Touch and go



   彼って実は無敵なの。
 すがって、しまっているのは私の方だ。
「……見えてるの? 」
「慣れ親しんだお前の体だ。どこを触れたらどうなるかくらい分かる」
 自信満々に言い切られてしまう。
 闇に閉ざされた寝室でも彼は私を弄って、全部を上手に奏でる。
 確信した。
「見えているというより感じ取ってるってこと? 」 
「見えてなくても全部分かる。愛の力は偉大だろ」
 ふふ、と笑ってしまう。
「そうね……悪戯してごめんなさい。出来心なの」
 背伸びして、タオルを外した瞬間、濡れた床で足を滑らせた。
 彼がすかさず抱きとめてくれる。
 恥ずかしくて頬が熱を持つ。
「これくらい、可愛い物だ」
 沙矢は何しても可愛いけどな。
 続きの囁きに、体中の細胞がざわめいた。
 肌を言葉で愛撫されたように思えた。
「私の様子を見てたの? 」
「ああ。入浴を断られて寂しい気持ちだったが、
 お前が何か考えているのは分かったから、様子を見てみようってな」 
「お見通しか。悔しいな」
「沙矢は、それでいい。もう黙れ」
 傲慢な唇は、薄く開いていた唇をこじ開けた。
 絡んできた舌に、そっと自分の舌を絡める。
 シャワーの勢いが強くなり、べったりと湿ったタオルが、
 その用途をなさなくなっていた。
 気づいたのは、お互いの肌が直接触れ合っているように感じたからだ。
「やばいな」
「……青がシャワーを強くしたんでしょっ」
「どうなるかなって」
 しれっとのたまうが、青は理性を失っていなかった。
 もう、どうにも止められなくなっている。
 熱を与え合わなければ、満ち足りる事はできない。
 貼りついて重みを増したタオルがどうにも気持ち悪くて
 外す事はできないから、困惑していた所、
 青が、試すような声音を投げかけた。
「そこにあるから、取ってきてくれよ」
 湯気が濃くなってきているが、彼の指差す先ははっきりと見えていた。
 少し離れているのは、水に濡らさないため。
 シャンプーの予備がしまわれた扉の奥に隠されている。
「分かった」
 彼の側を離れたくないけれど、いつも任せっきりもよくない。
 二人のことだから。
扉を開けて取り出す。
 横にあったタオルで手を拭いて包装を破る。
 この形を見て、変化しなければ身に着けれないのだと分かる。
 意識すればぼ、と顔が熱くなる。
 愛しい人が、纏うその瞬間はただドキドキするばかりだ。
 スムーズだから決して雰囲気が壊れることもなく、今も
 渡した瞬間に、彼はフッ、と微笑んだ。
頭を撫でてくれた後昂ぶりを覆う。
 まじまじと見つめ続けるのもおかしいので、目をそらした。
 彼が耳元を甘く食んだのが合図で、ぎゅっと抱きつく。
「いくぞ? 」
「……は、はい」
 何だかこの言い方は妙だ。
 私も慌てて返してしまう。
「は……っ」
 半身が繋がって、すっぽりと互いが互いを包む。
 奥まで彼が、来た瞬間に高らかな声で叫んでいた。
 もっと、感じさせてとか、危うく口にしそうで、
 言葉を抑えるように、淫らな吐息をこぼす。
「本当に抱き殺したくなるよ。
 抱けば抱くほどもっと抱きたくなる」
「嬉しい……」
「お前の思うがままにしてやるから」
「……きゃっ……ん」
 膝を抱えられ彼の腰に足を絡める。
 立ったまま繋がっている状態は少し苦しいのだけれど、
 しっかりと抱きすくめられているから、居心地は悪くない。
 甘酸っぱいキスを繰り返す。
 荒くなる息がお互いに溶ける。
 片腕で私を支え、空いた手で胸の膨らみをもみしだく。
 胸を丹念に愛した後は秘所に指を忍ばせる。
 かたく尖った蕾を押しつぶし擦る指に腰を揺らす。
 一気に頂点まで駆け上ろうとしていた。
「あっ……や……ああ 」
「ん……一緒がいいだろ」
 耳元に歯を当てて彼は囁く。
 二度目だと性急になってしまうのは、仕方がないことなのかな。
 まばゆい光を瞼の裏で感じて、その先はもう何も分からなかった。
 ゆらり、世界が移動したことだけ感じ取った。

「ん……」
 背中に指が触れたのを感じ目を開ける。
 まだ意識は完全に覚醒してくれない。
 常に短く整えられている爪は職業柄?
 うつら、うつら、夢うつつを彷徨いながら、
 長い指が素肌を撫でる心地よさに酔いしれる。
横向きに体勢を変えたら、隣に腕をついた彼が、続きをする。
 何度も愛し合った後でもう動く気力もない。
「ふ……気持ちいい」
「それならよかった」
「って、それ以上はやめて」
 背中を撫でていた指が、触れ方を変えてきた。
 これは明らかな愛撫だ。
 私に淫らな熱をまた灯そうとしている。
これって、さっきと同じ展開なのに、抗えない。青の魔法って恐ろしい!
「マッサージしてくれてありがとう。私あなたを愛せて嬉しかったわ」
 上手く言えないけれど正しいと思う。
 抱き合うのが愛し合うということなら。
「やめてと言いながら、誘惑するのか。
 本当はやめてほしくないんだろうが」
「ち、違うから! だって、私ぐったりなのよ。
 普段着物なんて着ないし、肩もこっちゃって。
 マッサージしてもらったし、その色々あったじゃない?
そろそろ体が眠りを欲しています」
「お前の着物姿、最高だったな。すぐに剥いで押し倒したくなった」
「むっ。変なこと言わなくていいの。最高って言葉で十分よ」
 微笑んだら、抱きしめられる。
 刹那のキスは逃がさないと伝えていた。
 いつの間にやら、準備を終えているから、用意周到だ。
 背中を抱えられて、膨らみを揉まれ、頂をくわえられている。
 腕で抱えたまま、指が秘所をまさぐる。
「お、重くないの? 」
「まさか。羽を抱いているようだよ」
 口が上手い。
「そんなに軽くないのに……っああ」
 濃厚なキスを交わしながら、しとどに濡れた蕾を指の腹で掻きまわされる。
 ベッドに横たえられたから、広い背中に指を這わせる。
 腕を絡めた時、彼自身がナカへ潜り込んでいた。
 舌を絡め、唾液を啜る。
「んん……青……っ」
 彼は何度でも平気なのだろうか。
 奥で暴れて、熱を解放しても、間をおくことなく力を取り戻している。
「……私はいつだってあなただけの物なのよ」
「当たり前だ。俺以外の誰の目にも触れさせたくない」
「う……っ……ん」
 体だけ繋がっていればいいだなんて二度と思わない。
 気持ちがあるから、もっと満たされて温かい。
「前は体の快楽に逃げてた。それでいいと言い聞かせてた。
 今は心ごと感じたい。感じさせたいんだ。
 お前と同じことを考えているなら嬉しいが」
「ん。同じよ」
 指と、青自身の二つに攻め立てられる。
 浅い場所を指が擦り、奥を力強く穿たれ、断続的に悲鳴を上げる。
 頂を、舌が転がし、吸われ、甘噛みする。
 小さな爆発を繰り返している内に、脳裏に靄がかかってくる。
 ゆっくりとこちらを穿っていた彼が、
 奥を強くついた瞬間に体が宙に跳ねた。
 自分では制御できない声が恨めしい。
「駄目だな……今日は」
 何が駄目なの!
 私は十分すぎるくらいよ。
青の発した口惜しげな呟きを疑問に思いながら、溶けていった。


 朝食を作っている時も余韻から、抜けきれていなかった。
 まだ彼が私の中にいるような錯覚さえ覚えるほどだ。
 広いので、ふらついても壁にぶつからないのはありがたい。
 足がもつれたので、ゆっくり歩くことにした。
 平日なのに、これでいいの?
責任取っていただくしかない。
 すがすがしい風情で、コーヒーを差し出してきた青に、苦笑いで応じた。
(……この人は何者なんだろう)
 ちら、ちらと仰ぎ見れば、流し目で応じてくる。
 テーブルの上に、料理を置いた途端手を掴まれる。
 指を絡め合わせて顔の側まで持ち上げ、頬を寄せる。
 目元を細めて、見つめられた。
「ふ……えっ? 」
「お前はすぐ赤くなるから、可愛いな」
 唇が頬と顎を掠めた。リップノイズに心拍数が上がる。
 胸元に大きな手が這う。
「何するの!? 」
「お前の鼓動を確かめているだけだよ」
 彼の手のひらが熱い。
 胸元に置かれた手のひらは動かないが、彼の口の端は歪んでいた。
「すごいうるさいんだけど。走ってきた後みたいだ」
 手のひらを通して感じ取っているとでも言うの。
 彼の指先は長くて繊細だ。
 食事をする時の箸使いは見とれてしまう。
 マナーについて煩く言わない彼だけど、私は見て学んでいる。
 食事の前の前菜と言いながら頬を舐める。
 目を泳がせ、しどろもどろになりながら、抵抗した。
「大人しくご飯食べて……! 」
 きつく目を閉じる。
 彼の目には頬を染めている私が映っているのだろう。
「繁殖を義務づけられた人間にとって、感じやすいのはいいことだな」
「繁殖って……からかわないでよ」
 青の手を押し返し背を向ける。
 嘯く風を装っているが、目の奥には闇がある。
「青、どうしたの? 今日は変よ」
 彼の愛情表現は、甘くて激しいけれど、
 今日は度を越えている気がしてならない。
 埋められない何かを満たそうとでも言う風に。
 少しうつむき加減になった彼が、苦々しげに口を開いた。
「お前を一人にさせて、ごめんな。許してくれ。
 すべてをうやむやにして誤魔化そうとした俺を」
「青って時々、根暗よね。
 私は大丈夫よ。青以外男の人じゃないもの。
 だから信じて。心配もしないで」
 ぽん、と肩を叩く。
 顔を上げてと心で願ったら彼は、まっすぐ視線を上向けた。
 椅子に座っていても、背が高いのがよく分かる。
 長い足を組まずに伸ばしていることの方が、多いのも青って感じがする。
「身長差何センチだっけ? 」
 雰囲気を変えたくて、おどけたら青は、くすっと笑ってくれた。
「お前が164だろ? なら23センチだよ」
「あ、そうだね」
 おでこが、ごつんとぶつかった。青が私の頬を押さえてる。
 彼の瞳に私が映し出されている。
 とびきり甘い時間が流れている。
 こんな二人になりたかったんだ。
 スープを温めなおすことになってしまったけれど、ゆっくりと食事の時間を楽しんだ。
「美味しいな」
 彼の一言に、ほっと息をつく。
 次の瞬間、携帯の着信を知らせる音が響いた。
 私は会社ではバイブにしているが、家では
 メロディを鳴らせる設定にしているので青の携帯だ。
「忙しい朝にわざわざかけてくるなんてろくな輩じゃない」
 青は、テーブルの隅に置いていた携帯を取り上げると不機嫌そうに呟いた。
「大事な電話かもしれないわよ」
「電話するなら、事前に知らせろよ」
 携帯の表示を確かめると、彼は舌打ちし、渋々といった呈で通話のボタンを押した。
 何がそんなに彼を躊躇わせているのだろう。
電話をする前に知らせるって無茶な注文だわ
「……何か用か」
 席を外そうとしたら彼は気を使わなくていいと言ってくれた。
「切ろうとしたでしょ」
 青が受話器から顔を離して、こっちに向けるから声がはっきり聞き取れた。



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