ちりちりと金色の粒が散るのを見て、もう少し時間が欲しかった。とスィンは思った。肩に当てた棍で、肩を叩くようにした。空を仰ぐ。黒い雲が見えた。
不機嫌な顔をして現れた魔法使いに「やあ」と白々しく片手を上げて、スィンは挨拶をする。案の定、彼の不機嫌さは増した。
「……久しぶりだね、ルック」
しばらくの沈黙の後、スィンは口を開いた。ルックが何かを切り出すのを待っていたのだが、その気配がなかったので。
「そうだね」
ルックが短く応える。そしてそれきり、黙った。
スィンは密かに焦りながら、片足で足元の土を蹴った。ふたりで顔をあわせないようにしていたことは、もう気づかれているのだろう。
そのことについて何か言及されるのかと思ったが、ルックは何も言わない。しかしさすがにスィンも、『何か用?』ととぼけることは、できそうになかった。
視線は合いそうで、合わない。スィンのほうが、合わせられないのだ。
「……スィン、」
スィンの視線が地面を彷徨いだした頃、ルックが呟くように名を呼んだ。スィンは顔を上げる。
「ちょっと」
「え?」
するりと手を取られた。何をするのか、スィンにはすぐに分かった。
「あ」
不意打ちだ。と思った次の瞬間には、景色が切り替わっている。
きょろきょろとあたりを見回す。閉じられた窓が、風のせいでかたかたと鳴っている。テーブルの上には分厚い魔道書。まだスィンは一度くらいしか来ていない――ルックの部屋だった。
握られたときと同じ自然さで、手が放される。スィンは目をぱちくりとさせた。
「ルック?」
「また具合を悪くされたら堪らないからね」
意味が分からずに、スィンは困惑してルックを見返す。ルックは顎で窓のほうを示した。
窓がかたかたと鳴っている。風が強まってきたようだった。空は、夕暮れを隠すように雲が走っている。
ああ、雨が降るからか。スィンは軽く息を吐いた。
「そんなに心配してもらわなくても、そうそう体調を崩したりはしないよ」
「説得力がないね」
「まあ、そうか」
スィンは苦笑して頭をかいた。
どうしようか、と内心思った。正直、こうやって相対していたくはなかった。
ぼんやり過ごした一週間。避けるように過ごした三日。
好きだといわれたことを、ずっと考えていた。
スィンは棍で自分の肩を叩く。
気づくといつも、逃げ道を探している。自分に呆れてしまいそうになり、スィンは唇を噛み、笑みの形を作る。途端にルックが顔を顰めた。
「何?」
別に何も。そう返そうとしたができず、スィンは軽い溜息を吐いた。
「こうでもしてないと情けない顔を晒しそうなんだよ」
ルックが片眉を上げる。「今更」
確かに今更だ。スィンは苦笑した。
ルックの手が、俯いてしまったスィンの前髪に触れる。びくりと、スィンの体が強張った。あからさまだったから、ルックにも分かったようだ。彼が眉間にシワを寄せるのを、スィンは諦めに似た気持ちで見つめる。
「なに」
「何でもない、けど」
そんなわけがないのに、そうとしか言えない。スィンは視線を彷徨わせた。逃げ道を、探している。
「何でもないわけないだろ」
ルックが、元々あまりなかった距離を一歩埋めた。スィンは思わず顎を引いた。
逸らそうとした矢先に、視線を固定される。すぐさま手が伸びてきて、頬を包まれた。その手に力は入っていないのに、視線が強すぎて外すに外せない。怒っているのかと、思うくらいに。
「言いたいことがあるなら言いなよ」
いつかに似た科白をルックは吐いた。そういえばルックはいつでも、言葉を待つ。ふと、そんなことをスィンは思った。
「言いたいことがあるわけじゃないよ、ルック」
言いながら、頬を包む手をゆっくりと外す。本当に、とルックは視線で問う。いつも、少しでも嘘やごまかしが混ざれば感づかれるのを不思議に思っていたけれど、何のことはない。彼はいつでも真剣にこちらを見ていたのだ。今更ながらに、スィンは気づいた。
「言いたいことが、あるわけじゃないんだ」
もう一度、スィンは言った。
ルックは黙って促す。
スィンはひとつ頷き、嘆息した。
「怖い」
短く終わる。ただ一言だ。それでも口にしてしまうと、スィンの肩から力が抜けた。
2006.03.23
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