「翠、何で来た!?」
「へ?車に決まってるじゃない」
と言って窓の外を指差してやるが、青は見ようともしなかった。
「そういうこと言ってるんじゃない」
うっとうしそうな目で見るのねえ。
クスクス。良いのかしら。沙矢ちゃんに色ーんなこと話しちゃうぞ。
「沙矢ちゃん、このクッキー美味しいわ」
「嬉しいです。お菓子作りとか好きなので」
にっこり微笑む沙矢ちゃんは本当に可愛かった。
こんな良い子、青には勿体無いわ。
「であなた達、子どもの予定は?」
「……下世話なババアだな」
「ババア……いいのかしら。そんなこといっても」
口元を歪めて青を見つめる。
沙矢ちゃんは、私と青を見比べた後、こう口に乗せた。
「その内できるだろうとあまり気にしないようにしてるんですよね」
「うふふ、あまり気にしてないけど、頑張ってるのね」
沙矢ちゃんは、ぽっと顔を赤らめた。青は微かに目をそらしてる。
意外に純情なのね、あなたって。
「用件はそんなことじゃないの」
表情をがらりと変えて切り出す。青と沙矢ちゃんも表情を変えてこちらを見つめる。
「あなたたち、式挙げてないんでしょう?」
「お義姉さん?」
「今からでも挙げなさいよ。男なら女の子の夢とか分からないと駄目よ、青」
私は結婚早かったけど、ちゃんと式は挙げたから、
何でこの二人は入籍だけで済ませようとしているのか理解できなかった。
おせっかいかもしれないけどね。
「わざわざそれを言いに来たのか」
「そうよ。藤城家の長男なのだもの。式も盛大にやらなきゃ」
青は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「式にかこつけて藤城の家に呼び戻そうとしてるんだろう。
呼び戻して藤城の長男としてふさわしい式をか……」
「そう取ってくれていいわよ、あなたがそう取りたいなら」
カチャ。紅茶を飲み干し、カップを置く。
「俺が本当に考えてないとでも思ってたか?
式は挙げるつもりだ。暫く沙矢には黙っておこうと思ってたのに」
「あら、そうなの?」
「あ!」
「入籍が沙矢の誕生日だったから結婚式は、俺の誕生日にと」
真剣な目をして何を言うかと思えば。
沙矢ちゃんがみるみる嬉しそうな顔になる。
「そういえば入籍した日に式のことも少し言ってたわね」
「ウェディングドレス着たいんだろ?俺も見たいんだからな」
「私も青のタキシード姿見たいわ」
沙矢ちゃんはじっと青を見つめてる。青はその視線を受け止めて、手を握ってる。
完全に二人の世界ねえ。
「式は二人きりで静かに挙げるつもりだ」
「親父にも言っておいてくれ」
「分かったわ。ちゃんと挙げるのよ!」
「ああ」
「はい」
沙矢ちゃんは青の隣で幸せそうだった。
「いつもでしゃばりすぎなんだよ、だからうっとうしくなるのも分からないのか」
「それはあなたが可愛いから」
悪びれなく微笑むと青は、顔を歪めた。
「……沙矢も姉貴も可愛いとか抜かしやがって」
やはり可愛いと言われてるのね。
ということは沙矢ちゃんと私ってば同志かしら。
「ねえ、可愛いわよね、青って。捻くれてる所も慣れると案外……」
「そうなんです!サド……いえごめんなさい」
沙矢ちゃんは慌てて口を押さえている。
青は難しい顔で腕組みして様子を見守っているみたい。
「良いのよ。聞かせて」
「はい。意地悪するのは愛情の裏返しなんですよね、青って。
なかなか分かり辛い性格ですけどね」
「こんな可愛げない子と一緒にいてくれてありがとうね」
「さっき可愛いと仰ってたのに」
沙矢ちゃんはクスクスと笑ってる。
「可愛げないけど可愛いのよ。本当にこんな付き合い辛い子いないわよね他には。
感謝してるの。青と一緒にいてくれてありがとう」
こんな気難しい男と一緒にいるなんて、あなたは相当忍耐力あるわ。
「いえ、私しか彼の相手は務まらないんで」
きっぱり告げる沙矢ちゃんの眼差しは驚くほど鋭く強い光を帯びていた。
「あら、のろけられちゃったわね」
「逆に言えば沙矢も俺じゃなけりゃ駄目なんだ」
「もう好きにしてちょうだい」
この二人の世界観についていける人が果たしているのかしら。
少しだけ疑問に思ってしまった。
「仲良いのね」
「当たり前だろ」
ニヤリと笑い、沙矢ちゃんを抱き寄せる青。
頬を染めながらうっとりと青を見上げる沙矢ちゃん。
お邪魔虫はさっさと消えた方がいいわねえ。
クスクスと笑いながら、席を立つ。
「ごちそうさま、沙矢ちゃん。それじゃあ帰るわ、私」
「あ、大したお構いもできませんですみません。
またいらして下さいね」
「ええ、また来るわね」
青がもう来るなって視線で訴えてるんだけど、綺麗に無視しちゃったわ。
「……青、沙矢ちゃん、二度と泣かせちゃ駄目よ」
邪笑いしてやる。
青は一瞬びくっと体を強張らせた後、沙矢ちゃんを見た。
ひそひそ話しているのだろう。沙矢ちゃんはぶんぶんと首を横に振っている。
「青、私の勘よ。沙矢ちゃんからは何も聞いたりしてないわ」
「あなたがまともな恋愛した話聞いたことなかったからね、
やはり今、沙矢ちゃんが笑顔でいるのも涙を流したからだって」
「……お義姉さん、きついですね。でも青に似てる」
そうねえ、姉と弟ですもの。
「青のことは全部じゃないけど大体は知ってるからね。
それにこれくらいきつくなんてないわよ。良い薬なのよ」
「聞こえてるぞ……。帰るんじゃなかったのか」
呆れ顔で青は追い払うように手をひらひらと動かした。
ま、酷い扱いね。
「バイバイ、沙矢ちゃん、青。お邪魔しました」
今日はいいもの見れたわ。あの青がね……。
駄目だ、笑が止まらない。
バタン。リビングから去る後姿を私はいつまでも見送っていた。
お義姉さんは綺麗で手強くてそして素敵な人だと思った。
「結婚式……青の誕生日にするの?」
「嫌か?」
「そうじゃないけど……大丈夫かなって。あと3ヶ月もあるのよ」
やはり暫く控えた方がいいかも。
「できたわけじゃないんだろう?」
「うん」
こくんと頷く。でも不安なのよね。
「お腹が大きくなってなければいいだけの話だ。
まだできてないのなら、大丈夫じゃないのか」
そ、そうかな。いつもこの言葉に流されそうになるんだけど。
「結婚してるんだし、避妊の必要もないだろう」
「まあそうなんだけど。結婚式挙げてから子どもが作りたいというか……」
「入籍してるのに?」
「そうよ」
「変なやつだな」
「式挙げれるんだもの。普通のカップルみたいに、子どもはその後がいい」
「どうせならその後新婚旅行に行って、ハネムーンベビーでも作って帰るか」
ニッと笑った青。反則よ、その顔は。
「忘れられない想い出になるかもね」
「忘れられるはずもないだろう」
「いつか子どもに聞かせるのもいいかもしれない」
「いやよそんなの!恥ずかしいじゃない」
「恥ずかしがる必要がどこにある?愛し合って生まれたってことなんだから
これ以上幸せなことはないだろ」
青はそう言いながら首に腕を絡めてきた。
「沙矢」
耳元で囁いて、背を抱きしめる。
「連れて行って」
ふわりと抱きかかえられる。
今日もいっぱい愛してね。
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