#5 賢者の勧誘、令嬢の葛藤 3

夕焼けの朱に染まるマジックアカデミー。
既にその日の授業は全て終了し、放課後特有の和やかな雰囲気が、学校全体を包んでいる。
そんな中で、シャロンは一人教室に残り、思慮に耽っていた。
(彼が、ああまでして人と距離を置きたがるのは、何故なのかしら…)
クララは言っていた。彼は一線以上の交流を、拒んでいると。
それならば自分は、果たしてその領域内に入り込んでしまっているのだろうか。
もしもそうだとするなら。そのきっかけは、実に些細な事だったと言える。
しかし、シャロンは今現在、彼の中に置かれている自分の座標がどの位置にあるのか、掴みかねていた。
けれども、と彼女は更に考える。
とにかく、彼が何かしらの事情を抱えているであろう事は、まず間違いない。
しかもそれは、おそらく生半可な問題では無いのだろうという事も、容易に想像し得た。
そして、その問題を起因として、現在のカイルという人格は形成されているのだ。
(複雑系、ですわね…)
だが、思索はそこまでだった。それ以上は、どうしても憶測の域を脱する事が出来ないからだ。
彼女は考える事を諦めて、立ち上がろうとする。
「シャロンさん」
「はいっ!?」
突然、親しみの感じる声を掛けられ、彼女は思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
「よかった、まだこの教室にいたんですね。どうかしたんですか?」
「…いえ、なんでも、ありませんわ…」
シャロンは立ち上がり、その声の主、カイルの姿を見る。
「そうですか。一緒に帰る約束だったのに、全然来ないものだから心配しましたよ」
そう言って、カイルは静かに笑う。とても、優しい目をしながら。
「ぁ…」
何故だろうか。そんな彼の瞳が、シャロンには一瞬だけ、哀しいものに映った。
「そうでしたわね…申し訳、ありません。少々、失念してましたわ」
彼女は思わず視線を伏せながら、答える。
「いえ、気にしないでください。それじゃ、帰りましょうか」
カイルは、先導するように教室を出ようとする。
「あ…ちょっと待って、くださる?」
「えっ?」
半ば無意識的に、シャロンは彼を呼び止める。
「あの…貴方がっ…その…」
しかし、呼び止めはしたものの、一体何を話せばいいのか。シャロンの頭の中は真っ白になってしまった。
まさか、ぶしつけに『貴方が抱えてらっしゃる事情とは、一体どのようなものなのかしら?』などとは訊ける筈も無い。
「その…ですわね。つまり、ええ、人は、生きていく上で、実に様々な事象とぶつかりあいながら、学習していきますの。そして、その過程において、欠かせない三大栄養素がありまして、いえ、そういう事では無く、更にビタミンとミネラルを合わせて、五大要素にもなるのですけれど、ですから、そういう事では無く、と、言いますか、栄養以外にも、スピリチュアルな要素が、そこには含まれてまして、アクシデント時における危機感の共有を、ストックホルム症候群と…いえ、これは間違いですわ、そうでは無くて…」
彼女の頭の中は無垢なる純白からカオスへと近づいてゆく。
「シャロンさん…もしかして…」
そんなシャロンのただならぬ様子を見て、カイルは口を開いた。
「っ…」
「貴女も、受けたんですか?賢者昇格試験の告知を」
「……は?」
思わず、呆然と訊き返してしまうお嬢様だった。


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