「最近おかしいと思わないか?」
永禮が作ってくれた夕食を食べながら、αはΣと永禮に話しかけた。
永禮は
「もうこれは駄目かな?」
と思われる食材や、
「コレって食べれるの?」
と思われる食材でそこそこの物を作ってくれる。
初めは
「こんなもん、食えるか」
と駄々をこねていたαも今では渋々ながらだが、食べている。
さすがに、大きな芋虫を見て
「お、うまそう〜」
と永禮が言った時はαは問答無用で永禮を蹴り飛ばし、θはΣの背中に隠れ、Σは苦笑していたが。
それでも永禮は、挫けずに、
「フライパンでパンパンになるまで、こんがり焼くと、クリームソースみたにとろとろでうまいんだぞ、あれ」
と、蹴られた場所を痛そうにさすりながら言葉を続け、
「…貴様の作ったクリームシチューだけは、飢え死にの一歩手前になっても、絶対に食べないからな。て、いうか、俺感覚で変な食材で作った料理出しやがったら、問答無用で、殺すからな」
と、αに本気で脅され、θは暫くの間、大好きだったクリームシチューが食べられなくなった。
次の街まで僅かという場所で野宿をしている四人。
わざわざ野宿をしなくても街に入れば清潔なベッドで眠れるのに、それをしないのにはわけがある。
「魔物の数ですか?」
永禮の煎れたコーヒーは野宿では飲めないような上等な味に仕上がる。
これは好きな人に笑顔で褒めてもらいたいという乙女心に近い永禮の努力の結晶である。ただしその努力にΣが気付いているかどうかは疑問だが。
「あ〜、確かに多いよな、魔物。何か毎日じゃなくて朝昼夜と襲われてるし」
焚き火を緩く燃やしながら、永禮は思い出したように呟いた。
「あれは明らかに人為的なものだ。旅人も街も魔物に襲われたという情報はない。俺達だけだ。全く、うざってぇ」
ライ麦パンを火で炙りながら、αは機嫌悪く食事を続ける。
「クレイズのお二人組でしょうかね。最近静かだと思ったんですが」
「本当に、静かね」
スープを黙々と飲んでいたθが『クレイズ』という言葉に反応する。
そんなθを見て、αは顔を顰める。
「今の所、公に俺達を狙っているのはクレイズだけだ。しかし…どうやって魔物を従わせている科だ。あいつら、確かに腕は良いが普通の人間だ。…出来るはず、ないんだ」
最後の言葉を噛み締めるように呟いたαの言葉を耳敏い永禮は律儀に拾い、
「お前だって、普通の人間だろ?…訓練すれば、誰にだって出来ることじゃねぇのか?」
と、不思議そうに尋ねる。
過去に何度かαが魔物を使役しているのを見た。
今まで自分の周囲にそれをやってのける人間はいなかったが、それは、特殊な訓練を受けていれば、出来ることだと思っていた。
しかし、
「…普通の人間には無理だ」
αはふっと永禮から視線を外した。
「は?」
今まで、彼が自分から視線を逸らしたことがあるだろうか。
永禮は一瞬αから得体の知れない空気を感じた。
「俺だから、出来るんだ。貴様なんか、どんなに訓練しても、どんなに年月重ねても、出来るわけ無い。やろうと思うなよ?ただでさえ短そうなお前の人生がますます短くなるし、ただでさえ、少ない脳細胞が破壊されまくって、魚類より小さな脳味噌になるぞ」
「てめぇ…、そこまで俺を馬鹿にするか?」
得体の知れない空気の正体はこれかと永禮は歯噛みする。
どこまでもどこまでも人を馬鹿にする奴だ。
「馬鹿になんかしてない。真実だ」
飄々とした表情でパンを頬張る。
「…私、魔物、嫌い…」
そう、いつもより暗い表情で話すθ。
そんな妹に
「大丈夫だよ、θ。θは俺が守るから」
満面の笑顔で話し掛ける姿は先程永禮を馬鹿にした同じ人物だとは思えない。
「…私、着替えるね」
兄の言葉に少しだけ安心したように微笑むと小さな荷物を抱え、少し離れた木陰に歩いていく。
「…永禮、遠くから見守れ。…覗いたら、問答無用で、ぶっ殺す」
ちりん。と杖を向けられ、永禮は苦笑する。
「覗かねーよ。俺、興味あるのΣさんだけだし」
にっこりとΣに笑いかけ、永禮はθの後を追う。
「…愛されてんなぁ」
「からかわないでください」
からかいの笑みと苦い笑いを浮かべる二人。
「…………」
「…………」
焚き火の明かりが辺りを仄かに照らし出す。
「…少し前ににθが一人で外に出たことがあっただろう?」
少しの沈黙の後、αが躊躇いがちに話し出す。
「俺、すげぇ心配して探して、街の人間に聞きまくった。そうしたら、銀の髪を持つ男と一緒にいたって。一緒にお茶を飲んでたって」
「α」
いつになく、躊躇いがちで、真剣なαにΣは表情を変える。
彼が躊躇いがちに言葉を切り出すことは、とても珍しい。
「あの男、θと普通に話していた。θに普通に触れていた。…名前を、教えていた」
俯き、悔しげに呟く。
「θは元々透明だった。それを色を塗れるように白くしたのは俺とΣだ。初めは、金色に染まるのかと思ってた。だけど、今は」
どこか不安げに言葉を止める。
それを見て、
「青味がかった銀色に染まるかもしれない?」
そう、Σは彼が言いたかったけれど、言えなかった、いや、言いたくなかった言葉を代わりに言ってやる。
「θが外の世界に興味を持つことは、良いことだ。だから、θが望むなら、例え敵でも…」
本当に苦虫を噛み下したような表情を浮かべながらもαは言葉を続ける。
彼にとってθは守るべき存在で、幸せにするべき存在だ。
例え、それが自分の意に添わないことでも。
θが幸せなら、それで良いと。
「αはθと同じくらいに良い子ですね」
穏やかな微笑みとともに言われた言葉にαは顔を赤くする。
「Σはいつもいつも俺の事を子ども扱いしていないか?五歳しか違わないのに」
そう、ぶつぶつとぼやくαに対して、
(五歳も違えば、十分子供なんですけどねぇ)
と、本人が聞けば間違いなく烈火の如く怒りそうなことを思う。
焚き火が小さく爆ぜた。
「なぁ、Σ。魔物の件だが、もしかしたら…あの」
「α!!Σさん!!魔物だ!!来てくれ!!」
永禮の声が、とても大きく響いた。