『 ライアンぐるぐる 』 (キャロルが現代にずっといる設定です。) 「えっ!お母さん、今何と?」 「まぁ・・・ライアン。そんな大きな声を出さないで。びっくりしてしまうわ」 おっとりとリード夫人は微笑んで、驚きと怒りで端正な顔を歪めている長男を見上げた。 「だから・・・キャロルとジミーを婚約させてやろうと思うのよ。 ジミーが昨日、私に会いに来てくれたの。キャロルをくださいって。 あの子は気持ちのいい男の子よ。そりゃあ、キャロルを大事に思ってくれているわ。キャロルもジミーを憎からず思っているのよ?お互い好きあっているなら婚約だけでも・・・」 「お母さん!」 ライアンは怒りに長身を震わせて、目の前の未亡人ー自分とロディの母親ーに怒鳴りつけた。 「何を言ってるんです!ジミーとキャロルを婚約?正気ですか?17才と16才、子供だ! ジミーは何を考えてるんだか。まだ学生なのに!愛だ恋だとのぼせているだけですよ。世間知らずの大バカ者です。 結婚?! は!結婚はママゴトじゃない!収入は?住む場所は?」 「だから婚約だけでも・・・。ジミーは家で一緒に住めばいいの。キャロルだって賛成してくれるわ。え?ええ、そうよ、ライアン。キャロルにはまだ話していないの」 「全くお母さんは何を考えているんだっ!」 ライアンは書斎でロディに当たり散らすように母親の爆弾宣言を話していた。 「まぁ・・・キャロルにはまだ話していないっていうし。ジミーだってプロポーズに来ただけで、いきなり婚約させてもらえて同居まで、なんて知らないんだろう」 次男坊のロディは言った。 「お母さんは夢見る少女じみたところがあるからなぁ。兄さんもあまりきついことは言わないで。お母さんだってキャロルの幸せを考えてのことだよ。 実際ジミーは優秀だよ。将来はかなり有望だ。つまり収入とかそういう方面のことも・・・」 「ロディ!お前は・・・」 「怒らないで、兄さん。お母さんはキャロルがかわいくて仕方ないんだ。何と言っても自分の亡き妹の忘れ形見だからね」 「・・・分かってる。それは僕だって同じだ。だから余計、許せないんだ。キャロルの幸せについてはもっと熟慮すべきなんだ」 キャロルとライアン・ロディの兄弟は血がつながっていない。 キャロルが赤ん坊の時にリード家に引き取られて今日に至っている。 二人ともこの年の離れた新しい妹を可愛がったが、特にライアンがキャロルに注ぐ愛情は深かった。 一緒に遊んでやったり、勉強を見てやったり、どこかに連れていってやったり。リード夫妻が多忙であったせいもあったろうが、ばあやに言わせると「キャロルさんをレディーに育てたのはライアンさん」ということになるらしい。 まぁ、キャロルは考古学が大好きで天真爛漫な型にはまらないユニークなレディに育ってしまったが。 「兄さん?どうしたの。難しい顔をして。仕事が大変なの?疲れているの?」 急に書斎に現れた兄を見て、キャロルは不思議そうに訊いた。 「何でもないよ。・・・ねぇ、キャロル。お前は今、誰か好きな男の子がいるかい?」 「ま、兄さんったら!急に何を言い出すの?そんな人いないわ」 キャロルは真っ赤になって言った。むきになって物を言うとき、いつもそうするように兄の胸に手を回し、上目遣いになって。 子供の時と同じ仕草。ライアンはこの上目遣いの表情をどれだけ好きだったろう。口を尖らせていた幼い子供は、いつの間にか少女になった。 「ああ・・・ごめんよ。驚かせたか。いや・・・お母さんがね」 「ママが?」 「うん・・・ジミーのことをお前が好きらしい、みたいなことを言っていたよ」 それを聞いてキャロルは困ったような、おかしくてたまらないような、そんな複雑な表情を浮かべた。 「兄さんったら!ジミーはただのクラスメイトだわ。そりゃ、考古学には詳しいし、スポーツもできるけど・・・好き嫌いの対象じゃないもの。私は・・・」 言葉を切ったキャロル。ライアンがその顔をのぞき込む。 「私は・・・?それから?」 「と、とにかく私はジミーのこと何とも思ってないわ!ママったら早とちりしてるのよ。・・・・私は好きな人なんていませんよーだ!」 キャロルは後も見ずに書斎を飛び出した。顔が驚くほど熱い。ライアンの手があった背中が、腰が火照っている。 (兄さんにあんなこと聞かれるなんて思わなかったわ。急にどうしたのかしら?ジミーですって・・・?嘘でしょう。ただの仲良しだわ。でも・・・でも兄さんは私がジミーを好きだなんて思ってるのかしら?) キャロルは自分の部屋のベッドに身を投げ出した。 急にジミーの名前が出てきたこと、そして何よりもライアンがジミーのことをキャロルの好きなBFだと思っているかも知れないと言うことがキャロルを混乱させる。 「ばっかみたい!私が好きなのは・・・」 ここまで言ってキャロルは枕に顔を埋めた。 (ライアン兄さんだなんて・・・言えるわけないじゃない) 涙が枕を濡らす。 父親を亡くしてからのライアンは専ら仕事に明け暮れる毎日を過ごしていた。 今では父の代よりも事業を拡大し、「リード財閥の若き帝王」と呼ばれている。 キャロルがエジプト居たがるので其処を拠点に世界中を飛び周る生活。 当然華やかな社交生活もあってしかるべきなのに、浮いた噂もなく またリード夫人もキャロルもエジプトでどちらかと言えば華やかさに欠ける生活を送っているために ライアンにもっと女性の影がちらつく事なども全く想像すらつかないのであった。 なのでキャロルはしばらく家を空ける事はあっても必ず自分達の元に帰ってくるライアンを いつも心待ちにしていたのである。 ロディもリード財閥で兄をサポートし、忙しく過ごしていたが、彼は次男坊の気楽さからか 母親やキャロルの耳にあまり入らないように若い男性らしく適当に遊んでいるらしかった。 もちろんキャロルを溺愛している事には変わりは無いので在る。 そしてキャロルは社交界の中でも独身女性の憧れであるライアン、ロディをみて育っているために クラスの男の子と気軽に付き合うのさえ躊躇していた。 ましてやいつも優しく自分を甘やかしてくれるライアンに淡い恋を抱いている。 とてもたとえ気の合うジミーでも、ライアンにそのような目で見られたくはなかった。 「ライアン兄さん、次はいつ?」 出発の準備をしているライアンに纏わり付きながらキャロルは尋ねた。 「う・・ん、早くて1週間かな?なんだ、何かおねだりでもあるのかい?」 ライアンは彼が行ってしまうことで機嫌を損ねているキャロルを見て笑いながら言った。 最近急に綺麗になってきたキャロルは、彼がよく仕事上で引き合わされる堂々たる美人とはまた違った趣で ライアンの目を楽しませた。 「あのね、来週ジミーからクレタ島に遺跡を見にいこうって誘われてるんだけど、 行って来てもいい?ママは行くことには賛成してくれてるんだけど・・・。」 本当はライアンと一緒に行きたいのだと胸の内でキャロルはつぶやいた。 「行きたいんだろう?その顔を見れば判るよ、僕も付いていってやりたいけど無理なようだ。」 気落ちしているキャロルにライアンは金髪を撫でながら言った。 「その代わりといってはなんだけど、来週末にどうしても外せないパーティがあるんだよ。一緒にいくかい?」 ライアンにそう言われてキャロルの顔は嬉しそうな笑顔に変わった。 「本当?本当に?嬉しい!」 「仕事上の付き合いでね、だから新しいドレスでも買っておいで。」 「ありがとう、ライアン兄さん!」 キャロルはライアンに抱き付いてライアンの頬にキスをした。 「なんだ、もう機嫌が直ったのか、現金な奴だな」 「ひど〜い、兄さんたら!」 「ばあやにいって車の用意が出来てるかきいてくれ、キャロル。」 「は〜い」キャロルは楽しそうにばあやの所へいった。 その隙にライアンは母に 「ジミーの件は自分が戻ってくるまで待っていてほしい、焦ってはよくない。」と 申し入れ、リード夫人ももっともだと承諾したのであった。 そしてまた別離の時間が過ぎて言った。 (これでいいかしらね?) キャロルは鏡を覗き込んだ。頬を紅潮させ、喜びに輝く自分の顔。薄い青のドレスが白い肌を際だたせる。 今日は待ちに待ったパーティーの夜だった。いや、本当はパーティーなんてどうでもいい。肝心なのはライアンと一緒にいられるということ。ライアンが自分のために時間を割いてくれたということ。ライアンと一緒にいられるならそれはいつだって楽しい心躍ることなのだ。 ライアンと一緒に過ごせることに子供っぽい喜びを感じながら、キャロルは仕上げに真珠のイヤリングをつけた。本当に今夜の自分は何て綺麗に見えるんだろう! (兄さんと一緒だからね・・・) キャロルは軽い足取りで下に降りていった。 「キャロル・・・やぁ・・・」 ライアンはキャロルをうっとりと見つめた。自分が知っている子供とは違う美しい 少女がライアンにむかって嬉しそうに微笑みかける。ライアンは不覚にも照れてしまってキャロルにおざなりの賛辞すら贈ることができない。 「うん・・・ちゃんと支度できたようだね。さぁ・・・行こうか」 ライアンはそっとキャロルの金髪に触れた。甘い少女の香りが匂い立ち、ライアンの心をかき乱した。 「ね、兄さん。似合う?おかしくない?ママと選んだのだけど」 キャロルは助手席で心配そうにライアンに訊いた。 「うん?おかしくないよ。なかなかよくできてる」 「嬉しいわ!兄さんと二人で出かけるの久しぶりですもの。わくわくするわ」 「はは・・・最近、どこにも連れていってやっていないね。忙しさにかまけてお前を放っておいたから。今夜だって義理のパーティーだ」 「いいの。私は兄さんと一緒なのが嬉しいんだから」 言ってしまってから顔を赤らめて、横を向くキャロル。その幼い様子が愛しくてライアンは頬に口づけた。 いつもならお返しのキスをするキャロルなのに今日は身体を固くするだけのキャロル。全身が薄桃色に染まる様子が何とも言えず美しい。 パーティーは賑やかなものだった。 人々がひっきりなしにリード財閥の総帥のもとに挨拶にやって来る。挨拶を返し、社交辞令や仕事のさりげない約束を的確に口にするライアン。若い女性もライアンの気を引こうと様々に策を弄する。 キャロルはそんな兄をまぶしいような寂しいような気持ちで眺めた。華やかに装った美女達を見るうちに、自分のドレスがひどく無趣味で子供じみたものに感じられた。 (仕方ないわよね。兄さんは私だけの人じゃないんだし、今日のは仕事がらみのパーティーですもの。でも何だか寂しいな) とはいえ、ライアンの傍らの小柄なキャロルも充分に人目を引く美しさを備えていた。脆い少女の美しさ。子供から大人に成長する一瞬の間の美。 ライアンが守るようにしていたキャロルだが、パーティーが進むにつれ、ライアンのガードも甘くなる。 色々な男性がキャロルに挨拶し、話しかけた。はにかんで控えめに言葉を返すキャロルの初々しい様子は物慣れた男達を喜ばせた。でもキャロルは皆、ライアンの妹である自分に気遣って子供のような自分にも親切にしてくれるのだろうとしか思えない。 「キャロル嬢?お疲れのようですね。大丈夫ですか」 そう声をかけたのはラフマーン氏だった。若いアラブ人はライアンと並ぶ絶好の花婿候補と目されていた。キャロルは赤くなって答えた。 「ラフマーンさん。ありがとうございます。大丈夫です。ちょっと人に酔ったみたい。こんな華やかな席は慣れなくて・・・。ちょっと外の空気を吸えば大丈夫です」 ラフマーン氏、もといアフマドは親切にもキャロルをテラスに連れていってくれた。キャロルは素直に好意を受けた。 それは色鮮やかな南洋の花の群れに紛れ込んだ華奢な妖精のような印象をアフマドは受けた。 周りには自慢のボディラインを惜しげも無く見せつける大胆なカットのドレスを着た女性の多い中で 少女らしく薄い青いドレスを着たキャロルは兄ライアンとはまた違った意味で人々の注目を集めた。 疑う事を知らないように自分がテラスに促すと、素直に感謝して付いてきた。 「さあ、これでも飲んで、アルコールじゃないから大丈夫ですよ。」 ソフトドリンクのグラスを手渡すと「ありがとうございます、ラフマーンさん。」と 少し疲労の混じった声でキャロルは答えた。 「すみません、こんなに華やかな場だったなんて・・・。」 「ライアンさんはよくお見かけするけど、君は初めてだね。リードコンツェルンの令嬢なんだから もっとあちこちで合えると思っていたよ。」 「だってまだ学生ですもの、勉強することとかたくさんあって、兄さんにもあまり会えないくらい。 ラフマーンさんの方が兄さんと会った数が多いかもしれないわ。」 可愛らしく微笑むキャロルにアフマドはうまく話しをあわせてやり、キャロルに気まずい思いなどはさせなかった。 そして珍しい事なのだが、女を相手に恋愛関係の話しなど全くしないで、楽しい会話を アフマドはキャロルと交わしていたのだった。 キャロルの学生生活や専攻している考古学の話、またはキャロルが持ち前の好奇心を発揮して アフマドの国のことなどを質問したりした。 積極的に自分に関わろうとする女達は、アフマドの社会的地位や財産、それがもたらす豪華な生活スタイルなどは興味津々だったが、キャロルのように部族の砂漠での生活の仕方や伝統などいついて尋ねた事は無かった。 「アフマド、どこに居るの?」と女性の呼び声がして2人の会話は終りとなった。 「ありがとうございました、ラフマーンさん、もうすっかり良くなりましたわ。 わたしも兄のところに戻ります。」 キャロルは自分の話し相手になってくれたアフマドに愛らしい礼を言った。 「いや、もうアフマドと呼んでくれたまえ、僕もキャロルと呼ばせてもらうよ。 よければまた近い内にお会いしたいものだ。」 「兄さんの許しがあれば。」 そうキャロルは答えてテラスから離れて行った。 ライアン、ロディともに溺愛しているまさに手中の玉のようなキャロル・・・。 「アフマド、いつまで私を放っておくつもり?スペンサーに纏わりつかれて困ってたのよ、 ちゃんと私の側にいてくれなきゃ・・。」 これも自分に積極的に纏わり付いてくる女をあしらいながら、アフマドはさっきのキャロルとの時間を思い浮かべた。 妖精のように、また無垢で素直なキャロルのことを彼はどうやら気にいったのだった。 「あ、ちょっと失礼」 ライアンはまとわりついていたドロシー・スペンサーをそっと引き離すとキャロルの方に向かっていった。 「キャロル、探したよ。どこに行っていたんだ」 「兄さん。ちょっと人に酔ったの。テラスにいたのよ。大丈夫、アフマドさんが一緒にいてくださったから一人じゃなかったわ」 「何だって?」 ライアンはやり手のアラブ人の姿を反射的に探した。華やかな噂が絶えない若いアラブ人。大事な妹に何をしたかというわけだ。 キャロルは不機嫌な兄を見て心配になった。 「ミスター・ライアン。どうなさったの。お話の途中でいなくなるなんてひどい方ね。・・・あら?この方、どなた?」 ライアンに放って置かれて不機嫌そうなドロシー・スペンサーが敵愾心も露わにキャロルを見た。 子供っぽいが充分に美しいキャロルは、充分にドロシーの嫉妬心を煽った。 ライアンはそんなドロシーの心も知らず、そして視界に入ったアフマドの熱っぽい視線を跳ね返すようにキャロルの肩を抱いた。 「ご紹介しましょう。ドロシー嬢。こちらは私の妹キャロル。まだ学生なのですが今夜は私につき合ってもらっています」 「ま・・・」 ドロシーは露骨に安心そうな、そして見下すような視線をキャロルに投げかけた。 「ご機嫌よう、キャロルさん。背伸びしてお兄さまについてきたというわけですのね。 ね・・・ちょっとお兄さまを貸してくださいな。私たち、お話をしていたんですの。ミスター・ライアン、私も兄をご紹介したいわ。さぁ・・・」 「いや、ドロシー嬢。私は妹のエスコート中なので・・・」 「あら、こんなところで子守でもないでしょ?妹さんは大丈夫ですわ」 ドロシーはすごい力でライアンを引っ張っていってしまった。 |