0-3/Cross Pain

ルイ作


買い物は予想どおり早く済んだ。

まあ、彼に似合う服が限られたのもあるだろうか。


同じ年頃の子たちとは少し感じが違い、むしろ少し年上っと言った雰囲気だろうか……あまりラフな格好は似合わない、そんな気がした。

そのため、色のあるものはあまり買っていない。
ほとんどが白と黒のモノクロだ。
たまにベージュや水色と言った薄い色がある。


「まあ、あとは本人の着こなし方かな?」


他に必要な物を買い、今や二人とも両手に必ず二つは紙袋を持っている。


「いやぁ、買った買った。さて、この荷物を置いたら学校にいこうか?」


「………。」


学校に行くことが引っ掛かっているのか荷物を持たされていることが気に入らないのか、反応が無い。


「……………まいっか。」


一度来た道戻り、荷物を置いて学校に向かう。






「はい、到着〜。」


「…………早くはないか?」


「そうかな、家から20分位だけど……。」


「いや、そういう事では…………何でもない。」


「?…ま、いいや。職員室行こう、先生いるから。」


正門の隣にある関係者用の小さな門をくぐり、校内に入る。

まだ新しい白い廊下を歩く。
靴で床を蹴るたびキュッキュッと鳴らしながら職員室へ向かう。


「失礼しまーす。」


木製の扉をノックして入ると、色の濃いグレーのスーツに縁の無い眼鏡をかけて、いかにも教師といった風貌の男性が一人座っていた。

こちらに気づくと、机の書類をまとめ引き出しの中にしまい振り向く。


「少し早いな。」


「時間どおりが良かったですか?」


いや、と言いながら椅子を回して、身体ごとこちらを向く。


「それで……彼が?」


眼鏡を指で上げながら、私の一歩後ろに立っている無表情の彼に視線を向け、ジッと見つめる。


「……………。」


「……………きみの従兄弟というのは少し無理があるんじゃないか?」


「そうですか?……まぁ、こういう従兄弟もいますよ。何処かに。」


何も知らない彼を尻目に話を続ける。


「…………どういう事だ?」

解りづらいが少し焦ったような表情をしながら私たちの顔を交互に見る。


「えっと、学校に行くにしても記憶喪失だなんて堂々と言えないでしょ?だから、みんなには私の従兄弟として紹介するの。」


「私は彼女から大まかな理由は聞いている。この事は他の先生たちにも言うつもりはないよ。」


先生の言葉を聞いた後、少し間を開けて、そうか…と呟き、考えるように下を向くと何か言いたげにこちらに視線を向ける。


「それは分かった。ただ………従兄弟は無理があるだろう…。」


「っ、結局それかい。」


コントのように肩を落としながら横目で先生を見ると、彼の言葉に対して小さく頷いているのが目の端に映った。


「じゃあどうしろって言うんですか……何か良い案でもあるんですか?」


「「…………………………………………………………………………………無い。」」

初めてあったとは思えないほど、息のあった返事を返された。

このやろう……先生じゃなきゃ私の右が飛んだぞ…などと物騒なことを思いながら拳をギリッと握る。

ふうっと息を吐いて気持ちを落ち着かせ、握った拳を解き、腰に手を当てる。


「とにかくっ、他に意見が無いなら私の従兄弟っていう設定で行きます。」


「まあ、この事に関しては君の提案にした方が良いだろうね。」


「そう思うんだったら、横から口を挟まないでください。」


「いや、従兄弟というのは無理があるんじゃないかと言っただけだよ。」


しつこく言ってくるメガネを無視して話を進める。

彼は明日から私の従兄として学校に来ることや、教室ではなるべく記憶のことは口にしないこと
彼の席は隣と言う事を説明した。

いつも通り素っ気ない返事を返してくる。

返事を聞いた限りでは、どうやら緊張したり嫌がったりはしていないらしい…。

彼が明日から学校に通うことに支障が無いよう、ある程度の設定を決めた。

「まず、名前は……覚えているのかい?」

「いや………思い出せない。」

「………名前か。」

何か良い名は無いかと頭の中でいくつか名前を作っていた時、ふと、浮かんだ名前があった。…………………それは。

「とおの……しき。」

「とおのしきか…良いんじゃないか、どんな漢字を書くんだい?」

手近にあった紙を取り、胸ポケットにさしてあるペンを渡される。

「っと……こうです。」

壁を下敷きにするように紙を付け、思い出した名前を書く。

「………。」

書きながら様子を伺うように彼を見る。
特に変わったところも無く先程と同じように黙っているように見える。
書き終わったものを先生に差し出す。

「彼のカバンに入っていたノートに書いてあったんです…。」

「そうか…うん、とりあえずはこれにしよう。」

「そうですね……。」

何処かしっくり来ない名前を頭の中で反芻しながら話を進めていく。

「では、この学校に来る理由は…」

「それも私が考えてきますよ。」

あっさりと言ってしまった。

先生は目を大きくして驚いている。
……………………出目金みたい…。

「いや、すべて君に決めさせるのは良くない。」

「先程のような無茶な設定を作られても困るしな…。」

針のような声は包丁のように痛いところを突いてきた。

「うっさい黙れ。じゃあ自分で考えろ。」

少しイラ付きながら彼に言い返す。

すると、それに動じもせずこちらに劣らぬ程の口撃をしてきた。
むしろ倍以上かも…。

「考えられるなら考えている。しかし、その様な設定を考えるための『状況の記憶』が今の俺は乏しい。だからお前に決めさせてやるしか術がない。」

「うっ……。」

気圧されて思わず後ろに体が引く。

「まあ、彼に関しては私が決めよう。」

少し口元を緩ませながら私の肩を軽く叩く。

「それなら良いだろう?」

了承を得るため彼の方を見る。

「別に誰だろうと構わん、ただ無茶な設定はご免だと言っているだけだ。」

いかにも、それはお前だと言わんばかりに刺す様な視線でこちらを見る。

視線を結構強く感じながら、話を続けた。



結局細かい設定は先生に決めてもらう事にした。
その方が説得力もあるだろうし、何よりクラスのみんなも信じやすいと思う。

まあ、あとは彼の立ち振る舞い方に任せるだけである。


「それじゃあ先生、ありがとうございました。」

「なに、生徒が困っているのに放っておく訳にはいかないからね。」

早速色々な書類を書くために、机の周りをうろうろしている。

「ところで、制服は良かったかな?」

「あ………忘れてました。」

思わぬ忘れ物に誤魔化し笑いをしてその場を濁す。
後ろで呆れたようなため息が聞こえた。


どうする?と振り返って聞こうとした時、声が掛かった。

「俺はどちらでも良い。お前が決めろ。」

「結局ですか……………本当は考えるのが面倒くさいだけなんじゃないの?」

疑いの目を向けているとさてな、と白を切られた。

暫らく彼を横目で見ていたがやめて、真剣に考えることにした。





正直、今彼が着ている濃紺の学ランはとてもよく似合っている。学校のではなくて自前かと思うくらい。
しかし、通う期間がまだ分からないとは言えこれからはここに通うのだ。なら、そこの服を着なければならない。それに、ここの男子の制服はブレザーだから学ランでは目立ってしまう。

「と言うことなんで、制服は貰っておきます。」

「何がどういう事かは分からないけど、制服は渡すよ。」

制服を取りに席を立つ先生の背中にお礼を言う。

「はい、ありがとうございま〜す………ま、貰えるものは貰っておかないとね。」

「本音はそれか…。」

彼が呆れたように別の方を向きながら呟く。

「当然でしょうに。」

「その様子だと普段の生活はどんなものか窺い知れるな。」

「え?言っとくけど、節約しなきゃいけないほどお金が無いって訳じゃないからね?」

意外そうな顔をしながらこちらを見る。

「………そうなのか?」

「うん。趣味で節約するけど。」

証拠を見せようとカバンをさぐり、常に持ち歩いている通帳を見せようとした時…。

「サイズが分からなかったから、いくつか持ってきたよ。」

「あ、すみません。測ってなかったですね。」

慌てて通帳をカバンにしまい、先生の方に顔を向ける。

出してもらった制服を彼の体に当て、ちょうどいいサイズの物を貰う。

「制服のお金は明日持ってきますか?」

制服を小さく畳み直し、カバンに入っていた大きめの白い紙袋に入れる。

「そうだね。さて、これで明日の準備はいいかな?」

足元に置いた鞄を持って扉の方に向かう。

「はい、大丈夫です。色々ありがとうございました。」

後ろに来ていた先生にお辞儀をしてお礼を言う。
隣に立っている彼も軽く会釈をする。

「これくらいは教師として当たり前だからね。また何かあったら言ってくれて良いよ。」

「はい、ありがとうございます。それじゃあ失礼しました。さようなら、先生。」

そういって職員室をあとにした。







学校を後にし、見慣れた道を歩いているとある疑問が浮上した。
しかし、その質問はある意味失礼にあたるため聞きたくはない……だがそれが頭に残り気になる。

「…………。」

このまま歩いていてもそれが解けることも無さそうだったため、仕方なく聞いてみた。

「…ところで、あの教師の名は何というんだ?」

「……今更何を言ってんの?」

ピタッと立ち止まり、見事なまでにしかめられた顔をこちらに向けた。

「そういうな。俺は一度も名前を聞いていないからな。」

立ち止まっている彼女の横を通り過ぎると、小走りで後ろから着いてくる。

「あれ?そうだっけ。」

「あぁ…聞いたのは、お前のクラスの担任だということくらいだ。」

思い返してみても名前を言われた覚えなどなかった。

「めずらしいなぁ、あの先生が名乗らなかったなんて……礼儀とかにはうるさいほうなんだけど。」

「ほう、そうは見えなかったが…。」

先程のやり取りを思い出す限りでは、そうは見えなかった。
まあ、気が利くということはあっただろうか。

「で?何という名前なんだ?」

「久山先生だよ、久山敬之(ひさやま たかゆき)先生。」

短く返事をして、今聞いた名前を頭の中で繰り返す。

「………。」

「どうしたの?……なんか、にやけてる?」

よほど可笑しな顔をしているのか少し驚いたようにこちらを見る。

「……そんな訳がないだろう。」

少しくらいは緩んでいたであろう口元を戻し、普段どおりに話す。





おそらく、自分の名前すら忘れた者にもまた何かを覚えることが出来る事が、単純に嬉しかったのだろう…。






家に着いた後は買った服などを空いていた引き出しに入れる。
上に着るものと下に着るもの、靴下などを別々の引き出しを決めた。

「こうして見ると沢山あるんだな…。」

「まあでも、必要な数だと思うよ?」

彼女が服を畳み、俺が引き出しに入れていく。

「……余計なことを聞くが、幾らくらい掛かったんだ?」

「…あなたがそんな事気にしなくていいのっ。はい、最後っ。」

畳んだ服を乱暴に渡され、彼女はその場を立った。
それを目で追いながら、服を引き出しにしまう。


「さて、今日は何を作ろうかな〜。」

言いながら冷蔵庫を空けて、中を探っている。

「何か希望はある?」

冷蔵庫の扉を閉めながらこちらに問う。
同じようにタンスの引き出しを閉めながら考える。

「そうだな……昨日は洋食だったから今晩は和食がいい……。」

「和食か……ふむ、了解。」

何か思いついたのか冷蔵庫を再び開け、食材を取り出す。

「えーっと……鶏肉と玉葱と卵…か。あと、ご飯を炊いて…」

何かを呟きながら食事の準備をしている。

どうやら、今回は手伝うことは無さそうだ。


ふと気になった机の引き出しに目を向ける……。

「…………。」

まあ…他人の引き出しほど開けてはいけないものはない……しかし、何か引かれるものがそこにはあるような気がした。


机の引き出しを視界に捕らえる…。


ゆっくりとそこに近づく…。


引き出しの把手に手を伸ばす…。


そして、引き出しを…



「おーい、ちょっと手伝ってくれないっ?」



「…っ」



気が付けばあと一寸と言うところまで手が伸びていた。











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