人馬を駆った。

「アリューシャ!」

 父の声が遠くなって、かわりに近くなるのは。
 近くなるのは。

「…陛下にお願いがあります」
「…申してみよ」

 両軍からそれぞれ同じだけ距離を置いた場所で、僕は兄様に向き合った。僕が1人馬で駆けてくるから、兄様も出てきたらしい。

「バリウラスにいる、アクシュラの人々の祖国への帰国を、お許しください」
「許可しよう。無駄な抵抗をやめ、剣を捨てると約束するなら」

 僕は、その時初めて自分の腰に剣がぶら下がっていることに気付いた。

 その剣を、投げ捨てる。
 それは事実上の降伏を意味した。




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