「絶対に、アリューシャに皇位を授けてみせる」 酔うと、父は必ずこの話をする。 僕は、またかとため息をついた。 父曰く、現在の皇帝は戦いから逃げてばかりの無能者の癖に、父から皇位を不当に奪ったのだと言う。 母曰く、父は第一皇子でありながら生母の身分が低かったために皇位に就くことができなかったことを、逆恨みしているのだと言う。 どちらの言が正しいかは、世論を見れば明らかだ。 けれど酔って出る言葉は、偽りのない本音。父は本気で、僕を皇位に就けたいと思っているらしい。 僕の名前はアリューシャ。父方の叔父に当たる現皇帝陛下に、即位後5年を経ても御子がお生まれにならないために据えられた、仮の皇太子である。 もちろん、皇太子の身分に据えられてはいるけれど、自分が支配者の器ではないことはよく分かっている。 剣を取って戦うには僕の腕は細すぎ、体も弱すぎる。帝国を守り、時には帝国を率いて戦わねばならない皇帝という立場には、僕は軟弱すぎるのだ。 そんな立場に立たされるくらいならば、僕は書物を一冊でも多く読んで知識を吸収し、文官としてこの国に仕えたいと思っている。そして、できることならば現皇帝陛下のお側に。 役に立つ腹心として仕えたい。それが、僕のささやかで、でも最大の野心だ。 「父様、僕は皇位になど興味はありません」 「何を言うか。お前は正式な皇太子ではないか」 「ですが、それは…」 皇帝陛下に御子がお生まれになるまでの仮の皇太子位。皇帝陛下と異国から嫁いで来られた皇后陛下はとても仲睦まじく、御子ができるのは時間の問題であろう。 そう、仲睦まじいのだ。 妬けてしまうほどに。 「仮にあの男に子ができたとして、あの腑抜けの子供だ。ろくな皇帝にはならない。帝国は弱体化の一途を辿るのみだ」 「腑抜けなどと…」 あの皇帝がどれほど有能か、帝国で知らないものはいない。先帝の意向で戦いに明け暮れた皇太子時代、彼が一度でも敗北を喫したことがあったか。 いつだって、最小限の犠牲で帝国を勝利に導いてきた。帝国は彼の活躍によりその版図を広げ、現在の隆盛を誇る。 しかし、即位の後は一度として戦争をしていない。大陸で一番の国土と富を持つルゥラン帝国と、軍神と称えられた皇帝に逆らえないというのが本当のところだろう。 「良いか。大陸一の富を誇って何になる?必要なのは完全な支配だ。大陸全土を手中に収めるべきだ。あの男はそれが分かっていない」 大陸を支配して、一体何になる?と僕はいつも父に問いたい。 祖父にあたる先帝は、大陸の支配を目指し、志半ばにして病に倒れた。今となっては、彼が何を目的として大陸の支配を望んだのかは知らない。 戦の才能は第二皇子である現皇帝が引き継いだ。しかし、野心だけは、第一皇子である僕の父が引き継いだらしい。 「お前の初陣も、これではいつになるか分からないではないか」 初陣など。 戦などしなくていいものならしないに越したことはないのだ。先帝が崩御した頃、度重なる戦いに、帝国は疲弊し切っており、安息と平和を求めていた。それを完全な形で与えたのが現皇帝だ。 絶望していた国民が、あの時どれだけ安心したか、まだ記憶に新しい。 「とにかく…お前は父の言うことを聞いていれば良い。必ず皇位に就けてやる」 きっと、よからぬことを企んでいるのだろう。父の目は酔いだけではない何かにいつも濁っている。 それを僕は止めることもできずに、ただ見ていることしかできなかった。 |
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