通信が入っている・・・・・・・
『こちら原宿シェルター
"悪魔撃退プログラム"完成により、戦況は逆転。
悪魔の駆逐に成功。
ただし、ゾンビウイルス感染者に関しては、
今後の回復の見込みが望めない事から・・・・・
内部的に処分を行なった。
住民のパニックも沈静。
現在、捕虜の訊問をおこなっている。
極めて有用なこのプログラムを、転送しておく。
大抵の悪魔には、その効力を発揮するはずだ。』
『データの種類は圧縮データ。データ容量は1.5ギガバイトです。
データのダウンロードを開始します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ダウンロード終了』
"悪魔撃退プログラム"をダウンロードした。
僕は、自分でこのデータを解凍し、解析する事にした。
解析に成功し、手柄を立てれれば、デビルバスターへの道が開けるかもしれない。
そんな期待をしながら、解凍ソフトを走らせた。
『MURMUR.BIN・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
画面に写し出された膨大なデータを見た瞬間、体中に、言い様の無い悪寒が走った・・・・・・・
『・・・・・・・・・・・・メイルをアップロードします。
AIM.BIN 1.2ギガバイト・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アップロード完了。
送信先を指定してください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お茶の水シェルター
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・送信完了
何かキーを押して下さい。通信を終了します。
・・・・・・・・・・・・・・頬に冷たい床の感触が伝わってくる・・・・・・・・・
ゆっくりと目を開くと、床の上に直に倒れていた。
いつの間にか意識を失っていた様だ。
胃が・・・・・いや、内臓全てが、あたかも腐敗したかの様に熱く、
そして重苦しく感じられ、嘔吐感が耐えずのど元に居座っている。
意識もまた、焦点の定まらないレンズのように、手掛かりを掴めかけては遠のいて行く・・・・・・・・
そんな状態の中、何とか起き上がると、煌々と灯るコンピューター画面に目が行った。
画面に浮かび上がる文字を読んで行くと、どうやら自分の記憶には無いが、
御茶ノ水シェルターに向け、得体の知れないデータを送信していたようだ。
何とか思い出そうと、画面に目を凝らす・・・・・・・・・。
しかし、思い出そうとすればするほど、頭を耐えがたい痛みが走る。
よろめきながらもベッドに移動し、倒れ込む様にベッドに横たわる。
もはや、何かを考えようという気力は、全く失われていた。
ただ、安らかな眠りだけが、今望むものであった。
深い眠りが僕を襲う・・・・・・・・・・・・・・・・
自分は眠っていた筈ではなかったのか・・・・・・・・・?
ふと気付いたら、そこは深夜の霊安室だった。
無論辺りに人影が無く、しんと静まり返った室内は、一層不気味さを強調していた。
これは・・・・・・・・夢だろうか?
自分のいる場所が、何処であるかに気づいた葛城は、それと同時に、両手の指の痛みに気づいた。
慌てて、両手を見る。
両手には、滴った形のまま凝固した血の跡が幾筋も付いていた。
それは、激痛の走る指先から流れていた。
その指先はと言うと、爪は折れ、根元は裂け、酷い状態になっている。
痛みがあるのは当然だ。
一体何がどうなっているというのだ・・・・・・・・・・?
両手から視線を外し、死体安置BOXの連なる壁に目をやって、状況を理解した。
死体安置BOXには、おそらくは僕が付けたのであろう、血の筋が指の形に無数に付いている。
僕は夢遊病のように、自分でも気づかぬ内に霊安室まで訪れ、死体安置BOXを何かに憑かれたように、掻きむしっていた・・・・・・・・。
素手では開けることが出来ない、電子制御されているBOXの扉をこじ開けようとしていたのだ・・・・・・・。
思考の混乱・・・・・・痛む両手を握り締め、足早に霊安室を後にした。
・・・・・・・・・・・・・・夢ならば、早く覚めて欲しかった。
ベッドの中で身じろぎもせず、葛城は異常なまでの虚脱感に全身に感じながら、ゆっくりと目を開いた。
急激な目眩が、天井をまるで悪夢の様に歪める・・・・・
動く事も、思考する事も・・・・・・
そして、息をするという事にさえも、全く関心が動かなくなっていた。
しばらく瞬きもせずに虚空を見つめ、再びゆっくりと目を閉じる・・・・・・
睡魔が再び葛城を、深淵の縁へと誘って行く・・・・・・・・・
電話の音が鳴り響いている。
出る者のいない電話の音は、まるでうつろな叫びの声のように、頭の中に響き渡るだけだった・・・・・・・
早坂「葛城!
そこにいるんだろ、葛城っ!!」
そのまま放っておいた。
「なあ、お前一体どうしちまったんだ?
食事にすら来ていないって言うじゃないか。
何か悩み事があるなら、相談してくれよ。
身体の具合が悪いなら、連絡してくれれば、
すぐにでも、お前の部屋まで迎えに行く。
橘さんや、隊長も心配してる。
とにかく、連絡くれ。待ってるから・・・・・・」
西野「葛城・・・・・・一体どうしたんだ?
私を含め、皆、お前の事を心配している。
せめて連絡のひとつぐらい、入れてくれ。」
・・・・・・・・・・・頭の中に懐かしい声が響いてくる・・・・・・・
しかし、何も考える気力が無い。
英美「葛城くん!
ねぇ、いるんでしょ!?」
また、放っておいた。
「葛城くん。
おばさんに聞いたら、食堂に来ていないって言うし・・・・・・・・・・
ねぇ、本当にどうしちゃったの?
いくら訪ねて行っても、いくら連絡を取ろうとしても、居留守なんてあんまりじゃない?
連絡だけ入れて、お願いだから、ね。」
電話の音が鳴り響いている。
しばらくの間鳴り続けた後、電話の音は突然に止み、室内は再び静寂に包まれた・・・・・・・
誰かが、身体を揺さぶっている・・・・・・・
「葛城くん!葛城くん!」
さすがの虚脱感も、その声に束の間追い払われたようだ・・・・・・・。
何とかその目を開いた。
「・・・・・・・・・良かった、息もあんまりしないんだもの。
睡眠薬か何か飲んで、昏睡してるのかと思った。
葛城・・・くん?
ねぇ・・・・・大丈夫?私が誰だか分かる?」
由宇香は、僕の手に自分の手を重ね、その手を引き寄せようとした。
「キャアッ!!」
自分の両手には、血が乾いてこびり付き、周囲のシーツには、どす黒い血の痕が染み込んでいた。
「葛城くん・・・・・・・・爪が裂けてる。
どうして、こんなに酷くなったの?
いいわ理由なんて。そんな事より、すぐに手当てをしなきゃ。
葛城くん、私、医療キットを取って来るから、ここから動いちゃ駄目よ。」
由宇香は足早に、自分の部屋を出て行った。
しばらく、虚空を見つめていただけだったが、ひどい空腹感を感じている事に気づいた。
足は、自然と部屋の外に向かい歩き出した。
「いらっしゃいませー!
お客様・・・・?」
自分の尋常でない様子に、ウエイトレスの顔からは笑みが消え、強張った表情になった。
僕は無表情に、DB専用食を10人前注文した。
「え・・・・・・?お客様お一人で・・・・・・・?」
「うるさい早くしろ!」
「か・・・・かしこまりました・・・・・・!
お・・・・・お待たせ致しました・・・・・」
食堂から出ると早坂と桐島がいた。
「おい、葛城、お前連絡もよこさずに、こんな所で何やってんだよ!」
「隊長も心配してるわ、一体どうしたの?」
僕は、テイクアウトして来た大量の食料を、
まるで早坂達に盗られまいとするかの様に抱え直し、ゾッとする様な目で、早坂たちを睨んだ。
「・・・・・・・・・葛城、お前変だぞ。」
「どうしたの?葛城くん。
ねぇ、何か悩み事があるなら、私達に相談して!」
早坂達の言動全てが、不快で偽善めいて感じられ、何だか無性に腹が立って来た。
「善人ぶるな!!」
「キャッ!」
「葛城ッ!!」
思いっきり早坂達を突き飛ばした。
部屋に戻った。
直に床に座り、
調達してきた大量のDB専用食を、貪る様に喰い散らかしている。
そこにあったのは、かつての面影等無い、濁った瞳をした、頬の痩せた狂人の姿だった。
「葛城・・・くん・・・・・・・・。」
由宇香は、目に涙を溜めながら、黙って傷の手当てをする。
こびりついてなかなか取れない血を、優しく丁寧にふき取って行く。
屈み込む姿勢のせいで、首筋から流れる、柔らかそうな栗色の髪が、首筋を露にし、肩から滑り落ちる・・・・・・・
その瞬間、脳裏の中で、何かが弾けた!
それは、狂おしいほどの欲望と劣情・・・・
いや、それにも似た、激しい血への餓え、血への欲求であった。
「葛城くん、何を見ているの?
葛城くん?・・・・い・・嫌ッ!!!」
葛城を懸命に思い、信じる由宇香ですらも、その視線の奥に潜む邪悪な欲求を、無意識に感じ取った様だ。
「貴方は・・・・・貴方は、葛城くんはないわ!」
由宇香は、怯えて去って行った・・・・・・
室内を、重苦しい静寂が包み込む・・・・・・・
僕を、抗えない睡魔が再び襲って来た。
再び深い眠りについた・・・・・・・・・・・・・・・