『咲十子×風茉(2)-2』by木登りブタさん


□ □ □

風呂場の明かりは、窓からさす月の光と、ほのかな間接照明だけだ。
自分の心臓の音で、ドアを開けた音が聞こえなかった。
ヒノキのいい香りの湯気が咲十子の背中をうっすらとぼかしている。
咲十子はカランとシャワーのついている壁に向かって座っている。
こちらからは、表情が見えない。
咲十子の目の前にある鏡越しに、様子をうかがおうとするが、
湯気で曇っていて、何も見えない。

俺は役に立たないな、という気持ちと、助かった、という気持ちを鏡に対して抱いた。
昨日の暗がりで見た、咲十子の体をはっきり見たい。という気持ちと、
それを見てしまったら、ここが風呂場だろうが止まれなくなる、という気持ち、
が俺の中で渦巻いていたからだ。

「……咲十子、スポンジとって。」
声をかけると、背中がびくんと動いた。
左手はしっかり胸の前でタオルを抑えたままで、
右手でスポンジを渡してきた。
顔は正面を向いたままなので表情は読み取れない。
 

でも、俺にはわかってる。
今の咲十子の顔は、俺の好きな恥ずかしがってる顔だ。
塗れた髪越しに見える、小さな耳たぶは何かの果実みたいに真っ赤になっている。
ゆっくり、ゆっくり自分を落ち着けるようにボディソープをあわ立てる。
俺の緊張が少しずつ落ち着き、いたづら心が芽生えるのと比例して、
咲十子の肌は徐々に、桃色に色づいていった。
 

そっと、手の甲を背中に押し付ける。
咲十子の背中がびくつく。
「や!なに?」
「咲十子がのぼせそうだから、冷やしてやったんだ。」
緊張のせいで俺の手は冷たくなっていた。
華奢な背骨に沿わせて、指先をゆっくりなぞりあげる。
後ろから頬を包む。
いっそう、咲十子の熱を感じて暴走してしまいそうになる。
両手で頬を包んだままで、つむじにキスして手を放そうとしたとき、
咲十子の手が俺の手をつかんで放さない
 

「おい、このままじゃ背中流せないぞ。」
「…風茉君の手が冷たすぎるから暖めてあげるの。」
さっきの仕返しか?
もっと、困らせてやろう。俺は無反応を決め込んだ。
ピチョン。 ピチョン。
湯船に水滴の落ちる音が響く。

「なんで、何にも言わないのぉ。意地悪してるのに…。」
ついに咲十子が痺れを切らした。
「え?だって、俺の手が冷たいのが嫌だったんだろ?
しっかりぬくもったことだし、そろそろ背中を流してやろうかと思ってたんだ。」
すっとぼけながら、ゆっくり手を引き抜く。
ボディソープに手を伸ばし、じかに手につける。
「ほら、洗うぞ。」
かけ湯をしたあとで、手のひらを背中にこすりつける。
手のひらが肌に吸いつけられるみたいだ。
一瞬でも間を空けるのがもったいない気がして、ずっと、密着してなでつける。
「え、また…なに??…スポンジは?」
手は動かしたまま、口を耳元に近づけて説明する。
「よく言うじゃん、手で洗うのが肌に一番、いいって。
それに、せっかく適温に暖めたんだし。
ほら、手を上げないと全部洗えないだろ。」
腕と脇の間にボディソープを潤滑油にして滑り込む。
しっかり挟み込まれていたタオルを押し出して胸をあらわにする。
「ちょ…。風茉君。」
咲十子の抗議の声が聞こえたが無視して、腕を洗いにかかる。
 
 

―よく考えてみたら、俺、人の背中を流すの初めてだ。―

背中流されることはしょっちゅうだったけど、今まで誰かと風呂に入る事も
あまりなかったもんな。
ひょっとして、これ、背中流されるより、流してやるほうが気持ちいいんじゃないか?!
相手から信頼されている感覚とか、無防備な相手を好きに出来るっていうところとか、
反応が直に返ってくるところも、体温や肌の感触が伝わってくるところも気持ちいい。

考え事をしながら、肌の感触を楽しんでいたら、手が滑った。
ふわぁ。
やわらかい感触。
手のひらから電流が走る。

咲十子も突然のことに驚いて対処できないようだ。
俺も、驚いたのは同じだけど、本能は正直だ。
手の動きを徐々に大胆にしていく。
やわらかい膨らみにゆっくり力を加える。
どこまででも飲み込まれていきそうだ。
人差し指と中指の間でぷっくりと硬くなっていくのを感じる。
コロコロいじってやると、ますます可愛いつぼみは固くなる。

咲十子の首筋に強くキスをして、桃色の肌によりいっそう赤い印をつける。
片手は胸をいじったままで、もう片方の手をゆっくり臍の方に伸ばしていく。
熟した果実みたいな耳たぶをカリっと噛む。
シャンプーやボディソープの香りのためか本当に甘い気がして、
耳たぶをペロペロ舐めた。
 

「……ヤだ。も、、やめて。…風茉君。怖い。」
暴走中の俺を止めたのは、か細く上ずった咲十子の声だった。
正気になった俺は、激しく後悔した。
俺はいま、この風呂場でなにをする気だったんだ!!

「悪い。」

それだけを言い残して、さっさ風呂から逃げ出してしまった。
 
 

なぜか俺はまた風呂にいる。
今度は俺だけだ。

あのあと、雰囲気は最悪だった。
沈黙のまま夕食を取り、お互いまともに顔を合わせられないまま、今にいたっている。
どうして、俺は咲十子を目の前にすると我慢が利かなくなるんだろうか。
咲十子といっしょに暮らし始めた5年前、俺がガキなのは身体面がほとんどで、精神面では
咲十子よりも大人だと思っていた。
今、考えるとそういう風に考えてしまうこと自体、精神面もガキだったてことなんだけど。

それでも、この5年間で体も心も、ずいぶん咲十子に見合う大人に近づいたつもりだった。
咲十子に無理させないように、俺が守ってやるんだと思っていた。
よりによって、「怖い」なんていわせるつもりはなかった。

まだまだ修行が足りん。と自分を戒める。
湯船にもぐり、苦しくなるまで自分の失敗を思い出す。
ぷはぁ!
顔を出した瞬間に気持ちを切り替えた。
これ以上、この調子だとさらに咲十子に嫌な思いをさせるからな。

実は、風呂に入る俺の背中を流す、という咲十子を先に寝るように言いくるめてきていた。
今日はもう、寝てしまって、明日こそ完璧に咲十子サービスしよう。そう考えていた。
 

咲十子はもう寝ただろうか。
出来るだけ音を立てないように、襖を開ける。
風呂に入って気分を変えたものの、すぐに寝室に入る気になれず、かなりの時間を茶の間で過ごした。
髪の毛から滴り落ちていた水滴もなくなり、つま先も冷たくなってきた。
自分でも滑稽なほど、咲十子の前に出ることをためらっている。
恐れているといってもいいかもしれない。
俺にとって咲十子は、唯一の原動力で弱点だ。
そんなことはないと、信じているのに咲十子に愛想をつかされたら…と考えてしまう。
まったく、一度自信を無くすと俺はこんなにも情けなくいなってしまう。

襖の奥は昨夜と同じよう、行灯があるだけでなんだか幻想的でさえあった。
後ろ手で襖を閉め、咲十子を起こさないように布団にもぐりこんだ。
暗がりのせいで咲十子の表情は良く見えないが、俺が来ても何も言わないところを見ると、
きっと、寝ているのだろう。怒って、狸寝入りしているなんて事はないはずだ。
自分に言いように解釈した。
隣に浴衣一枚の咲十子がいる状況で、寝てしまえるとも思えないが、目を閉じて眠る努力をしようと思った。
「おやすみ。嫌がることしちゃってごめんな。」
小さな声でささやいた。

それから、何分たっただろうか。
咲十子のほうから、声を殺して泣く声が聞こえた。
「!おい、咲十子、どうしたんだ?…どっか痛いのか?」
咲十子は布団で顔を隠して、イヤイヤをするように首を振るばかりで、答えてくれない。
 

「俺が、怖くなるようなことしたからか…?」

布団の下の動きが止まった。
それでもまだ、咲十子の嗚咽は続いている。

「もう、しないから。咲十子が大丈夫って言ってくれるまでは。」
ゆっくり、布団が動いて、涙でぐちゃぐちゃになった顔が覗いた。
咲十子の気持ちが落ち着いたのがうれしくて、上から覗き込んだ。

次の瞬間。なにが起こったのか、理解できなかった。
咲十子の腕が伸びてきて、キス、された。

ポカンとしている俺を無視して、咲十子はもう一度、俺の頭を抱えてキスしてきた。

「な…んで?」
驚きのあまり、思考回路がまともに働かない。
今度は咲十子の手が、俺の手を浴衣の袂に引き入れる。
反射的に手を引っ込めると、
「風茉君が怖いんじゃないの。」
と、鼻声で咲十子がささやいた。
 

「じゃあ、何で泣いてるんだよ?言ってくれなけりゃわかんねぇよ。」
掛け値なしの本音だった。
「…泣いてたのは、、風茉君が怒ったと思ったから。」
「そんなことねぇよ。」
「怒って、もう、抱いてくれないんだと思ったから…。」
嫌がってたんじゃない?のか?

「本当は朝から、もっと甘えたりしたかったんだけど、緊張しちゃって、出来なかったの。」
咲十子の言葉で、俺の自信がむくむくと回復していくのが分かる。
「それに、風茉君に触れられることを考えると、ドキドキして、体が、、ね。…体が熱くなっちゃうの。」
もしかして俺たち、おんなじこと考えて遠慮してたのか?
「だから、、だから、ちょっと触られただけでも、すごく気持ちよくなっちゃうのが怖くて……。」
相当、恥ずかしいのか咲十子の顔はいつにも増して恥らっている。
「変だよね。…まだ、1回しかしたことないのに、こんなになっちゃうなんて…。」
こんな可愛いこと言われて、我慢できる男がいたとしたらお目にかかりたいね。
俺は、恥ずかしがってそむけた顔のあごをつかみ、無理やり唇を奪った。
 

(2)-3へつづく
 
 
 
 

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