「少女を、渡してもらおう」
『……………はぁ』
3人が、一斉に溜息をつく。
「いや、確かに、『期待してる』とは言ったけどさぁ…」
「ってーか、そんなこと言うからだろ〜?」
「しかたないのですよ。あちらだって仕事なんですから」
「…大変なのね」
円になってしゃがみ込み、まるでヤンキーの溜まり場だ
「ちょっと、聞いてるの!?」
「ってゆーかぁ、ロリコン?」
「θ、見ちゃいけません!」
「へ〜、アレが変態さんってやつかぁ…」
「『ロリコン』って、何?」
「お前は知らなくていいんだよ」
まるで生ゴミを見るような目で、αが敵を見据える。
「おい聞け」
「Σ、今度虫除けスプレー買っておけ」
「ゴキブリ用で足りますかねぇ?」
「Σさん、それじゃぁ殺虫剤ですよ!」
「あの人達は虫だったの?」
「そうですよ。これがわる〜い虫ってやつです」
「オマケにタチが悪くてな、一筋縄じゃ退治できない、しつこ〜いやつらなんだ」
言いたい放題である。
前の街を発って、四日。
次の街まであと一日、という時だった。
見渡す限り、赤茶色の荒野。何メートルあろうかという同色の色が所々影を落とすほか、安らげる場所はない。
景色とは裏腹に、突き刺すような冷たい風が彼らを取り巻いていた。
その50メートル程先。
金と銀の派手な髪。組織の支給品らしい灰色の制服の長い裾を、見ようによっては格好良く靡かせ。
再び、『おめでたいコンビ』(α命名)の襲撃である。
「暇なのかねぇ?」
「今まで何処にいたんだろうか。クレイズに戻って、また来たのか?」
「やっぱり、暇なんですねぇ…」
「そう、暇なのね」
「うっさい! こっちゃぁ任務で来てんのよ! さっさとお嬢ちゃんを渡しなさい!」
2度目の襲撃に、四人は少々呆れ気味。
またこいつらか。
何か、周囲をうろつく気配があると思ったら。
しかも、おば…おねぇさんは、すこしキレ気味。
「なにかあったのかねぇ?」
「あ、きっと禿げた上司に『お茶』とか言われたんだよ」
「んで雑巾絞った水で煎れたら、『君が飲め』って? アリガチだな」
「でも、あの方ならやりそう…っと、失言でした」
「…辛かったのね」
「変なトコで同情しないでちょうだい!っていうか、勝手に人の事情を創らないで!」
「んじゃぁどうしたってのよ」
「失恋?」
「あ、きっとそうだよ」
「二人とも、女性のそういった話に口をだしてはいけませんよ。きっと彼女だって、色々辛いことも苦しいこともあるんです。…どうです、話してみませんか? 少しは、楽になるかもしれませんよ」
「話してみて」
「それがねぇ、私のダーリンがぁ…って、余計なこと言わせんじゃないわよ! もういい。 ベルグ、行くわよ!」
「マリア、何かあったのか…?」
「あんたまで何いってんのよ! 任務! 任務でしょう!」
「あ、あぁ」
敵は、なかなか人間味があるらしい。
やはり、一度会っただけでは、ひとの本質は分からないものだと、四人はしみじみ感じている。
「さーて、さんざん人のことバカにしてくれちゃって…。どうやって料理してあげようかしら…」
腰から愛用の鞭を取り出し、不敵に笑む。
「闘うの?」
θがポツリと呟く。
「あちらが攻撃してくる限り、闘わないわけにはいきませんね。…残念ながら」
答えたのは、Σだった。
秀でた聴力は、θの独り言のような呟きも、しっかり受け取ったらしい。
「大丈夫。θもΣさんも、オレが守ってみせますから!」
にっこり笑って永禮が請け負う。
「…私は大丈夫ですよ」
「…守られといて下さいよ」
「そこ、ぼーっとしてんな。くるぞ!」
第一撃は、男の発砲だった。
地面に着弾すると、爆弾のように土を焦がす。
「なんだこれ!?」
「どうやら、当たるだけでなく当たったと同時に爆発するようです! 当たったら、腕の一本や二本、取られるかもしれませんね!」
巧みに攻撃を避けつつ、Σが銃の種類を言い当てる。
「マジで!? うっげー、えげつないモン出してくんなよなぁー!」
「無駄口叩くな! 永禮、θに当てたら死んでも土に還れると思うなよ!」
「…りょーかいっ。Σさん、気を付けて!」
言って、永禮は走り出す。
まず飛び道具を何とかしよう、という作戦だ。
と、言っても作戦などあってないようなオツムの永禮である。
自然、敵に突っ込んでいく形になる。
永禮が足を踏み出すたびに、一瞬の差をつけて、もといた位置に銃弾が爆発する。
時折吹き飛んできた石が、永禮の頬を掠める。
「っだーっ、危ねぇっつーのにっ」
なかなか、近付けない。
それでも近付かないわけにはいかない。
爆発する銃弾は、至近距離では撃てない。爆発の危険性は使用者が一番良く分かっているはずだからだ。
相手が銃を撃てなくなる距離まで近付きたいのだが、これでは三歩進んで二歩下がっているようなものだ。
それでも銃は避けないわけにはいかない。
「αは…ダメか」
ちらっと横目でαの状況を確認するが、いつのまにか女と戦闘になっていたαは、体格の差からか、なかなか鞭を相手に近付けないでいる。
術を使いたくても、次々と繰り出される攻撃に、精神を集中できないでいるらしい。
…敵も、二度やられる程弱くはないということか。
ちっ、と舌打ちし、男に集中し直す。
ともかく、自分でなんとかするしかない。
「でやぁああぁ!」
気合を入れて走り出す。
土ぼこりに煽られながら、それでも足を止めるわけにはいかない。
距離が縮まる。
「至近距離、とったぁ!」
「ふん、銃だけだと思うなよ!」
至近距離で、剣を敵の左肩に振り下ろす。
肉を切る手ごたえは…
「あぁ!?」
キィン…と鉄のぶつかり合う、怜悧な音。
火花が散ったように見えた。
「ナイフ!?」
男の口元が、僅かに吊り上っている。
「これでも、プロなものでな」
「剣にナイフで勝てるって!?」
意外な獲物に驚いたものの、攻撃の手は止まらない。
重い剣を、右斜め上方へ切り上げる。
真っ向から受け止めずに、男は受け流した。
がら空きになった正面に、銀のナイフが迫る。
「…っ」
剣では避けられない。
咄嗟に左手で敵の手首を弾く。
「俺だって、伊達に傭兵やってきたわけじゃねーんだよ!」
ガチっと鈍い音がして、鍔迫り合いになる。
方手持ちの分、ナイフの方に分があると思われたが、実際、片手で受けられるほど、永禮の剣は軽くなかった。
敵は必然的に両手でナイフを構えることになる。
至近距離に、敵の顔がある。
しかし黒い遮光グラスは、表情を映さない。
「Θを、どうするつもりだ!?」
「貴様に教える義務はないな」
「何故クレイズがΘを狙う! あの子はただの女の子だ!」
叫ぶと、初めて男が笑みを浮かべる。
「何も知らないのか。気楽なものだな」
明らかに馬鹿にした口調。
(Θが一体何だってんだよ!)
浮かぶのは、ふとした瞬間に見せる、彼女の不器用な笑顔。
多少無表情が気になるところではあるが、永禮にとって、Θはただの、それだけの女の子だ。
「てめぇらには好き勝手させねぇよ!」
「どうかな…クレト!!」
「!?」
第三者の名前が出たことで、永禮の表情が引きつる。
「まだ仲間!?」
反射的に、背後を振り返る。
αは、未だ交戦中。
(しまった…!!!)
Θには今、Σしか付いていない。
「Σさん!!!」
『言っておくが、Σは強いぞ』
いつかの、αの言葉が、脳裏に浮かぶ。
強い、と言った。
だが、それはどれ程だろうか。
実際に闘っているところを見たわけではない。
武器もない。腕力もないだろう。
そして、彼は盲目である。
「Σさん!!!」
「余所見とは、いい度胸だ」
「く…っ」
鋭いナイフが、鈍い光と共に閃く。
刃は、永禮の上着を掠った。
切れた布切れが宙を舞う。
(こんなところで手こずってる場合じゃないのに…っ)
ナイフの閃きは、留まることがない。
目を離したら、一瞬で殺られる。
(Θ…Σさん…!)
想うしかないのか。
祈るしかないのか。
(Σさん…!)