『 陽炎のごとく 』 1 キャロルは25歳となり、三人の子を持つ母、優雅にして麗しい妃に変貌し ヒッタイト王であるイズミル王と睦まじく幸福な日々を過ごしていた。 トロイへのイズミル王と共に訪国することとなり、子供達をハットウシャの城に残して出立した。 夫となったイズミル王との深い愛情のせいか、美しく気品ある妃になったキャロルである。 旅の途中、地中海を見ながらまるで新婚のように睦みあう2人。 互いに愛を囁きあい、誓いを幾度も甘い声で交わす。 「例えこの身体が離れてしまっても、魂だけはあなたの元へ戻るわ・・・。」 「そなたのことは死んでも離さぬ、そたたのすべては私のものだ。そうであろう?」 「勿論だわ、愛しているわ・・・。」 だがその言葉どおりになるとは誰が予想できたのであろうか? 船に乗り込み出航しようとした矢先に、海賊からの襲撃を受け、ヒッタイト勢は思わぬ苦戦を強いられる。 その戦闘の最中にキャロルの身柄を拘束しようとした海賊から逃れようとしたキャロルは 地中海に落下したままそのまま行方不明となったのである。 イズミル王のキャロルを呼び叫ぶ声もむなしく、無常に叩きつける波はキャロルを時間の波の合間を連れ去ったのである。 2 地中海にて意識を失い漂っているキャロルを救出したのは アラブの青年実業家として名の通っているアフマド・ル・ラフマーンという青年だった。 古代ヒッタイト風の豪華な衣装を身に着けている美しい金髪の女性、という不思議な女性に興味を持ち 自らキャロルを引き取りその身元を調べてみるのも一興と思ったのである。 美しいだけの女なら飽くほど見ているアフマドなのに、眠っているだけのキャロルにはどうしても目が離せないようだった。 医者を呼びあらゆる検査を受けさせ、身体的な特徴などを照会させてみると、ここ8年ほど行方不明となっている リードコンツェルンの総帥ライアン・リードの妹のキャロルとわかった。 元々仕事の都合上面識もないわけではなかったので、コンタクトは早く取れ、アメリカにいたライアンが来るまでの暇つぶしと アフマドは看護人と代わりキャロルのベッドの横に腰掛けた。 医者は特に健康上問題はないと言ったとおり、キャロルの頬はうっすらと薔薇色で、 絶妙なカーブを描く唇からは規則正しい寝息が漏れる。 なのにその表情は哀しみに捕らわれているのか少し苦しげにも見え、閉じた瞳からは涙が頬を伝う。 アフマドがその涙をぬぐってやろうと少し手を伸ばした時、それは起こったのだ。 仰向けに眠っていたキャロルは寝返りを打ち、細い腕を隣にいる誰かを探すようにシーツの間を弄ったのである。 その無意識のキャロルの仕草が一瞬にしてアフマドの心に嫉妬を呼び越したのである。 何も知らないが、キャロルを胸に抱いて眠った男がいたことをアフマドは確信し、 それはキャロルへの執着と結びついた。 アフマドは自分でも理解しがたい感情に支配されたのだ。このとき彼は恋に落ちたのである。 3 キャロルが意識を取り戻し、間髪おかずライアンや弟のロディも到着し 全てはこれで収まるかのように見えた。 だがキャロルは行方不明だった期間の記憶をなくしているうえ、8年にも及ぶ長い時間が経っていることに恐れ戦いていた。 自分が覚えているのは17歳にも満たない少女の頃であり、現在は普通なら立派に自立しているであろう25歳の女性なのだ。 カイロの家に戻りたがったいるキャロルにライアンもロディも複雑な表情を浮かべてしまった。 2人にしてみれば溺愛しているキャロルが戻ってきたのである、当然なんでもキャロルの為にしてやる心積もりである。 しかしキャロルの不在の間にあった家族間の変化を一体どう告げてやればよいのだろうか。 母であるリード夫人は元々身体の弱い人であったから、キャロルのいないことを心配しながら 1年前に亡くなってしまっていたのだ。 そしてライアンには戦友とでも言うべきような愛を交わしているバリバリ仕事をこなしている妻がおり、 ロディにもリード夫人にどこかしら似たような新妻がいるのである。 カイロの家は忠義者のばぁやが「キャロルさまは必ず帰っていらっしゃいます!」と 相変わらず家を切り盛りして待っているのだが、やはりキャロルの心の支えとなるのは今は亡きリード夫人であろう。 妻を放り出して可愛い妹の側にばかりいけるわけもなく、ライアンもロディも密かに溜め息をついた。 ここでアフマドが「しばらくここで静養されてはどうだろう?」と提案し、 キャロルはアフマドの元で過ごすことになった。 そして戸惑っているキャロルにアフマドは親切に世話を焼いた。 キャロルを戸惑わせている原因の一つには医者から告げられたある事実であった。 医者は男兄弟であるライアンやロディには告げず、キャロルにのみひっそりと打ち明けた。 キャロルにはおおよそ三回ほどの出産の後が見られたことである。 ほっそりしたスタイルは自分が以前とそう変わってはいないようには見えた。 だが明らかに少女のものとは違う、成人した女性のラインを持つ今、括れた腹部に手をやり 本当に自分が妊娠出産したのかどうか問い掛けても、全ては霧がかった記憶しかないのであった。 4 キャロルは夢を見ていた。 自分の金髪を指に絡ませる誰かのことを。 うなじに押し付けられる唇の感触や、自分の身体を抱きしめ情熱を感じさせつつ弄る手の感触を。 幾度も幾度も切ないほどのいとおしさで自分に愛を囁く低い声を。 また自分の膝に無邪気に縋り付く小さな手や、腕に抱いた小さい温もりも。 自分では気付かない、自分の隣の誰かの存在を求めるシーツを弄る仕草をしてから、 キャロルは頬を伝う涙の感触に目を覚まし、記憶がないという絶望感に顔を手で被った。 気分を変えようとテラスに出、夜の地中海をキャロルは見ながらぼんやりしていると 「眠れないのかい?」と背後からアフマドの声がした。 アフマドから冷たいドリンクの入ったグラスを受け取りながら、キャロルは心配させないように微笑んでみせた。 「ちょっと目が醒めただけです、心配をかけてしまったならごめんなさい。 こんなに親切にしてただいてお礼の言いようもないわ。 でももう家に帰らなきゃいけないと思うの、明日にでもカイロの家に戻ります。 今まで本当にありがとうございました、アフマドさん。」 「いいんだよ、君が好きなだけここにいればいいし、ここがいやなら何処へでも気晴らしに連れていってあげる。 それにアフマドと呼んでくれたまえ、もう友人だろう?」 アフマドの言葉にキャロルもにっこりと微笑み、グラスを唇に当てた。 「それに私の父も君のことを気に入ってる。よければ私の国にも遊びにおいで」 「まあ、あなたのお父様が?ありがとう」 この地中海沿いの別邸にも多くのメイドや使用人がいるが、キャロルは全く臆することなく 実に優雅に、そして当然のように傅かれることを受け入れ、気品のある物腰で過ごしていた。 それはまるで本物の貴婦人のようであり、年若いのに威厳のあるものでもあったので アフマドの父もアフマド当人も大変気に入っていたのである。 その反面、異性に対する物慣れない乙女のような反応がまた面白く感じられ、 キャロルを自宅に送り届けてからも、何かとアフマドはキャロルやライアン達と連絡をとり 気楽な友人づきあいを演出していった。 5 カイロの家に戻り、以前と変わらぬ愛情を持って世話を焼くばぁやと暮すキャロルの生活は 平穏であり、落ち着いたものにみえた。 だが母の死に目に会えず、その存在の大切さを如何に痛感しようにも それは今更どうしようもないのものであり、またライアンやロディが結婚したことで彼らには彼らの生活があることを確認し キャロルはただ孤独感に苛まれてながら過ごしていた。 昔の学友も今や各々の生活があり、世界各国に散らばっている現状だ。 仲の良かったマリアですら、時折電話やメールを寄越す程度。 そして婚約していたジミーは今は新進気鋭の考古学研究者となり、あちこちの調査旅行へ出向くなど忙しいうえ、 既に恋人のキャリーがいた。 ジミーはキャロルの戻った事を知り会いに来てはくれたのだが キャロルはそれに関する礼を述べ、ジミーとその後会うつもりはないとやんわりと告げた。 キャロルの言葉を聞いて半分安堵したようで、その表情を見るとキャロルは自分の言葉が正しいことをはっきりと感じたのである。 また以前のように考古学の勉強を始め、記憶になかった間の分を埋め尽くそうとキャロルは没頭した。 不思議なことに考古学に関する知識は増えており、殊に今なお解明されていない古代ヒッタイトに関する知識は専門家のようだった。 キャロルのまるでその時代を目で見たような具体的で大胆にも思える仮説を論文にまとめてみると、 それは賛否両論の支持を受け、いつしかキャロルは大学の考古学研究室のスタッフの一員として 調査旅行や論文に時間を割くようになっていった。 夜毎に苛まれる、自分を求め愛する感触を忘れる為、傍目にはストイックなまでに研究に没頭してりうキャロルの姿は 陰で密かに「金髪の巫女」と呼ばれるほどのものだった。 自分が記憶にない間にあった出産の事実がキャロルを普通の社交生活すら遠ざけ その神秘的な存在感に周囲の男性もキャロルに悪戯に声を掛けようとするような真似はしなかった。 6 「キャロル!元気にしていたかい?」 突然のライアンの訪問にキャロルは喜んで兄の頬に挨拶のキスをした。 「驚いたわ、ライアン兄さん!ジェニーは元気?アレックスはもう歩いているの?」 キャロルを軽く抱きしめ、ライアンは久し振りに見る妹の様子を確かめた。 「ああ、ジェニーは今プロジェクトを指揮するのに忙しくてね、今頃は東京だよ。 アレックスも元気だ、お前がプレゼントしてくれた靴を履いて歩き回ってるよ。 お前もフロリダでゆっくりすればいいのに。」 「いいのよ、私はここが好きなの。」 「ばぁやがキャロルさまは研究三昧で、夜もゆっくり眠っていないっていうものだからね、 こっちへくるついでに顔を見に来たんだ、痩せたんじゃないのかい?」 気の置けない昔どおりの兄と妹に戻って二人は微笑んだ。 「ああ、お客様がいるんだよ、キャロル、さあどうぞ」 ライアンが促すとそこには兄とは違った強烈な存在感を放つアフマドがいた。 「まあ、アフマド、お久し振りね、お元気そうだわ。」 挨拶の軽い抱擁をしながらキャロルもにっこりと微笑んだ。 「君こそ相変わらず遺跡に囲まれて泥まみれかい?たまには私にも付き合って欲しいね。 この前のシャモニーでのスキーも断わられて寂しい思いをしてるのに。」 もう一人の兄のようなアフマドにキャロルも屈託のない笑顔で応じる。 「あなたは忙し過ぎるんですもの、付き合いきれないわ。 それにあなたの周りには美女がいつも大勢いるんですもの、寂しいわけないでしょう。」 「あれは勝手に纏わり着いてくるんだ、私は君にいて欲しいんだがね。」 アフマドの黒曜石の瞳が意味ありげに光ったのをキャロルは気がついた。 「実はね、キャロル・・・アフマドは正式にお前と結婚したいと申し込みに来たんだよ・・。」 「もう随分待ったと思うよ、キャロル。私は本気だ。 君を地中海で見つけたときから君を愛しているよ。」 キャロルがそういった性的関係を避けているのを分かっていたアフマドは キャロルが逃げられないようあえて堂々と申し込んできたのである。 突然のことにアフマドに握られた手を振り払うこともできず、キャロルは呆然としたままだった。 アフマドの低く響く声がさらに聞こえる。 「どうか私と結婚して欲しい。」 7 ベッドの中で幾度も幾度もキャロルは寝返りを打ち、闇を見つめていた。 キャロルはアフマドのプロポーズには即答で「できない」と答えた。 「あなたには助けてもらったし、ずっと感謝をしているわ、でも結婚は誰ともできないのよ。」 アフマドでなくても他の誰であろうとキャロルは結婚するつもりはなかった。 記憶にない間に生んだ子供は?そしてその父親は? それはアフマドに発見されて以来、ずっとキャロルの心に影を落とし、 青い瞳はどこかしら寂しげな光をいつも放させている。 子供のことは誰にも話してはいないが、何時の日にか会えることもあるかもしれない。 あまりの孤独感に自殺を考えないことがなかったわけではないが、それを乗り越えさせえてくれたのは 見知らぬ子供の存在だったのかもしれないのだ。 アフマドはキャロルの返答にも驚くことはなく至ってそれが当然だと言うように自身ありげに微笑んで見せた。 「急ぐことはない、ゆっくり考えて欲しい。ただあまりにもゆっくり過ぎるのは困るがね。 しばらくカイロに滞在するから、時々顔を見にくる。」と言うとアフマドは帰っていった。 ライアンに至ってはこの結婚にもろ手をあげて賛成というわけではないが 今のところキャロルに相応しい相手だと思うといい、キャロルの意思を無視して結婚させる気はない、と言った程度で 慌ただしく次の仕事先へと去っていった。 アフマドは慎重に休暇などの誘いもキャロルだけを呼ぶような真似はせず、 ライアン一家やロディ一家などと一緒に誘い、家族ぐるみの付き合いをしていったせいか、 キャロルはアフマドの家族にも受け入れられており、一族を束ねるアフマドの父親もキャロルには行為を示していた為か 反対するものも居らず、後はキャロルの返事一つだけなのである。 確かに自分は受け入れられるだろう・・・。心配はいらないのかもしれない。 でも私には子供がいる、そして記憶にはない、私が誰か愛したに違いない誰かが・・・。 夢で私を抱きしめる人をきっと私は愛してたんだわ、あの腕の感触を全然嫌がっていないんですもの・・・。 キャロルの目はいつの間にか閉じられ眠りに落ちていった・・・。 8 それはいつもよりずっと生々しい感触だった。 何も考えることができないくらい、激しく求められる口づけや、体が紅潮し熱くなるほど 肌に触れる指の動き、体の芯がとろけるほどの甘美な感触。 逞しく広い胸に抱かれて熱い吐息を2人で分かち合う、あの満ち足りた幸福感。 キャロルがその頬を白い指でなぞると、いつも決まって優しく手を握り口付けされていた。 あの人と生きるためならと傷だらけになるのも厭わなかった自分に、 いつも傷を唇でなぞり手当てしてくれていたあの温もりをどうして忘れられようか。 耳に囁く低い声はどれだけ愛しているかと、耳に心地よく響く。 私だってどれだけあなたを愛しているか・・・と告げようとして、キャロルはその逞しく引き締まった身体に手を伸ばした。 なのに手に触れたのは自分以外眠っていない、冷えたシーツの感触だった。 身体は汗をかいたようで熱くほてっているのに、頬に流れる涙が冷えて冷たい筋を残している。 「一体誰なの?あんなにも私を愛しているって、あんなに私を抱きしめるのに どうして私のところへ会いに来てはくれないの? 本当に愛しているなら探すはずよ、どうして?」 明け方の光が空を明るくし始め、夜が去っていくのを見ながら キャロルは誰にもいえない憤りを枕にぶつけて泣くしかなかった。 記憶にはなくても私の身体は覚えている・・・・。 そのことが切なくてキャロルは自分の身体を抱きしめて涙が出るに任せていた。 9 アフマドは幾度も訪れたリード邸を来訪し、顔馴染となったばぁやの愚痴とも心配ともつかぬ キャロルの話に相槌をうち、そっとキャロルのいるテラスの方へ向かった。 今キャロルは疲れているように見えたので、ばぁやに休息を取るようにとテラスのカウチで過ごしてるとのことだった。 あの地中海の底で得がたい宝石のようなキャロルを見つけてから2年ほどになるか・・・と思い出しながら アフマドはじき自分の求婚の回答を当然受け入れられるだろうと、やや自嘲気味に唇を曲げて見せた。 キャロルが自分の側にいればよい、考古学の研究もライフワークのようだし、無理にやめさせずとも構わない。 どうせ何処に行くにも自家用機があるのだから、世界中どこにいても変わらないだろう。 全ては自分の計画どおりに進んでいる、とアフマドは満足していた。 もっとも形式的な求婚の返事はまだ貰っていないが、断わることはないだろう。 前回は突然の事でキャロルも動転したのだろうし、キャロルが自分を嫌っているようにも思えない。 時折一緒に過ごすヴァカンスも、自分はキャロルの優美な仕草に、機転に富んだ受け答えに驚かされても いつも楽しいものだった。 部族の中には王族に列なる者もいるが、キャロルはその者達にも全く引けを取らず 戯れで民族衣装を着けさせてみても、裾払いも堂にいった優雅な物腰で嫣然と微笑んでみせた。 わが部族の花嫁衣裳を着けさせればきっと映える・・・。 身勝手な計画を立てる男は足音を忍ばせてテラスへ近寄った。 キャロルは長い金髪をそよ風に嬲られながらカウチに身を任せ眠っていた。 声を掛けようとアフマドは口を開きかけたが、キャロルの横に自分と同じような民族衣装を身に着けたようなぼんやりとした影がキャロルをまるで守るように寄り添っているのを見、 何者かと目を凝らした。 その影は確かに人の形をしているように見えたが、悪意のある様子には見えず、 やがてはアフマドの目の錯覚だったかと思うほどふっと空中に掻き消えたのである。 キャロルはよく眠っている、気のせいか安心したような表情で。 「あの娘には、エジプトの王家の呪いが憑いてるって専らの噂だぜ・・・・。」 アフマドの耳に友人のガーシーの怯えたような声が木霊のように聞こえてきた。 10 静かに嗚咽するキャロルをアフマドはただ優しく抱きしめるにとどめた。 求婚した相手に、恋人にするにふさわしいであろう仕草、眠りから覚醒するキスをしただけだったのに 唇を重ねた時、キャロルは驚愕と戦きで青い瞳を大きく見開き、両腕をアフマドの胸に突っ張って拒否の反応を見せたのである。 「違うの・・違うのよ・・・。あなたが嫌いなんじゃない・・・。 だけど・・私の知ってるキスじゃない、違うのよ・・・。」 そう言って苦しげに両手で顔を被ってしまったキャロルをアフマドは複雑な想いで抱きしめた。 いつまでも記憶のない過去に、実体のない亡霊にこのままキャロルを捕らわれたままでいいのか? そうだ、見つけた時から、キャロルは自分ですら覚えていない男のものだった。 だがもう待てない、触れることすら出来ずとも、側にいてくれたら・・・・。 「驚かせてすまなかった、君が嫌なら無理強いはしない、だが、どうか私と結婚してくれ。 側にいてくれるだけでいいんだ、私は君が欲しい。必ず幸福にしよう」 アフマドの熱っぽい言葉にキャロルは涙をうかべたままの瞳でアフマドの顔を見つめた。 「・・無理だわ、アフマド。あなたのことは好きだけど、愛してないんですもの、それに・・・。」 「・・君の子供のことも関係してるんだろう?」 ビクっと身体が震え、キャロルは反射的にアフマドの腕から逃れようとした。 なのにアフマドの手がキャロルの両腕を掴む方が早かった。 「どうして・・それを・・・。」 キャロルの顔色が蒼白になっていく。 |