03-2/Cross Pain

ルイ作


「ん?どうしたの?」

後ろから声がこちらに近づいてくる。

「いや、何でもない……。」

引き出しを気にしながら、聞き慣れた声に着いて台所へ行く。

(あそこには、何が…)

手伝っているときも引き出しの中のことが頭から離れる事はなかった……。



ちなみに、今日の晩ご飯は親子丼と三つ葉のかきたま汁、それと白菜や人参などの漬物だった。



あの引き出しに何が入っているのか彼女に聞こうと思ったが……何故か、聞くことが出来なかった…。




聞いたら何かが……変わるような………………………………………………………。




食事の後は昨日までと同じように茶を飲みながら明日のことの再確認をして、昨日までと同じように風呂に入る。

「…………はあっ…。」

体を洗ってから湯ぶねに入ると、水面が小さく波打つ。

湯ぶねに入り、縁にもたれるように座る。

「…明日から学校か……。」

記憶があった時は行っていたであろう学校……。

「遠野、志貴……。」

俺が持っていた鞄に入っていたノートに書いてあったと言う名前……あれが本当に俺の名前なのか?

その名前を聞いたとき、懐かしさなどはひと欠けらも無かった。
あったのは…うねりにも似た激しい『何か』…。

聞いた途端に体の中の何かが激しく動いた。
もし、それを抑えられなかったら……取り返しの付かないことになっていたのだろうか…。

もちろん、今の俺にそうなってしまった時を想像することは出来る筈も無い…。

「俺は……。」

水面を見つめるように下を向き、自分を見ている自分を見つめる。

「っ……。」            

見慣れているはずの顔が、知らない人物に見えた…。

水面を軽く叩いて波を起こし、写っていた自分の顔を歪ませる。

「………ふぅ…出るか…。」

誰に言うでもなく、気分を切り替えるように呟き、湯から上がり風呂場を出る。

用意されているタオルを取って体を拭き、新しい下着や寝間着として買った黒地に白の線が横に入っているジャージを履き、白のTシャツを着て部屋に戻る。

「空いたぞ…。」

「はいはい。あ、今日は布団で寝てね。」

「あぁ…分かっている…。」

彼女はいつもと変わらない様子で、てきぱきと後片付けや布団の用意などをしていた。

その様子を目で追いながら見ていると、首を動かさなければ見えないところまで彼女が来たとき、ふと尋ねられた。

「…………どうしたの?」

「っ……何の事だ?」

片付けなどが終り、寝間着などを持ち、風呂場に行こうとしている彼女に突然聞かれた。

「ん?何か、いつもみたいに静かなんだけど…不自然な感じがするから、さ。」
「…………。」

詰まるところ彼女が言いたいのは、何か隠していないかと…。

「隠し事が出来るほど、記憶はないが?……もう寝る、明日は早いだろう?」

布団に向かいながら返事をする。

「まあ、そうだけど……わかった、おやすみ。」

「………………………あぁ。」

小さくため息を吐き、こちらを見たあと風呂場へと消える。

「………………。」

一人、誰もいない部屋の天井を見る。

そしてゆっくりと目を閉じ、意識を落ち着かせて静かに夜のなかに沈んでいく…。

今は何もなく……ただ陽の明ける時へと……。







陽が上り、目が覚めると昨日と同じように彼はすでに起きていて、使った布団が丁寧に畳まれていた。

あぁ、名前も一応分かったんだっけ。
彼のカバンの中に入っていたノートに『遠野志貴』と書いてあった。
恐らく彼の名前なのだろう。

「お早よう、今日も早いね。」

「あぁ……。」

時計を見ると6時を少し過ぎている。
早起きの彼の、相変わらず愛想の無い返事を聞いて、朝の用意を始める。

服を持って脱衣所へ行き、顔や歯を磨いた後、寝間着から制服に着替える。
昨日から始まった習慣だが、今までは部屋で着替えていた為、これからを考えると少し面倒な気がした。

「ふうっ……さて、朝は何を作ろうかな?」

髪を結ってから脱衣所から出て、寝間着を部屋に置いて台所に向かい、壁に掛けてあるエプロンを取り、首に掛けるように付ける。

「ん……?」

ふと気付くと、部屋に彼がいなかった。

「あれ?トイレかな?」

始めて行く学校で緊張してるとか。

「まさかね……。」

そんな一面くらいあれば普段の無愛想もまだ許せるのだが……。

そんな呟きと同時に脱衣所のカーテンが開き、中から真新しい制服に身を包んだ彼が出てきた。

「………新入生みたい。」

何か初々しい…。

その呟きが聞こえたのか、ちょっと鋭い視線を返された。

「……ところで、これが結べないんだか…。」

彼の首から掛かっている長い紐のような物…。

「あぁ、ネクタイか……そっか、前の制服じゃ無かったもんね。」

どうやらネクタイをしたことが無いらしく、手を付けた様子が無い。

「やってあげようか?」

「出来るのか?」

「まあね。」

首から掛かったネクタイを取り、形が綺麗になるように長さを調節して結ぶ。

「………。」

手の動きや結ばれていく様子が珍しいのか、結びおわるまで微動だにせず見ていた。

「はい、これでいいよ。」

「あぁ、助かった。」

「いえいえ。」

「………。」

ネクタイを初めて見るのか、手に取ってじっと見ている。

「で、何かする事はあるか?」

さっそくお手伝いモード発動。



いや、そんなの無いけどさ…。
何となく言ってみたかったんよ…。


まあ、それは置いといて朝食の準備を開始。

「じゃあ長芋すってくれない?」

「長芋?」

冷蔵庫から使う食材を取り出している私を不思議そうに見る。

「うん、とろろにするの。」

まな板や包丁を出し、味噌汁用の鍋に水を張り火に掛ける。

彼は出した野菜を使う分だけ切り、水で洗う。

「朝からとろろか…。」

「あれっ?もしかして嫌い…?」

20pくらいの長芋を半分に切り、皮を剥こうとしたところで手を止める。

「いや、嫌いではない…ただ、する時に……」

「あぁ、手がね。じゃあ良いや、私がやるよ。」

長芋をそのまま持つと手が痒くなってしまう事がある。
彼もそのことを言っているらしい。

「いや、俺がやる。」

と思ったのだが違うようで。

「あれ?手が痒くなるのが嫌なんじゃないの?」

「そんな事は一言も言ってないが…?」

軽くため息を吐かれ、呆れたような目で見られた…………どうやら早とちりだったらしい。

「そりゃ、失礼した。じゃあお願いしていい?」

「構わん。」

直接芋に触らないように少し残した皮のところを彼に渡す。

卸金をそのあとに渡し、すり鉢の代わりに大きめの丼茶わんを手元に置く。
彼が芋をすり始めたのを見て、こちらも手を動かす。

ふつふつと沸き始めたお湯の中に、昨日気になって買った、飛び魚入りのだしを入れる。
直後に広がるいつもと違うだしの香りに満足する。

「うん、買って正解だね。」

一人頷いて、味噌汁の具を切っていく。
今日はキャベツにもやし、油揚げ。もちろんネギも入れる。

あ、もやしは切らないか。

「長芋、すれたぞ。」

すると横から声が掛かり、そちらを向く。

「すれた?じゃあ、卵と醤油とだしを少し入れて混ぜて。」

「分かった。」

短く答えると冷蔵庫から卵を一つ取り出して割り入れ、出しておいた醤油を大さじ1くらい入れて、更にだしを入れて混ぜる。

こちらも、切った具を鍋に入れて、味噌を溶かし入れる。
吹かさない程度に温めて火を止める。

「よし、良いかな?」

いつもより少し大きい茶わんとお椀を出し、二人分の箸をテーブルに添える。

茶わんにご飯とお椀に味噌汁と、それぞれに注いでテーブルに並べる。

「よっし、食べようっ。」

その声の直後に、彼がとろろの入った丼をテーブルの真ん中に置いて、お玉を丼の縁に掛けるように置く。

ほぼ同時に椅子に座り、手を合わせる。

「いただきます。」
「頂きます。」

箸を持ち、彼は味噌汁を一口飲み、私はご飯にとろろをかけた。

「………ん、おいひい。」

「口に物を入れたまま喋るな。」

「む……。」

当たり前の突っ込みに少し眉を寄せて、口の中の物をしっかりと噛んで飲み込む。

「っん。だって美味しかったんだもん…。」

拗ねるように唇を尖らせる。

「……今までしたことが無かったのか?」

「このメニューがって事?そうだね、初めてだよ。」

「そうか……。」

そう言ってから視線を茶碗に戻し、とろろと絡まったご飯を静かに流すように食べる。

「………。」

少し音を立てながら茶わんに半分くらいのとろろご飯を掻き込む。

その後、いつもより会話をしながら朝食は進み、7時になる頃には食器を片付け、お茶の用意をしていた。

「朝にとろろというのも悪くないな。」

「そう言ってもらって嬉しいよ。」

お茶を湯呑みに注ぎながら言う。
部屋にやわらかい緑茶の薫りが広がり、ふとそれを嗅いだ彼の表情が緩む。

ちょうど半分ずつに注げ、湯呑みを彼の前に置く。

「はい、どうぞ。…そう言えばずっと考えてたんだけどさ。」

「あぁ…なんだ?」

熱いお茶を冷ます事無く、口へ運びながらこちらに答える。

「いや、名前は一応分かったじゃない?で…なんて呼んだらいいかと思ってね。」

ずっ…と一口啜ろうとしたところで彼の動きが止まった。

「……好きに呼べばいいだろう?」

そう言いながらまたお茶を啜る。

「ふーん……じゃあ、『遠野くん』。」

「っ……」

動きが止まり、湯呑みのお茶が揺れる。
その反応を見て見ぬふりをして話を続けていく。

「いいんじゃない?それで。分かりやすいし呼びやすいし。」

固まったまま湯呑みを見ている彼を横目に、少し置いて程よい温度になったお茶を啜る。

お茶が喉を通っていくのを感じ、和みきった顔をして息を吐くと、それが合図になったのか今度は何の反応もなく動きだす。

「ん?どうかね?」

「名前で呼べ。俺はその方がいい。」

わりと早く反応して反論する。

「ん〜…何で名前がいいの?」

「………『遠野』という呼ばれ方は…嫌だ。」

どうやら彼は、ノートに書いてあった本名であろう名前が好きでは無い様子。

実は私も好きではない…と言うか呼ぶときに違和感がある。
今までは名前で呼んでなくて今日から名前で呼ぶ…慣れ不慣れの違和感ではなく、彼の物としてあった『遠野志貴』という名前が彼に合わない。もっと言えば、彼の名前では無いような気さえしてくる。


彼もそれを意識の奥、記憶の端で感じ取っているらしい。


さっき名字で呼んでおいて何だが、私もあまり彼を名字で呼ぶのは、彼と名字が不自然で虚ろな感じがするから呼びたくなかった。

「分かった、じゃあ名前で呼ぶね。あなたの事をみんなに紹介するときもそう言うから。」

そう言うと、表情は変えずにまたお茶を啜りはじめた。


私もつられるように、時間が許すかぎりゆっくりとお茶を啜った。



湯呑みの中があと一口と言うところで時計を見ると7時半を少し過ぎていた。

私の学校はHRが8時45分に始まるため、4ヶ所ある門はその5分前に閉まる。
私の家からおよそ20分、特に今日は彼がいるため色々やる事があるだろうから、少し早めに出た方がいいだろう。


「さて、そろそろ行こうか?」

「………。」

ちょうどお茶を飲みおえたのか、湯呑みを流しに置く。

私も鞄を取りに部屋に行く。


「………。」

鞄を持って彼を見ると玄関の前に立ってこちらを見ていた。

「行くぞ?」

「はいはい、行こうか…志貴くん?」


少し笑いながら言って、靴を履き、玄関の扉を開けて外に出る。

彼も後に続くようについて出る。



外に出ると、思わず見上げたくなるほどの青空が広がっていた。




そして、足取りも軽く学校へと繋がる道を歩いていく……。




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