約束にも満たない
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2
次の日の朝。もう四日目ともなると慣れてしまった感触が腕になかった。アスランは何でだろうと考えて、次の瞬間かかっていたシーツを跳ね上げた。――キラがいない。
「何で……」
探った先のシーツは冷たい。
約束にも満たない
仕度もそこそこに、アスランは家を飛び出した。
どうしてだか、堪らなく不安でならない。それが急に離れてしまったぬくもりに対してなのか、それとも昨夜ひとときだけキラが見せたあの怒りに対してなのかは分からない。ただどうしてそばにいないのかと、キラに対して理不尽に哀しみと怒りを覚える。
――何処に行ったのだろう。家に帰った? 春休み中の学校へ? いつも遊んだ公園へ?
分からない。分からないままに、それでもアスランは走る。ひとりでいるのは嫌だった。
だって。
だって、もうすぐ――。
「……キラ……」
小さく呟いて、唇を噛んだ。昨日のように涙を堪える。
呼びかけに応える声は、やはり、ない。
先ずキラの家に行った。けれど出迎えてくれたキラの母は、困惑した表情で帰っていないと言った。
それから呼び止める声を振り切って、アスランはそこらじゅうを駆け回った。キラの友人に連絡もしたし、いそうな場所を聞いたりもした。
大袈裟だと、電話の向こうで笑った人間もいたけれど、そういうことじゃないのだとアスランは思った。
ただ、嫌なのだ。
ここに、そばに、今このときに、キラがいないことが。
それでも、思いつくに最後の公園をぐるりと回っても、キラはいなかった。
影がオレンジ色の中に長く伸びている。その光景を見ながら、アスランはもう一日が終わろうとしていると知る。
キラがいないままに、一日が。
アスランはぐしゃりと髪をかきあげて、探しに入った公園のブランコに座った。座ると言うより、崩れると言った方が正しいかもしれない。ブランコが微かに揺れる。
「、」
キラ。
唇だけで紡ぐ。声に出してしまって、応えがないことに傷つくのにはもう懲りた。
――キラ。
キラは今何処にいるのだろう? 今、どうしているのだろう?
考えても分からず、アスランは頭を抱えた。泣き出してしまいたい衝動に、頭が痛い。
堪えきれず、うめくように名を呼ぶと、間近で、じゃり、と砂を踏む音がした。顔を上げた先には、オレンジに染まった茶色い髪が心持ち顔を隠していたけれど、それでも、それは確かに探していた――キラ。
アスランは怒鳴りつけたらいいのか、それとも気遣ったらいいのか分からず、口を開いたまま動けなかった。ひゅ、と喉が息を吸い込む。すると涙腺が壊れたように、一気に涙が頬を伝った。堪えていた堰が壊れてしまっていたように。胸から熱いものがせりあがってくるのを感じると同時に、嗚咽が漏れた。
「――分かった?」
昨夜と同じ、怒りを含んだ瞳がアスランを射抜く。無表情でキラは、もう一度「分かった?」と問うた。
「いなくなるって、そういうことだよ」
「……」
キラ、とアスランが紡ごうとした言葉は、嗚咽に紛れた。キラは一歩踏み出して、アスランに近づく。
「どんなに探したってそばにいなくて、いつだってどうしているんだろうって思って、それでも、」
それでも会えないっていうことだよ。
ずっと一緒にいたのにと、キラは言った。
「行かないで」
行かないでよと駄々っ子のようにキラが繰り返す。アスランは涙に濡れたまま、キラを見上げた。夕陽を背にしたキラの顔は眩しくてしっかりとは見れなかったけれど、泣いていることだけははっきりと分かった。
行かないで。言いながら、キラは顔を歪める。
「キラ、」
「やだよ、」
アスランがキラの頬に手を伸ばす。キラは応えるように腰をかがめて、アスランの首筋に顔を埋めた。そのままアスランの背にキラは腕を回す。
「アスランがいないなんて、嫌だ」
キラの言葉に、アスランもキラの背に腕を回した。「俺だって嫌だよ」
「キラがいないのは、嫌だ」
はっきりと言ってしまってから、またアスランは涙を流した。それがどうしたって、無理だと分かっていたからだ。
そして、それはキラも同様なのだろう。
分かっている。――分かっているから言わずにはおれないのだ。
――だって自分たちはまだひとりで生きていくことが出来ない子供で。
「キラ、」
嗚咽を漏らすキラの背を、アスランが撫でる。
泣くなと、言わなかった。泣いてくれることが嬉しかった。
「逢いにくるよ」
ひっくと、しゃくりあげるキラが顔を上げる。しっかりとふたり、視線を合わせた。
「逢いにくる、絶対に」
もう一度そう言って、アスランはキラの頬を拭った。「じゃあ」キラはアスランの頬に手を伸ばす。
「僕も、行くよ」
逢いに行くよ。
人工の陽の光がすっかり闇に呑み込まれてしまった中、キラはゆっくりとアスランの唇に触れた。
涙に濡れてしまった唇は互いにしょっぱくて、近い距離で目を合わせてふたりでそっと笑う。
それは久しぶりに見た笑顔だったけれど、どうしても悲しさだけは拭えなかった。
end
2004/10/08
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