3.



 兄様と姉様は、とてもお似合いのカップルなのだけど、普通の夫婦とか恋人同士とはかなり空気を異にしている。
 それは、皇帝と皇后という立場だから、ある意味当然ではあるのだけれど、僕はたまに、2人の間に微妙な違和感を感じ得ない。
 もちろん、実は仲が悪いとかそういうのではなく、どう見ても2人は仲が良い。ただ、何というか、男女の関係とは少し違うように思えるのだ。
 女性と付き合った経験もなく、かつ、同性である兄様に恋をしている僕だから、その辺は今一つ分かったような口を利けないところではあるのだが。それでも、感じてしまう、違和感。

「午後からは北のナーガル地方の領主が面会を求めてきていたな」
「そうですわね。あの辺りも問題の絶えない地域ですわねえ」

 食後のお茶を飲みながら、微笑みとともに交わされる会話。でも、内容は帝国のこと。
 いつもそうだ。この2人が帝国のこと以外を話している姿を、僕は見たことがない。

「仕方なかろうよ。あの辺りは大体気候が悪い。人の心が荒れるのも分からんでもない」
「まあ、確かに。そういえば陛下、午前中の輸入アルコールの関税の件は…」

 そうして、しばらく僕はぼんやりしていたらしい。

「…アリューシャ…アリューシャ?」
「…あっ、はい!」
 
 兄様の声に我に帰ると、2人が心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。

「どうした。心ここにあらずという感じだな」
「やはりお疲れですか?顔色はさほど悪くないようですが…」
「いえ…申し訳ありません。昨晩遅くまで本を読んでおりましたもので…」

 そう答えると、2人は安心したように笑った。

「相変らず熱心だな。私の右腕として働いてもらえる日も、そう遠くなさそうだ」
「ですが、あまり無理をなさってはいけませんよ?」
「申し訳ありません」

 恐縮して縮こまる僕に、2人は優しい微笑をくれる。

「謝ることではないさ。お前が頑張っている姿を見ると、私も頑張ろうと思える。けれど、サヴィの言うように、決して無理はするな。まだ時間はあるのだから、ゆっくり大人になればいい」

 くしゃり、と兄様は僕の髪をかき混ぜる。まるで、幼子にするような扱いに、僕は少し面食らう。

「では、な。アリューシャ。午後の仕事があるのでそろそろ行くよ」
「私も失礼させて頂きますわね」
「来週の御前会議で会うのを楽しみにしているよ」
「は、はい!」

 優雅な仕草で2人は立ち上がるとドアに向かう。僕は立ち上がって見送るべき立場であるのに、どうしても立ち上がれなかった。
 ひそやかに、姉様の耳元に兄様が何事か囁きかけ、姉様が応えるように笑う。その細く白い腕が兄様の腕に絡められる様を、僕はまるでスローモーションのように見つめていた。
 僕は、妬いている。あの美しくて優しい、大好きな姉様に。
 兄様を取らないでと、心が叫んでいる。



 家に帰ると、また父が訳の分からないことを喚いていた。今日は広間に幾人か、ガラの悪そうな男たちもいた。
 否、多分父は普通の言語を話しているはずだ。ただ、僕の耳に言葉として入らないだけで。
 
「アリューシャ、聞いているのか、アリューシャ!」
 
 ヒステリックに喚く、この男を、我が父ながら醜いと思う。
 穏やかに、鷹揚に笑う兄様を見た直後だからかもしれないけれど。

 兄様が声を荒げるところなど見たこともない。いつも冷静で、大抵のことには表情すら変えない。
 でも、僕には優しい笑顔を見せてくれる。

「…からな!良いか!?…明後日の…」

 言葉が耳を素通りする。聞き逃してはいけない話のように思うのに、耳と頭が拒否している。僕は喚く父を放って、自室に逃げ込んだ。
 
 慣れた自分の部屋の匂いにほっとする。机の上には読みかけの本が何冊か乱雑に置いてある。
 それらは、いつも僕を夢中にする学問書。時を忘れて読みふけることが、いつもならばできるのに、今日はどうしてもできなかった。

 兄様。兄様。

 頭の中は兄様の顔で埋め尽くされている。あの笑顔が、僕にだけ向けられたらどれほどに幸せだろう。
 姉様に笑い掛けないで。姉様の方を見ないで。
 子供じみた独占欲に思わず笑いがこみ上げた。

 もう、限界だ。




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