「先生! 先生ってば!」
 レオンの言葉に、アメリアは慌てて振り返った。
「あ、えっと……何か質問かな?」
「違うよ。問題解き終わったから、採点して欲しいんだけど……」
「え? あ、そうそう、採点ね、採点……」
 そう言うと、アメリアはレオンから答案用紙を受け取り、早速添削に取り掛かった。
「先生……もしかして、怒ってる?」
「うぇ?」
 アメリアは素っ頓狂な声を上げた。どうして突然、そんなこと言い出すのかしら――そんな様子だ。
この調子だと、本人は気が付いていないようだ。
レオンが問題を解いている間、そして呼びかけてくるまで、ずっとアンニュイな表情だったことに。
「いや、ほら……その……ずっと憂鬱そうだった、から……」
 ゆっくりと言葉を選びつつ、レオンが答えると、アメリアは、やーねー、と右手をぱたぱたさせた。
「ああ、違うのよ。そんなんじゃなくて、ただ――ちょっと、ね」
「悩み事? 俺で良ければ相談に乗るけど?」
 レオンにとっては、ほんの軽い気持ちで言った言葉だった。
 ふざけた訳ではないけれど、きっと、「もう、大人をからかうんじゃないわよ」なんて、さらっと受け流されるだろう――
 そう、思っていた。
 だから――
「……そうさせて貰おうかな」
 というアメリアの返答に、当のレオン本人が一番驚いてしまった。
「そうと決まれば、さっさと補習を終わらせないとね。レオンくん、今度こそ合格してよ、ね?」
「は、はいッ!」
 もの凄い勢いで丸付けを進めていくアメリアに、レオンは上擦った声で返事をした。
 返事をしたところで、回答を終えたテストの点数が上がるはずもないのだけれど。

◇ ◆ ◇ ◆

 アメリアのペンが、すらすらと紙の上を踊っていく。レオンはどきどきしながら――
 もはや、この胸の高鳴りが、何から来るものなのかも分からないまま――アメリアの手の動きを追っていた。
 肝心の点数はというと、あと一問正解すれば晴れて合格、というところ。
 そして、最後の問題に差し掛かった、その時――ふいに、アメリアの手が止まった。
 そのまま、ペン軸でサイドヘアーをぽりぽり掻きつつ、うーん、と唸って固まってしまった。
 どうしたことか、とレオンは答案用紙を覗き込み――目の前が真っ暗になった。

Q.ご飯や刻んだ香の物などを入れて飲む、島根県名物のお茶といえば○○○○茶?
  ひらがな4文字で答えなさい。

A.ほてほて(茶)

『何だよ「ほてほて」って! ジジィの散歩じゃねぇんだから! 「ぼてぼて茶」だろうがよー正解はよーッ!!』

 今さら思い出したところで――あまつさえ、妙に巧い一人ツッコミを決めたところで――もう後の祭り。
 レオンは今日ほど自分のそそっかしさを呪ったことは無かった。
 ああ、あんなキザなこと言ってたくせに、俺ってダセぇ――と、レオンが半ば自暴自棄になっている、と。
 持ったままだったペンを、誰かに奪い取られた。他でもない、アメリアがやったのである。
アメリアは、目にも留まらぬ早さで、レオンの回答に濁点を二つ付け加えた。
そのままのスピードを維持しつつ、赤ペンに持ち替え、今度は大きな大きな二重丸。ついでに花びらもトッピングした。
「おめでとう、合格よ――ぎりぎりだけど、ね」
 アメリアが取った予想だにしない行動に、レオンはただただ呆然とするばかりだった。

「先生……」
「な、何よ……何か不満でもあるわけ?」
「いや、そうじゃなくて……濁点の位置が……」
「え?」
 答案を見直すアメリア。

A.ほでほで(茶)

「――あ」
 二人の間に、何とも言い難い、微妙な空気が流れた――


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