『 絆の生まれるとき 』 31 それからは毎日、王子がキャロルの許を訪れるようになった。 「いつになったら私が待ちわびているあの言葉を贈ってもらえるのだろう?」 特に焦っているわけでもないのに、キャロルが恥ずかしがって戸惑う様を見たくて王子はわざと悩ましい吐息を桜貝の耳朶に吹きかけながら問う。 「意地を張っているのか、恥ずかしいのか、それとも一人前に駆け引きをしているつもりなのか」 王子はキャロルを抱き寄せて、加減しながら接吻を贈る。キャロルは泣きそうな顔になる。 「嫌いじゃない。王子のこと嫌いじゃないわ。でも、こんな・・・いやらしい触られ方、嫌」 この頃はムーラ達も何かと王子とキャロルを二人きりにしたがる。 「いやらしい・・・か!」 王子は苦笑いした。腕の中の娘にとっては想う男からの愛撫もまだ恥ずかしく厭わしいもののようだ。 (とはいえ、一人前に女の貌もほの見せて。早く女にしたやりたいものだ) 剣術の稽古を終えた王子は、ひどい汗をかいたこととて中庭でもろ肌脱ぎになって体を拭いていた。そこに迷い込んできたのはキャロル。 「きゃっ・・・・!ごめんなさいっ、覗くつもりはなかったのっ!」 彫刻のような王子の体に見蕩れる数瞬が過ぎると、キャロルは真っ赤になってうろたえて走り去ろうとした。 「待て、姫。夫となる私の介添えをしようとは思ってはくれぬか。汗を拭くように」 窘めるように、有無を言わせぬ命令口調で王子は言うと布をキャロルの手に押しつけた。キャロルは抗うことも出来ず機械的に手を王子の肌に滑らせた。 二人はお互いに黙ったままだった。 途中でほんのはずみで王子の腰布がずれて、王子の一番男性らしい部分がキャロルの目に入ったが・・・王子は何事も無かったように身だしなみを整え、キャロルも何が何やらわからぬ心地のままに部屋に駆け戻った。 32 (馬鹿みたい、私ったらうろたえて!古代の衣装なんて体に布を巻きつけているだけなのとたいして変わらないんだから当然ああいうこともありえるわよ。 王子は男の人なんだから、私と身体の作りが違うのも当然よ。馬鹿なキャロル!昔、兄さんやパパとお風呂にはいったじゃないの・・・・!) そう考えただけなのにキャロルは茹でられたように真っ赤になり、ムーラが部屋に入ってきたときはまるでこの恥ずかしい思考を大声で喚いているのを聞きつけられたかのように驚いて飛び上がったのである。 「まぁ、姫君。いかがあそばしましたの?お顔が真っ赤でございますよ」 キャロルの驚き振りにムーラも驚いたようだった。 「な、何でもないの。何でもないのよ。あのぅ・・・・・・しばらく一人になりたいのだけれど」 「は・・・・?ああ、お疲れなのかもしれませぬね。よろしゅうございます。今日は念のためお昼寝をあそばしませ。ご休息をお取りになればお身体も治りましょう」 ムーラは妙にそそくさと嬉しそうな様子でキャロルを寝かしつけた。とにかく一人になりたいキャロルはそれに全く逆らわなかった。 横になってもキャロルは落ち着かなかった。脳裏に浮かぶのは先ほどの・・・・・光景ばかり。彫刻のように美しい逞しく鍛え上げられた王子の裸身。剥き出しになった王子自身。 (男の人のって・・・・あんなふうだったかしら?) キャロルの身体は我知らず熱くざわめいてくるのだった。 一方、ムーラはキャロルを寝かしつけた後、侍女達を指示して忙しく働いていた。彼女はつい先ほど主君たる王子から言われたのだ。 今宵、私は姫の寝所に参る、と。 33 その夕方、キャロルはいつもより入念に入浴させられ寝室に入れられた。 部屋には美しく花などが飾られ、キャロルもおろしたての夜着である。 「一体どうしたの・・・?」 漠然とした予感─それは本能的な恐れと甘い期待が入り混じったもの─に身を感じながらキャロルは問う。 ムーラはキャロルの髪を梳ったり、香油を刷り込んだりしていた手を止めて口調を改めて告げた。 「もう半ばは大人と申してもよいお年頃の方なのですから、薄々はお気づきでございましょう。 ・・・・・・・今宵は王子がこちらでお過ごしあそばします。お分かりですね? ああ、この期に及んでの我侭勝手はお許しできませぬよ」 キャロルは身震いした。 (ああ、では今夜、私は王子と・・・・) 頬が火照り、脳裏に昼間見た王子の体が浮かぶ。慎み深い人間ならば、ムーラの無礼を厳しく糾弾し、早々に部屋を出て行くべきだ、と頭では分かっているのに身体は言うことをきかない。 早鐘のように心臓は高鳴り、頬の火照りは全身に広がり、キャロルは・・・・キャロルは・・・喜びを感じていた。 「・・・・・恥ずかしい。こんなやり方は・・・」 ムーラは優しくキャロルの真っ赤な頬に触れた。 「望まれてお嫁ぎになられる姫君はお幸せな方。私の大事な王子に末永くお仕えあそばす姫君のお世話をする私も幸せ者でございます。 どうかどうか・・・意地を張って御身のお幸せを見誤ることだけはなさらないでくださいませね・・・・」 「恥ずかしいわ。こんなの。皆が知っている中で、王子と過ごすなんて」 ひそやかに愛しい人と結ばれたいと願っていたキャロルはなおも言った。 「お妃になられる姫君を、こっそり引き入れた慰み者のようにお扱いするわけには参りません。お支度を整えて王子のお妃におなりあそばし、明日には神殿と国王様ご夫妻にご報告・・・」 うきうきとムーラが話しているところに王子がやってきた。キャロルは王子と二人きりにされてしまった。 34 緊張に顔を強張らせてそっぽを向いてしまったキャロルを、イズミル王子はさも愛しげに眺めた。 細い顎に手をかけて上を向かせると王子は意地の悪い笑みを浮かべて問うた。 「姫よ、何故こちらを見ぬ?何故、いつものように憎まれ口を叩いたりせぬ? あまりにしおらしくては私は何もできぬではないか?」 (では、何もしないで) キャロルは心の中で憎まれ口を返すと、ついっと王子から顔を背けてしまった。恥ずかしくて、そして性急な王子のやり方が腹立たしくて素直になれない。 王子はしばらく居心地悪そうに沈黙を続けるキャロルを面白そうに見ていた。 「どうした?私の姫は口が利けなくなったのかな?私がいつか返して欲しいと命じておいたあの一言をいわぬままに? さぁ・・・・何を考えているのだ?めでたい婚礼の夜に?」 王子は馴れ馴れしくキャロルを抱きしめた。 「可哀想に、冷や汗をかいているではないか。冷えては大変だ。汗に濡れた衣は・・・・・脱がせてやろう」 「やっ!」 キャロルは飛びのいた。 「大丈夫だから・・・大丈夫だからそんな意地悪しないでよ。ムーラは変なことを言うし、王子は意地悪だし・・・。私の都合なんて誰も聞かずにどんどん進めちゃうのよ?結婚式・・・なのに」 キャロルは最後のはかない抵抗を試みた。しかし身体はますます火照り、瞳は甘い予感になまめかしく潤んでいる。 35 Ψ(`▼´)Ψ 「口になど出さずとも」 王子は視線でキャロルを縛り、優雅な動きで彼女の夜着を緩めていく。 「可愛いそなたは饒舌だ。私を追う視線で、私に対するさりげない仕草で、そなたは私に告げたではないか。私の妻になっても良い、と」 「そんな・・・」 なおも言い募ろうとするキャロルを軽々と王子は抱き上げて寝台に一緒に横になった。 「そなたが欲しいな。そなたも私を欲しておろう。私がいない間に何を考えていた?」 王子は唇を耳朶から頬、そしてキャロルの唇に這わせながらなおも問う。もとよりキャロルに答えられるはずなどないのだが・・・・・。 「きっとそなたは私のことばかり考えていてくれたはずだ。そう、私のことばかり。そなたが初めて見た私の…体のことばかり」 キャロルは恥ずかしさのあまり、顔をそむけ必死に目を瞑る。そうすれば外の世界のことは何も自分の中に入ってこないとばかりに。 でも閉じた瞼の裏側には王子が、王子自身が渦巻くように浮かび上がってくる。逞しい王子自身が・・…。 「何も答えぬか…?何も言わぬか?私を愛するとも、私が欲しいとも?」 「あ、愛しているわ。王子。でも恥ずかしいのは嫌。どうしてこんな恥ずかしいことするの?」 あっさりと夜衣を取り去り、拷問でも施すようにキャロルの敏感な場所を指で探ったり、摘み上げて揉みしだいたりしていた王子は笑った。 「男女のこととはこういうことだ。ああ、つれない姫よ。その心も身体と同じように素直でしおらしくば、どれほどよいであろう?」 これ以上はないというほど固く熱く膨らんだ真珠と、その下で肉厚の花に守られて湧き出す蜜の泉が王子をいざなった。 36 Ψ(`▼´)Ψ 「姫、姫。私はそなたの心が欲しい。このように身体を誑かすようにして我が物とするのは不本意だ。だから申せ、私が待ちわびた一言を!」 キャロルの潤んだ瞳はなおも反抗的な色を宿していたけれど、促すような王子の接吻と蕩かすような巧みな指先の誘いは抗いがたかった。 「私…は…」 指先が亀裂の奥ふかくに入り込み、濡れそぼった場所をなで上げる。そこを濡らすのは蜜なのか涙なのか、それとも涎でもあるのだろうか? 「あ…私は…」 「どうして欲しい?姫よ?私を愛する姫よ。意地を張らずに早く女に…なれい。私はもう待てぬ」 キャロルはうわごとのように言った。 「愛している…いつも優しく私を見守っていてくれた王子を…ああぁっ!!」 王子自身がキャロルの狭隘な入り口に宛がわれた。その熱さと窮屈さにキャロルは悲鳴を上げた。 王子はその頑なさと苦痛に愛らしい顔をゆがめるキャロルに男の喜びを感じた。そしてわざとゆっくりゆっくり巨大な自分を押し進めていった。 (これは…さぞや苦しいであろう。この身体はまだほんの子供ではないか。 こちらまで痛くなるような狭さきつさだ。たまらぬな・・・」 王子は指をひくつく真珠にあて、やわやわとした愛撫を与えてキャロルを仰け反らせた。 痛みと快感に溺れるキャロルはますます王子を締め上げ、自身の意思ではどうにもならぬ身体の動きから来る苦痛に涙するのだった。 ようやく奥ふかくまで達したと言うのにろくに動くこともままならぬ場所で、王子は激しく爆発しキャロルを妃としたのだった。 37 (もう・・・朝?) 物憂く目を開いたキャロルは寝台に一人きりだった。傍らには王子の眠った跡がある。 (私・・・・・・私…王子と!) 夢かとも思える昨夜の出来事。でもそうではない証拠に寝台の覆い布には朱色のしみと何かが滴った跡があり、下半身には強い違和感がある。 疲れ果て、痛んでだるい身体を優しく抱きしめて幾度も愛しい、と繰り返してくれた男性は居ない。のろのろと起きあがったキャロルは枕許に置かれた小さな粘土板に気づいた。 ─先に起きる。そなたはゆっくりと身体を休ませるように。とにかく意地をはったり恥ずかしがったりせずによくムーラに世話をさせるように─ ただそれだけ。 (あの人らしい) 今は腹も立たなかった。居てくれないのが寂しくも思えたけれど、粘土板の素っ気無い言葉の向こうにキャロルを気遣う不器用な王子の優しさが透けて見えた。 キャロルの気配に気づいたのかムーラが声をかけてきた。 「お目覚めでございますか、姫君。王子からあなた様のお世話を申し付かっております。さぁ、まずは湯浴みなどなされませ」 ムーラは充分にキャロルを気遣いながら湯浴みをさせ、軽い食事をとらせた。 「さぁ、午前中は横になって静かに過ごすよう、王子よりのご命令でございますよ」 寝台はすでにきれいに整えられ、汚れ物は見えなくなっていた。 「あ、あのっ・・・ムーラ…」 ムーラは優しく微笑むと、全て分かっておりますと言うように頷いてキャロルを安心させた。 38 夕刻。 所在なげに書物を眺めていたキャロルの許にようやく王子が帰って来た。 「おお、姫。だいぶ疲れは取れたようだな。夕餉はまだなのであろう?」 王子は何事もなかったかのような、全く普段どおりの口調で言うと長椅子に腰掛けた。片手には重そうな未決書類の山。 頬を赤らめてまともに王子を見ることも出来ずにいるキャロルを一瞬面白そうに見やると、王子は書類に没頭した。そして夕餉の折の話題は柔らかく噛み砕いたヒッタイトの政治問題。 (何だか変なの。本当に私はこの人と…結婚したのかしら?) 昨夜の優しさや、纏いつくような熱い視線、甘い口説はどこへやら、である。 だが夢などではない証拠にキャロルは夕食後、国王夫妻への謁見を済ませ、王宮内に造られた神殿へも詣でたのである。 王子は注意深く新婚の花嫁を気遣いはしたが、それはキャロルのような子供が憧れる童話の王子様的優しさではなかった。 「疲れたな」 王子はさも当然というようにキャロルを自室に伴った。妻とした女性を独り寝させるつもりはなかったのである。 「ふう。やはり妻を娶ると言うのは大変なことなのだな。正直、これほど自分が気疲れするとは思わなかった」 聞きようによってはかなり危ういことをさらりと王子は言った。キャロルが感づいた様に一夜限りの妻を寝所に引き入れたことは数知れずあったのである。 「おや、面白くなさそうな顔をして。拗ねられては困るな。さぁ、機嫌を直せ。そなたはもう子供ではないのだから」 (本当にこの人は…) キャロルは生まれて初めて他人をしっかりと理解できたような気がした。 (不器用でぶっきらぼうで。優しいし、頭も良い人なのに…気持ちの表し方が下手で…。童話の中の王子様とはまるで違う) 新婚なのに、もう長く馴染んだような馴れ馴れしさと気安さでキャロルを抱きしめる強い腕の中でキャロルは微笑んだ。 「…あなたを愛しているわ、王子」 イズミル王子は一瞬驚きに言葉を失ったが、すぐ我に返って言った。 「知っている、そのようなこと。だが…分かりきったことでも口に出して言われるとまた嬉しいものだ、な」 終 |