『 黒い嵐 』

51
「姫!よくやった!よく私の子を産んでくれた!」
イズミル王子は初めての出産を終えたばかりの愛妻に心からの感謝の言葉を捧げた。
初めての出産を心配されていた王子妃キャロルだが、その出産は思いの外安産で、しかも産まれてきたのは王子であったので人々の喜びは並一通りではない。
疲労の色濃いキャロルは、しかし誇らしげに夫君のはしばみ色の瞳を見つめ、そして傍らに寝かされた初子を嬉しそうに見つめた。
イズミル王子と同じ、金茶色の髪、はしばみ色の瞳、生まれたばかりだというのに明らかに普通より色白と分かる肌の色。その顔立ちは驚くほど父方の血を濃く引いていることを伺わせる。
「ああ、私がどれほど嬉しいか、どれほどそなたに感謝しているか分かっていてくれるだろうか!そなたは私に、ヒッタイトにかけがえのない息子を、未来を与えてくれたのだ!」
いつになくはしゃいだイズミル王子の饒舌が、母となったばかりのキャロルをこの上なく幸せにした。
(ああ・・・まるで夢のように幸せで・・・。私は、私はこの地で母となり血を残す。ひょっとしたら私はこの世界の異分子ではないのかって懼れた日々こそ今はもう夢。私はこの世界に根を張り、生きていくのね。
・・・神様、感謝いたします)
キャロルは視線を窓の外に移した。どこまでも青く澄んだ空を行くのは何という鳥なのか。
だが悠々と高い空をいくその姿は、キャロルには何か輝かしい予兆か啓示のように思われた・・・。

52 最終回
エジプトで、ヒッタイトで同じ時間に空を見やった男女。
空飛ぶ鳥は何を彼らに告げたのか。

イズミル王子がその妃キャロルを熱愛し、彼女所生の優れた子供達を大切にしたことはこの上なかった。
キャロルもまたイズミルを愛し、子供達を愛した。
だが。エジプトから彼女をさらいに来た恐ろしい黒い嵐のようなメンフィス王の記憶は消しがたく。
女王アイシスの機転と叡慮で穏便に処理されたとはいえ、不名誉なかの一件はエジプト・ヒッタイト両国に禍根を残すこととなった。
イズミル王子もまた、常にエジプトの脅威を、いや嫉妬と恋情に狂ったメンフィス王の不気味な執念を常に感じていた。

やがて時が巡り、メンフィス王のエジプトとイズミル王のヒッタイトは戦野で激突することとなる。多くの犠牲と涙を代償としてようやく和平にこぎ着けたこの戦はまだ遙か未来に起こる別の物語。

今は・・・。
ヒッタイトで、エジプトで、新しく生まれた王家の血筋の子供の誕生が寿がれている。太陽が二つの国を等しく照らし、人々は祝い事に熱狂するのだった。

「イズミル王子。ねぇ、私、とても幸せなの。恐ろしいくらい幸せよ。
ああ、ずっとずっと皆が今の私みたいに幸せでいられるように祈らずにはおれないわ!」
産屋のキャロルは初めての乳を初子に含ませながら涙ぐんで最愛の人に言うのだった。

終わり

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