油断した。
永禮がいるから、大丈夫だと。
短い付き合いだが、彼の力は信頼することができたから。
だから。
「θ!!」
永禮の背中で守られている妹。
大量の魔物に囲まれて、不安げに永禮を見上げて。
今までθを守りながら闘ってきたのは、Σとα。
永禮は自由に全力で魔物と闘ってきた。
θを守りながらの闘いには不慣れだ。
彼がどんなに優秀な傭兵でも、不慣れなことをこの状況でいつまで続けられるかは、分からない。
遠目から見ても永禮が焦り始めているのが、分かる。
「くそっ」
魔物を使役するだけでは間に合わず、周囲の精霊にも呼びかける。
自分を取り囲む魔物を一掃し、確実にθの元へと進んでいく。
あと、もう少し。
あと、もう少しで。
「θ!!」
魔物の跳躍を杖で弾き飛ばした。
気付けば、自分よりも速いΣがθの元へ辿り着いている。
しかし、それでも敵は数で圧倒してくる。
背中が疼く。
早く出せと、奴らがざわめきだしている。
だめだ。
そんな余裕がない。
あの時は運良く暴走しなかったが、自分の元を離れた奴らは、何をしでかすかわからない。
鎖で…力で繋ぐ余裕がないのならば、使用してはならないのだ。奴らは。
「α!」
θの声が響いて我に返ると、背後から魔物が迫ってきていた。
「……っ」
「戦闘中に何を考えているんです!?」
寸でのところで助けたΣの声にも、余裕がない。
「ちぃっ」
杖を魔物の喉元に突き立てながら、舌打ちする。
何なのだ今回は。
魔物が統一されている。
こんなこと、今までなかった。
焦りばかりが先に立つ。
「キリがない!!」
そう叫んだのは、誰だったか。
最初に気付いたのは、意外にも永禮だった。
第六感に冴えている永禮だからこそ。
…嫌な予感がする。
魔物の動きが変わった。
「!?」
「Σさん!!」
突然の集中攻撃に、Σが狼狽える。
「……っ」
右腕に四つ足の魔物が噛み付き、左足に爬虫類に似た魔物が牙を突き立てる。
痛みよりも、身動きできなくなる方が致命的だ。
バランスを崩したところに、魔物の牙が、爪が、急所を狙う。
「……っ」
しまった。
内心で舌打ちする。
脇腹ががら空になってしまった。
魔物が弾丸にも等しい速さで突進してくる。
全て、一瞬の出来事だった。
ダメかもしれない。
そんな言葉が脳裏をよぎる。
とっさの事に、αも動けない。
それ以前に、自分の周囲にいる敵で精一杯の状態なのだ。θを置いて駆け付けるわけにもいかなかった。
腹部を突き刺す痛みを予感して身構える。
「Σさん!」
声が、聞こえる。
やけに近いところで、声が聞こえた。
αと、θが息を飲む。
Σの腕に噛み付いていた魔物が、引き剥がされる。
Σの目の前に、永禮が立っていた。
おかしい。腹部に、痛みがない。
「シグ、マさん…? 間に合って、良かった…っ」
苦しげな声。
「永禮さん!?」
庇った。
彼が、Σを庇ったのか。
「とりあえず今は、敵の方を…っ」
腹を手で押さえながら、苦しげにΣを促した。
指の間から、赤い血が流れ出している。
「大丈夫。急所は外しましたから…」
そういう問題じゃない。
言おうとして、
「!?」
突然発した光に阻まれた。
「θ!」
それは、αの背後から。
いち早く危険を察知したαが、θを引き寄せようと手を伸ばす。
「うわっ…!!」
光に弾き飛ばされて、αが背中から地面に落ちた。
青い光がθを包む。
視界に映る光景は。
青味がかった銀色の髪の男がθを羽交い締めにし、
薬を嗅がせ、
意識を失った彼女を抱き上げ、
背を向けるもの。
「くそっ…」
自分は。
θを守れず。
θを。
あの男に。
奪われた。
「θ!!!」
自分の声がとても無力で無様に聞こえた。