『 黒い嵐 』


上気して、わずかに涙に潤んだ瞳を恥ずかしげに伏せてキャロルは王子の胸に顔を埋めた。
その様子が何とも言えず愛らしく、そして艶めかしく思えて王子は伏せた顔を上向かせて唇を奪った。
「眠たそうだな。疲れてしまったか・・・?」

国王主催の宴に出席した王子夫妻。珍しく王妃が不在であったためか、国王は常よりも激しく踊り子達に戯れかかった。周囲の人々は酔った故の戯れと見ぬ振りをしたが、その本当の心はどうであったのか。

今宵の宴はしばらく緊張状態が続いたエジプトとの和解のための宴。ヒッタイトはアランヤとの、エジプトはヒクソスとの小競り合いにしばし専念するための和解というわけだった。
肌の色濃いエジプト人達は無表情で、白目が目立つ瞳だけを油断無く動かしながら美姫達の差し出す杯を空けていた。
当然、彼らの目にはヒッタイトの王子妃キャロルの姿も映っていたはずだ。彼らの国を潤すナイルの女神の娘。
賢さと美しさ、心映えの良さを併せ持つ得難い姫。
・・・彼らのファラオ メンフィスが恋い焦がれ、熱望し、それでも得ることのできなかった宝。

イズミル王子はキャロルに目深にベールをつけさせ、肌を覆うたっぷりしたヒッタイト風の衣装を着せ、その顔も華奢な体つきも決して人目に触れぬようにした。礼を失せぬ程度に警備も厳重にさせ、キャロルが自分の側から決して離れぬように目を配り、厄除けの護符さえ身につけさせた。
できることならばキャロルを宴に出したくなかったのだが、典礼に逆らうわけにはいかなかった。それに王妃が不在であれば、キャロルがヒッタイト最高位の女性として客人に対応せねばならない。


「姫、姫。良いか?今宵は決して私の側を離れてはならぬ。私の手以外から飲み物や食べ物を取ってはならぬ。受け答えも直答の必要はない。
ただ私の側に座っていよ。顔や手を露わにすることもできるだけ避けよ。
窮屈であろうが・・・良いな?」
キャロルは素直に頷いた。メンフィスの強引さは未だ記憶に新しかった。だからエジプト人の前に出なければならないと言うのはあまり嬉しくはなかった。彼らは自分のことをどう見るだろうか?
かつてはメンフィスに愛された自分。人々はハピ女神がラーの息子に娘を与え、彼とその治める国への愛情と信頼の証としたのだと言っていた。でも彼女はメンフィスを愛することなく、異国の王子を選んだ。
(何かあるのではないかしら・・・?)
キャロルもまた、言いしれぬ不安を感じていた。
だが宴は何事もなく果てた。
その夜、安堵した王子はいつにない激しさでキャロルに挑んだ。キャロルは自分だけのものだというように。キャロルが自分のことだけしか考えられぬようにとでもいうように。


これまでは自分の欲望や数多い体験で得たことをなるべく出さぬようにして、キャロルを慈しみ愛してきた。長い間、恋い焦がれてやっと女に・・・妻にした娘はまだまだ子供っぽく、驚くほど初だった。
驚かせぬよう、怖がらせぬよう、男女のことに嫌悪を感じぬよう、王子は慎重にキャロルを教え導いたというわけ。
王子にとってそれはこの上なく甘美で興味深く、また苦しいほどに焦れったい授業だった。

でも今夜の王子は違った。王が踊り子に際どく戯れかかるのに刺激されたのか、はたまたエジプト人達の無表情な視線の中に久しぶりに、最初にキャロルを見初めたメンフィスへの理不尽な嫉妬を思い出したせいかもしれない。
「宴で張りつめていたせいかな。そなたは疲れているな・・・」
王子は優しくキャロルに口づけながら繰り返した。王子に大切に愛されて憔悴した様子も艶めかしい。いつもの王子なら行為を終えたキャロルを優しく労って、共に眠りに落ちていっただろう。
でも今夜は・・・・眠りたくなかった。
「可哀想に・・・疲れているのだな。だが疲れたそなたの何と美しく心そそることか」
王子はキャロルの乳嘴をねぶりながら、指先で女の器官を探索した。敏感な歓びの真珠を親指で弄りながら、しなやかな人差し指は暖かく濡れた蜜壷をかき回す。やがて親指は王子の舌に変わった。キャロルは仰け反って自分を滅茶苦茶にする夫に翻弄された。

「そなたは私だけのものだ」
「ええ・・・。私には・・・あなただけしか・・・」
キャロルは引き込まれるように眠ってしまう。王子に愛されたあとはいつもそうだ。初めて欲望を抑えることなく挑みかかってきた夫を全身で受け止めたその白い身体。痛々しいまでに汗に濡れて、男の跡も生々しい身体を王子はしっかりと抱きしめた。
でも、これだけしても・・・何やら王子の胸には言いしれぬ不安が広がるのだった。


王子夫妻の寝所は濃い闇に閉ざされている。何の音もしない静かな部屋。
だが。侵入者には分かる。そこに漂う気配が。匂いが。
愛を交わし合った男女が共寝する場所に漂う、隠しようもない濃厚な匂い。
おそらく二人は夢も見ない深い深い眠りの中にいる。互いの体温と肌の匂いを身に纏って。
漆黒の闇にとけ込みそうな長身の侵入者は足音もなく、寝台に歩み寄った。常夜灯に照らされる男女の姿。
馴れ馴れしく女を抱く男の腕に、発狂しそうな嫉妬を感じながら侵入者は手の中の香炉の蓋を取った。
漂い出すのは白い煙。ねっとりと甘く香りながら拡散する。何も知らない寝台の二人は甘い匂いを吸い込んだ。不吉な芳香。死に近いほどの深い眠りをもたらす薬の煙だ。

侵入者はやがて、一歩踏み出すと男の腕の中から女を―キャロルを―抱き取った。その唇に浮かぶ隠しきれない笑み。
「キャロル・・・。そなたを我が腕の中に取り戻すぞ。もはや、そなたをどこにもやらぬ。そなたは我が妃として生涯を過ごすのだ。
・・・ああ、この時をどれほど待ったか・・・。イズミルに抱かれるそなたを思うたびに気が狂うかと思った・・・」
常夜灯が揺らいで侵入者の顔を照らす。濃い色の肌、切れ上がった眦(まなじり)は緑の顔料に彩られて。彼こそはエジプトのファラオ メンフィスその人であった。

(ひ・・・め・・・?)
体が重かった。ひどく気怠かった。まるで自由が利かなかった。自分が木偶人形にでもなったかのようだ。
それでも腕の中に抱いていた存在がすり抜けた冷たさは、泥沼のような意識のそこから彼をわずかに覚醒させた。
(姫・・・?どうしたのだ?私の側から離れてはならぬ。身体が冷えてしまう)
重い瞼。やっと薄く見開けば、そこには彼の愛しい妃キャロルを抱き上げる黒い影。
夢か現か分からぬままのイズミルの瞳にその影の持ち主の顔が映し出された。
(! メンフィス?!一体、私の姫に何を・・・)
だが王子の意識は再び失われ、メンフィスはうまうまとキャロルを奪って寝所を出ていった・・・。


マントの中に一糸纏わぬ姿のキャロルを大切に抱きしめたメンフィスは、音もなくヒッタイト西宮殿の出口へと急いでいた。
途中の廊下に点々と横たわる死体。ヒッタイトの侍女や兵士達の。無造作にそれらを避けながらメンフィスは部下の待つ場所に急いだ。
「ファラオ・・・!」
「首尾は上々だ。先に私はホルス将軍らと合流する。後は任せたぞ」
兵士は深々と頭を下げると主君を見送った。明日の朝になれば全ては露見するだろう。それまでに為すべき事はあまりにも多い。
和解の使節団とは別に密かにヒッタイトに入り込んだエジプト軍を無事に脱出させねばならない。商人や旅人に身をやつした精鋭軍はナイルの姫を奪還したファラオを守るだろう。
使節団は当然のように皆殺しにされるだろう。でもそれが何だというのだ?彼らは罪人だ。反逆者ネバメンに与した官僚達に薬を盛り、意志のない人形にして、囮のために使節に仕立てたのは国策だ。
「ナイルの姫は再び、母女神の御許に・・・メンフィス様の御許にお戻りになられるのだ」
兵士―ウナス―は薄く微笑を漏らすと、闇の中へと廊下を歩み去った。

夜気がメンフィスの肌を刺した。季節は晩夏。だが高原の夜は何と寒いのだろう。月の光が大地に霜を降らしているのではないかと思えるほどだ。寒さと緊張に身を震わせたメンフィスは、そっと腕の中のキャロルを見おろした。贅沢に仕立てられたマントに包まれた小さな身体は一糸纏わぬ姿だ。愛しい娘が寒くないように、メンフィスは驚くほど優しい仕草で身体を包み直してやった。月の光が白い肌に咲いた紅の花を―イズミルの愛した跡を―ほのかに照らした。瞬時に冷えた体が沸騰するような嫉妬を覚えながらメンフィスは眠り込むキャロルに囁いた。
「そなたは私だけのものだ。他の男が触れた跡など残らず消して清めてやる・・・!」


メンフィスは何の問題もなく城門を突破すると、城壁外で待ちかまえていたエジプト軍と合流した。夜明けには今少し、闇が一番濃くなる時間帯だ。
「ファラオ!お待ち申し上げておりました。・・・おお、ナイルの姫君も!」
腕の中に眠る生まれたままの姿の美姫をミヌーエ将軍の視線から隠すようにメンフィスは答えた。
「打ち合わせ通り、出立する。国境を越えるまでは油断無く、変装を解かぬようにせよ!参るぞ、夜明けまでに距離を稼ぎたい」
メンフィスは将軍から渡された眠り薬をキャロルの薔薇の唇に流し込んだ。眠りは長いほうが好都合だ。
メンフィスは商人の装束に改め、キャロルを自分の乗る駱駝にくくりつけた大瓶の中に隠した。巨大な瓶の中は匂いの良い絹で内張りされ、胎児のように眠る囚われ人が衝撃から守られるような作りになっている。
そして。エジプトのファラオの一行は風のようにアナトリアの大地を渡っていった・・・。

ヒッタイト王宮、早朝。
王子の住まう西宮殿の朝は時ならぬ悲鳴で始まった。目覚め、仕事のために宿舎や部屋から出てきた兵士・侍女は廊下に倒れる血塗れの死体に驚愕した。
「王子と王子妃はご無事かっ!国王様にお知らせせよっ!宮殿の門を閉ざせ!誰も外に出してはならぬ!」
矢継ぎ早の命令が出され、兵とムーラら侍女が最悪の予感に戦きながら王子の部屋に入った。
「王子っ!ご無事でございますか?」
甘い妖しい匂いを帯び淀んだ空気。そこで人々が見いだしたのは。周囲のざわめきにも気付かぬように昏々と眠り続けるイズミル王子。何かを探るかのように力無く投げ出された腕。でもそこに王子妃キャロルの姿はない。
そして寝台の傍らにうち捨てられた香炉。どこのものとも知れないそれから未だほのかに立ち上る甘いねっとりした匂い。すぐ分かる怪しい薬臭い匂い。
すぐさま医師が呼ばれ、王子は間もなく意識を回復した。

(昨夜のことは・・・夢ではなかった!私の姫がいない・・・!メンフィスが・・・メンフィスが姫を拐かしたのだっ!)
殺された兵士と侍女。眠り薬、消えた王子妃。
「我が妃は拐かされたっ!探せ!エジプト人どもを引っ立ててまいれっ!」
王子の怒号が宮殿に響いた。


王子妃誘拐のことはとりあえず極秘扱いとされた。朦朧とした意識の中で王子はメンフィスを見たのだが、仮にも
一国の王が宮殿の奥深く人の妃を拐かしに来たりするだろうか?
犯人の手口は残忍で迷いがなかった。下手に騒ぎ立てれば犯人はさらったキャロルを殺してしまうかも知れない。
それに王宮の奥深く、よりにもよって王子夫妻の寝所から妃がさらわれたなど知れれば、この上ない醜聞となる。
王子は自分の心に蓋をして王族としての務めを優先させた。
(許せよ、姫。私はそなたへの想いより王族としても務めを、国の体面を優先させねばならぬっ・・・!)
王子の心は血を流して悶え苦しんだ。

エジプトからの和平使節団は、極秘に国王、王子の前に引き立てられた。彼らの人数は全く変わっていない。少なくとも
王子妃拐かしの実行犯は含まれていないということか。
だが尋問が進むにつれ、彼らへの不審は増すばかりだった。和平使節団が聞かれるであろうこと、求められるであろう事に関してはそつなく答え、動くがそれ以外のこととなると、とたんに彼らの顔から表情は失せ、人形のような貌になる。
尋問がやがて拷問に切り替わっても同じ事。
不審を持った国王父子は医師を召しだし、使節団の者に薬を飲ませた。心が解放され、隠し事ができなくなる薬だ。
効き目のきついその薬を飲んだ男の口からは驚くべき事柄が語られた。
我は反逆者ネバメンに与した高級官僚。死ぬために和平使節団の使節という地位を与えられた。何故、ファラオはすぐに死を賜らず名誉ある地位を与えられたのか?死ぬための地位?成功すれば許されるのではないか・・・?
他の男は神官独特の言葉遣いをしてこうも語った。
ナイルの姫君をエジプトへ!そうすれば神の恩寵はエジプトに与えられる。反逆者が汚した地を祓うために金髪の神の娘が必要だ・・・。

「エジプト人どもの仕業かっ・・・!」
イズミル王子はすぐさま捜索のための軍を組織すると出立を命じた。


風のようにメンフィスの一行は大地を渡る。
メンフィスの腕にはキャロルが眠っている。日毎に眠り薬を与えられ昏々と眠り続けるキャロルが・・・。

ある夜。天幕の中にキャロルを抱いて入ったメンフィスはじっとその花の容(かんばせ)を凝視した。心ならずも手放してからどれほどの月日がたったのだろうか。日毎夜毎、恋しく思い焦がれていた少女は記憶の中に残る顔立ちよりもはるかに美しくなっていた。
透けるような白い肌を暖かく彩り輝かせる薔薇色の血色。いささか子供じみた神経質なものをのぞかせていた顔には円やかな魅力が加わった。
全体的に甘やかな艶めかしさ、とでもいうようなものが加わっているキャロル。
いや、顔立ちだけではないだろう。身体つきだって・・・。
メンフィスは夜毎、寸暇を惜しんで眠るキャロルの身体を隅々まで清めてやっていた。道中の埃を落としてやろうとでもいうように。でも本当は、しばらくの間とはいえ、自分の手元を離れていた少女の身体を改めたかったのだ。エジプトで垣間見た華奢な、というよりは幼く骨張った身体は新しい丸みが加わっていた。その理由が分かるだけにメンフィスの心は複雑だった。

(まこと・・・しばらく見ぬ間に美しくなった。これもイズミルめの丹精ゆえか・・・!)
水に浸した布でキャロルの肌を拭ってやりながらメンフィスは甘い苦悶を味わっていた。身体の線はずいぶん優しくなっている。小振りながら円やかな胸の双丘。ほのかに浮き出たあばらの艶めかしさ。細い腰の線は未だ少女の色合いを濃く残して。
(イズミルが・・・そなたを愛したのか・・・っ!)
メンフィスは細い脚もそっと割り開く。淡い茂みの奥も指先に巻いた布で入念に清めあげてやる。もはや少女のものではなくなったそこはメンフィスの視線にも気付かぬように慎ましく安らかに閉じ合わさっている。初めてここをメンフィスが改めたとき・・・流れ出たイズミル王子の残滓はもう少しで黒髪の若者を発狂させるところだった。

(だが今は・・・そしてこれからはキャロル、そなたは私だけのものだ。そなたを幸せにしてやるのは私だ)
メンフィスは厳粛な面もちでキャロルの身体を衣装で隠すと、じきの出発の時間に備えるのだった。


「地中海です!」
ミヌーエ将軍の声が響く。連日の強行軍の甲斐あってメンフィスの一行は驚くべき速度で地中海に到着できた。昼下がりの光が隊商に偽装したエジプト軍を照らす。
他の隊商を装った先遣隊である一行がさりげなく、しかし恭しく主君を出迎えた。
「偵察隊の報告は入っておるか?」
「は・・・!ヒッタイト軍の影は現時点ではありませぬ。本国では姫君失踪の件を極秘にしております。しかしイズミル王子は各所に探索の手を伸ばしております。
幸い、国境を越えてよりは大っぴらな戦闘はございませぬが・・・」
ヒッタイト国内を抜けるまでにすでに幾人かの兵士の命が失われていた。
「和平使節団の輩は?」
「ファラオが姫君を奪取された翌々日には・・・皆殺しになったようでございます」
「ふん、翌々日。暢気なものだ!しかし・・・最大の危機は切り抜けたと言うことか?」
「油断はできませぬが、おそらくは。ファラオをお待ちする一隊との合流もすぐでございます。ひとたび海にこぎ出しますれば・・・!」
「うむ・・・!」
メンフィスの視線の先には大型商船が停泊している。フェニキア船に偽装したエジプト軍船である。
「参るぞ!」
メンフィス達は小舟に分乗して大型船に乗り込んだ。

「う・・・ん」
口の中がいがらっぽく気持ち悪かった。頭が重く、吐き気もする。どうしたというのだろう?目を開けて起き上がろうと思うのだけれど、身体が言うことをきかない。
かろうじて瞼を僅かに持ち上げるが、反射的に目を閉じ呻いてしまう。何なのだろう、この眩しさは?全身が打ちのめされるような強い光。
「気付いたか・・・?」
男の声がして、逞しい腕がキャロルを抱き起こす。
「水を飲めるか・・・?」
唇に器が当てられるのが感じられた。だが彼女の唇は重く痺れて水を受け入れられない。
「仕方がないな・・・。飲ませてやろう」
柔らかな唇が当てられて、冷たい水がキャロルの中に入ってきた。

10
(王子・・・?私、どうしちゃったのかしら?)
水を飲み干したキャロルは、ゆっくりと目を開けた。
目の前にはイズミル王子がいてくれるはずだ。いつもの朝のように。優しく笑って頬を撫で、接吻してくれるはずだ。何も着ていないキャロルの身体を優しく掛け布で包み込み、キャロルにだけしか見せない悪戯っ子のような顔で軽口を叩くはずだ。
そう、いつもの幸せな朝。キャロルは恋人の肌にそっと指を這わせ、鼻をすりつけるようにして甘えてみせるのだ。

でも。
目の前にあったのは琥珀色の瞳ではなかった。黒曜石の光を秘めた瞳がキャロルを見つめている。怜悧さと優雅さ、凛々しさを併せ持った王子の顔はなく、美しく整ってはいるが気性の激しさを隠しきれないメンフィスの顔が、キャロルの目の前にある。
(う・・・そ・・・。これは夢・・・?これは誰?メンフィス・・・?!)
「気がついたな。気分はどうだ?私が分かるか?」
間違いようのないメンフィスの声。キャロルの悲鳴が船室に響きわたった・・・!

「何故っ?!何故、あなたがここにいるのっ?ここはどこよ?王子はどこ?王子、王子、王子・・・」
長く投与され続けた眠り薬のせいか、ろくに身動きもできないながらキャロルは必死にメンフィスの馴れ馴れしい腕を押しやり、王子を呼んだ。
メンフィスはキャロルのかわいげのない態度を心中、苦々しく思いながらも征服者の余裕を漂わせる傲然たる口調で言った。
「これより他の男の名をこの唇より出すことは許さぬ。ナイルの女神の娘たるそなたを厭わしき異国人の手より救い、再び祖国に連れ戻したるはこの私、メンフィスぞ。
キャロル、そなたは我が妃となるのだ。心ならずも暫しの間、他の者の手にそなたを預けねばならなかったが、もはや手放しはせぬ。そなたもこれまでのことは忘れよ。そなたは輝かしきエジプトの王妃として生涯を送るのだ」
「嫌よっ!」
気丈にキャロルは言い返した。
「私はヒッタイトに嫁いだ身です。あなただって知っているでしょう?こ、これ以上の無礼・・・きゃあっ!」

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