#5 賢者の勧誘、令嬢の葛藤 2

「ここはやっぱり、デートに誘ってくると思いますよ。シャロンさん」
「やっぱり、ですの」
「女の子とは付き合い始めが肝心。だから、初めてのデートの場合は、特に気合を入れて臨む。よく分からないですけど、男性側の心理は、そういうパターンが多いんでは、ないでしょうか…」
「一理ありますわね。ちなみに、クララさんでしたらそのような時、どのような所を選んだりなさるのかしら?」
「えっ、私ですか?!私は…その、あまりそういう経験が無いので…図書館とかが、いいと思いますけど」
「地味、ですわね」
「うぅ…すみません…」
午後の教室。カイルとは選択授業の違いの為、昼休みからは別々に過ごしていたシャロンは、クララと話し込んでいる。
この二人、別段、仲良しという訳では無かった(だからクララは、突然話しかけてきたシャロンに面食らってしまった)のだが。
実はカイルと同様に、シャロンもまた、その手の経験が皆無だった為、比較的物事をよく知っていそうなクララに、参考を求めた次第なのであった。
本来ならば、ルキアや、新学期からの転校生であるユリに訊いた方が、より実のある話を聞く事も出来たのかも知れない。
だが、それを実行に移すには、彼女のプライドは少々高すぎたようだ。

(デートのお誘い…それは、面白そうですわ)
シャロンは一計を案じていた。それは、付き合い始めて有頂天になっているであろうあの男を、一気に失意の底へと叩き込む作戦だった。
(勢い勇んで申し込んでこられる約束を、笑顔でお断りしたら、どんな顔をされるのかしら…)
考えれば考える程、シャロンの頭の中では愉快な空想が展開されてゆく。
「まぁ、そんな土下座までして頼まれるのでしたら、考えて差し上げてもよろしくてよ?おーっほっほっほ!」
思わず立ち上がり、そう口にしながら高笑いまでしてしまう。
「はい?」
きょとんとしながら、頭にクエスチョンマークを浮かべるクララ。そして、周囲から注がれる冷ややかな視線。
「なっ、なんでもありませんわ…」
彼女は席に座り直す。その顔を、真っ赤にさせながら。

「でも私、ちょっと意外でした。シャロンさんとカイルさんが、お付き合いするなんて」
「あら、それはどういう意味かしら?」
「あ、いえっ、変な意味じゃないんです。その…カイルさんって、あまり、深い付き合いのされない人だったから」
「そうなんですの?」
「はい。ラスク君くらいですよ。特に親しげなのは」
そう言うと、クララは少しだけ顔を落とし、更に話し続ける。
「カイルさんって、物腰も柔らかですし、一見すると、とても接しやすそうな感じなんですけど…」
「なんて言うか、ある一線まで行くと、そこでもう駄目なんです。無言の圧力が、踏み込めなくさせると言うか…彼の方から距離を、置いてしまうんですよ」
それは、普段からカイルと接する機会の多かったクララだからこそ、言えた事かも知れない。
「………」
自分とは関わらないでほしい。人柄なんて見せ掛けだ。そう言っていたカイルの姿を、シャロンは思い返す。
「シャロンさん」
クララは顔を上げると、真摯な目でシャロンを見つめる。
「私が言うのも変な話かも知れないですけど、カイルさんの事、よろしくお願いします」
「…えぇ、承知、いたしましてよ」
複雑な心境のまま、シャロンは、しかしそう答えた。

がららら…。
その時、教室の扉が開かれる。
「あ〜ぃ、じゃあ授業始めるわよー」
その時間の担当であるアメリアが、何故かやる気無さげに入ってきた。ちなみに授業開始のベルが鳴ってから、既に5分経っている。
「せんせーっ、どこ行ってたんですかー?」
どこからともなく呼びかけられる生徒からの質問に、アメリアはぶっきらぼうに答える。
「あー、ちょっとカイル君と、会ってた」
「なんですってっ?!」
「なんだとぉーーーっ?!」
そんな言葉に反応する二つの声。一つはシャロン、そしてもう一つは、レオンだった。
「…なんでレオン君が、そんな反応してんのよ?」
「あっ、いや…なんでも、ないっす」
「そう、変なの。でも、シャロンさんの反応は、可愛らしかったわねぇ〜」
「し、失礼ですわねっ!私も、何でもありませんわよっ!」
「うふふ…」
シャロンの様子を見ながら、嬉しそうに、クララは微笑んだ。


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