#4 賢者の逡巡、令嬢の叱咤 1

マジックアカデミーは、中空に浮かぶ、全寮制の魔法学校だ。
生徒達は、校舎のある本島と、周囲を取り囲むようにして浮かぶ、それぞれの寮がある小島とを、魔導式転位装置で行き来している。
なので、一般の学生と比べると、登校は楽な部類にあると言えるだろう。
しかし、そんな短い道程でさえも、その日の寝覚めが最悪だったカイルにとっては、気の重くなる道のりだった。
しかも、今日からは、気の重くなる要因に、もう一つプラス要素が追加される。
「…ダメだ、気持ちを切り替えていかないと…。よし、頑張ろうっ」
まだ始業には早い時間。転位装置を経て、アカデミー前に立つと、彼はそう口に出して気合を入れる。
「おぅ、カイルやん。おはよぅさん」
そんな時、唐突に声を掛けられたので、カイルは振り返る。
「あ、タイガさん。おはようございます。今日は早いんですね」
そこにいたのは、彼の同級生であり、新学期からの転校生でもある、タイガという少年だった。
「まぁなぁ。ホンマはいっつもどーりギリギリまで寝てたいとこやったんやけど…そこには、ふっかい事情ってもんがやなぁ…」
「あぁ、それって彼女の事ですか」
「タイガちゃーんっ、おはよーーーっ!!」
「げ…」
突然響き渡る甲高い声。そしてタイガに駆け寄る一人の少女。
「おはようございます、アロエさん」
「うん、カイルくんもおはよーっ。カイルくんも誰かとまちあわせ?」
「えぇ…そんなようなものですね」
「えへへっ、じゃあわたしとタイガちゃんと一緒だねっ!」
そう言いながら無邪気に笑うのは、名をアロエという、わずか11歳にして、カイル達と同じ教室で勉学に勤しむ、天才飛び級少女だ。
「でもタイガちゃん、えらいねっ、ちゃんと起きたんだねっ、約束守ったんだねっ!」
「…あぁそーや。俺エラいねん。起きたっちゅうねん。守ったったっちゅうねん!」
「あはっ、とってもうれしいなっ」
アロエは、元々誰に対しても明るく接する子だったが、どういう訳か、転校生であるタイガには特別によくなついていた。
「しっかしなぁ、嬢ちゃん…マジで頼むわ、年上つかまえて、ちゃん付けはカンベンしてくれんか?」
「えーっ。だって、タイガちゃんはタイガちゃんだし」
「俺にもな、男のメンツっちゅーモンがあんねん。正直それ、しんどいわ」
「うーん。だったらタイガちゃんもわたしの事、アロエちゃんって呼んでもいいよ?」
「呼べるかっ、アホッ!」
「…アホって言った…」
「…あーっ、わぁーったわ!もう好きにせぇ!」
「うん、するねっ。じゃあタイガちゃん、いっしょに教室行こっかっ」
「うゎ、えげつなっ。確信犯かいっ」
「あ、タイガちゃん、それ用法が違うよ。いいー?確信犯ってゆーのはねー」
「さぁて、ぼちぼち行こか」
「え、あっ、タイガちゃん。まってよー、タイガちゃーんっ!」
「だぁぁっ!いちいち、ちゃん付けで連呼すなっ!!」

(朝から…元気ですねぇ…)
二人による、漫談とも解釈できるやり取りを見送りながら、カイルはぼんやりと思う。
しかし、そんな楽しげな会話に、彼は少しだけ溜飲が下げられたような気がした。
(そういえば、あの二人も『約束』って言っていたっけ…)
もしかしたら、自分と同じような駆け引きが、タイガとアロエにもあったのだろうか、と考える。
「だとしたら、あまりにも微笑ましい内容ですね…」
「あら、何が微笑ましいんですの?」
カイルの思考が止まる。そして、ゆっくりと彼は振り返る。
「シャロンさん…いえ、何でもありません。どうも、おはようございます」
「えぇ、おはよう」
さて、これからだ。カイルは心の中で気合を入れ直した。


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