お飾りとは言え、皇太子である僕は皇宮で行われる御前会議に出席する義務がある。 まだ成人前だから大した意見は求められないが、僕はその時間がとても好きだった。 「…ですからして、帝国に翻意ありと見なすのが妥当。至急、討伐を」 皇帝の戦いを避ける姿勢を、好ましく思わないのは僕の父だけではないらしい。ことあるごとにこの「戦争推進派」の人々は、皇帝に戦争を勧める。 「…根拠に乏しい」 それに対し、いつも皇帝は大儀そうにこの一言で切り捨てる。 「しかし!バリウラス地方は元はアクシュラ王国の領土でした。いつアクシュラ王国復帰を目指して蜂起するか分からないではありませんか!」 「アクシュラに戻りたいと思う心理が分からんな。仮に、蜂起して帝国に楯突いたとして、どうなる?周りはすでに帝国の支配下だ。そんな陸の孤島で、お前なら独立したいと思うか」 「それに乗じて周りも反乱を起こしたら取り返しが付きませんぞ!」 「付くさ。甘く見るな」 冷たい微笑とともに吐き出される言葉に、凍りつくような沈黙が訪れる。 「…皇太子殿下のご意見は」 議長が僕に意見を求める。僕は、いつも皇帝に同意を示すだけだ。 お飾りでも、皇太子が皇帝に同意するのはとても大きな意味があり、それだけで会議は皇帝の有利に進むのだ。 父としては、面白くない限りであろうが。 「私も、今すぐ討伐するべきではないと思います」 上座に座った皇帝の口元が、近くで見なければ分からないほどかすかに上がる。恐らく、気付いているのは僕だけだ。 「一度、都にバリウラス地方の領主を呼び寄せてみてはいかがでしょう。仮に翻意があって楯突くつもりなら呼び出しには応じないでしょうし」 「良いことを言うな。至急、バリウラスに早馬を。真偽を確かめてから討伐としても、何ら遅くはない」 「他に、議題は」 「陛下、輸入アルコールの関税のことですが…」 「ああ、今日も疲れた」 あの後、いくつかの議題が上げられ、会議が終わったのは昼近くだった。僕は、皇帝と皇后とともに皇宮のテラスで昼食を摂ることにした。 「まだ1日のお勤めの半分も終わっておりませんよ、陛下」 「そうは言っても、サヴィ…。どうしてああも、奴らは戦いが好きなのだろうな」 「陛下の軍神の如きお姿が忘れられないのですよ」 僕は、先ほどから胃の辺りがちくちくするのを感じていた。 多分、皇帝と皇后の仲の良さを目の当たりにしているせいだろう。近くで見ても、遠くから見ても、本当にこの2人は仲が良い。 少しでも長く側にいたくて、誘われるままに昼食をともにしているけれど、僕はいつも後悔するのだ。 帰れば良かった、と。 「…どうした、アリューシャ。気分でも悪いか?」 「え?」 どうやら、少しぼんやりしていたらしい。皇帝と皇后が心配そうに僕の顔を見つめている。 「申し訳ありません。少し、先ほどの会議での緊張が残っているようで…」 そう答えると、2人は安心したように笑った。 「お前も、随分慣れてきていい意見を言うようになったな」 「本当に。私も同席させて頂いて、殿下の堂々としたお姿に涙が出そうになりました。ご立派になられましたね」 「あの小さかったアリューシャが、な」 照れて、僕は苦笑する。 この2人は、僕の幼少期を知っているのだ。 僕は、5年前…12歳まで皇宮で育った。僕は、一人っ子だったから、この2人を兄か姉のように慕っていた。 シュリ兄様とサヴィーナ姉様。 その頃は、父はまだ自分が皇位に就くことを諦めていなかった。だから、僕のことなんて二の次で、随分寂しい思いをしたことを覚えている。 父と当時皇太子だったシュリ兄様の関係は微妙と言うよりいつ決裂してもおかしくないものだったが、それでも僕のことは可愛がってくれた。 『にいさま、にいさま』 兄様が結婚するまでは、いつもそうやってちょこちょこと後ろを付いていった。12歳年上の兄様も小さな僕に極甘で、僕は兄様に散々甘やかされて育った。 兄様が戦に駆り出されるたびに僕は大泣きで、帰ってくるたびに嬉しくてまた泣いて。 兄様が大好きだった。世界の全てだった。 そんな兄様も僕が10歳の時に結婚。それまで国交のなかった大国からサヴィーナ姉様を迎えられた。 僕は寂しくて随分駄々を捏ねたが、嫁いで来られたサヴィーナ姉様は綺麗で明るい人で、あっという間に懐いてしまった。 それから2年後、12歳で兄様の即位と僕の立太子を機に、僕は皇宮を出ることになった。 更に5年経って、今。 僕の思いは「兄に対するような親愛の情」という言葉では片付けられないような、強い、熱いものになっている。 |