『 ヒューリアの初恋 』

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まこと得難い一組よと思うファラオ夫妻について好色で不謹慎な想像を巡らせていたヒューリアはキャロルの訪れでその夢想を破られた。

「ヒューリア、さっきはごめんなさい。どうかお気を悪くなさらないで」
上品な王妃の衣装を着て、落ち着いた声で話す少女を見て、アマゾネスはちょっと意地の悪い気分になった。
目の前のキャロルは、少女期から大人へと移る間の時間に居て、匂うような美しさである。
知らぬ人が見れば無垢の少女とも思えるだろうに、その身体はもう男性を知った女性のそれで、男の手で驚くほど淫らな身体にさせられてしまっている。
「気を悪くするなど・・・」
ヒューリアはキャロルの身体を後ろから抱くようにした。細いうなじ、ほのかに膨らむ胸元。
「そんな些細なことを気にしてわざわざ来て下さったのか」
「だって私、ヒューリアに泳ぎを教えて貰っていた最中だったわ」
「・・・・・可愛らしい方だ。大エジプトの王妃であられながら無邪気な子供のようで・・・・本当に食べてしまいたいほどだ」
ヒューリアの手が悪戯っぽくキャロルの身体を滑っていった。キャロルは突然のことに驚き呆れ、声も出ない。
「お小さい身体つきだ。だがそこが可愛らしく思えるのだろうな、メンフィス王は」
ヒューリアがキャロルの乳房を包み込むようにした。そして真っ赤に火照った頬に唇を当てて・・・。
どんっ!!!!
キャロルが力任せにヒューリアを突き飛ばした。
「お、お戯れが・・・す、す、過ぎるというものです・・・っ!」
キャロルは衣装の裾を翻して走り去ってしまった。
(まこと愛らしい姫よ)
ヒューリアはくすくす笑いながら、葡萄酒の杯を傾けた。

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(きっともうじきファラオが現れる。愛しい恋妻が泣きながら私の部屋から出てきたから。心配して苛立って・・・・。
。そうとも、私に詰問するだろう。何があったのかと。
女を抱いて快楽に溺れたことなど忘れ果てたように澄まし返った様子で、でも姫大事の心を隠しきれないで)
ヒューリアは不意に体の奥深くが悩ましく震えるのを覚えた。
(あの傲慢で人もなげな若者が、ただ一人の姫のためにファラオではなくなる・・・!
ああ、私を負かしたあの体躯が、姫を組み敷き悦びを与えるのか。
ああ、あの若者が狼狽えて、心配している所を見たい!ぞくぞくするほど見たい!私の前で一介の若者になる姿を・・・!)
ヒューリアは間違いなくメンフィスに対して、これまで男に対して抱いたことのない感情を覚えていた。

ほどなくヒューリアの願いは叶えられる。
「ヒューリア殿!一体、何があったのか。我が妃はあなたの部屋から下がってずいぶんと取り乱し、不安定だ」
ヒューリアはにやりと笑って立ち上がった。先ほど飲んだ酒のせいか体が熱く、心は高揚していた。
「それで私の部屋に参られたか、ファラオ」
「ヒューリア殿。私は客人たるあなたに対し、我が妃が何か無礼をし、お叱りでも受けたのかと思い・・・」
(そんなこと、ちっとも思っていないくせに)
「姫君が無礼などとんでもない。私はただ・・・」
ここでヒューリアはすっとメンフィスの脇に寄り、王杖を握るメンフィスの手にはずみのように触れながら囁いた。
「あのお可愛らしい方にアマゾネスの風儀をお教えしようと思ったのみ。
お妃は異国の風習にずいぶん興味をお持ちと伺ったのでね」

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(アマゾネスの風儀・・・!!!)
メンフィスはのけぞる思いだった。彼とて男、好色な好奇心混じりに語られる「女優位の国の風習」の噂くらい知っている。
女が女を愛する国。交わる女同士が駆使する愛の技の数々。
無垢の少女は神殿で巫女達によって極限の悦びを教えられ、男自身によってではなく、巫女達が持つ何か男を模した道具によって女になるとか。
かの国では男はただ子種を提供するだけの存在にすぎぬという。
見目麗しく力溢れる若い男達は、女達に弄ばれ、跨られて子孫を残すための奉仕を強要される。用済みになれば奴隷か男娼か・・・。

(まさか・・・まさかキャロルは・・・)
「ヒュ、ヒューリア殿!まさか御身は・・・!
ええい、答えられよっ!お答え如何によってはいかに客人とは言え、この場で斬って捨てる!」
(ふん、お妃に関しては大層嫉妬深く、姫君お手飼いの動物達も雌ばかりにしてあるという噂はあながち嘘ではないというわけか)
ヒューリアはぞくぞくするような興奮を味わった。
たおやかに弱々しいキャロルをからかうのと同じくらい、自分よりも強い男性メンフィスを翻弄するのは面白い。
「ヒューリア殿!キャロルに何をした?キャロルを傷つけたとあっては容赦せぬぞ!」
「別に男の御身が想像力逞しく、思い描かれるようなことは何も・・・」
ヒューリアはくすくす笑いながら言った。
「ただこのように・・・」
ヒューリアの豊満な体がメンフィスに押しつけられ、手が筋肉質の見事な体を探るように滑った。
「触れて・・・あなたが愛された羨ましいお身体を確かめただけ・・・」
ヒューリアの手はいつしかメンフィスの一番男らしい場所に移っていった。
「なるほど、“これ”で姫君を愛されるのか。姫君はさぞかし優れた御子をあげられよう。
優れた御子は国の宝。私も賜りたいものだ・・・」

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ヒューリアはメンフィスを思う様翻弄し、男にしか出せぬ真珠色の露をその手の中に受けてやろうとでもいうように妖しく手を動かした。
ヒューリアにとってそれはきわどい遊びでしかなかったはずだ。
しかし。いつしかヒューリアの頬は真っ赤に染まり、身体は熱く燃え、あろうことか・・・。
(私は・・・このファラオが欲しい!ナイルの姫一人のものにしておくにはあまりに惜しい男よ)
ヒューリアは、そう思い至った瞬間はっとして、思わず手を止めた。
(ああ・・・そうか。私はついに私より強い男に巡り会ったのだ。
だからこのように・・・私から誘うような真似をしているのだ!)
ヒューリアは希(こいねが)うような想いを込めてそれまで敢えて見ようともしなかった男の顔を見つめたが・・・。
「ヒューリア殿。一体どうされた?」
快楽を味わった様子など露ほども見せぬメンフィスの冷たい顔が彼女を見下ろしていた。
「あ・・・・」
ヒューリアは先ほどまでの高揚した心が急速にしぼむのを感じた。
「私はただ・・・」
(このような時にはどうしたらよいのだ?あ、あろうことか女が男を・・・男などを愛しく思うようになってしまった時には?)
初恋、などという言葉すら知らぬであろうアマゾネスの世継ぎは困り果て、羞恥に真っ赤になってメンフィスから手を離した。
「・・・つまらぬ女! そそられぬな」
メンフィスは少し掠れたような固い声で言うとそのまま振り返ることなく立ち去った。
ヒューリアはへたへたと座り込み声もなく泣いた。それと気づいた瞬間に散った恋の花を弔うように小鳥が囀る昼下がり・・・。

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「・・・キャロル、落ち着いたか?」
メンフィスは呆然と寝台に座り込んで涙を流れるにまかせていたキャロルにそっと声をかけた。
(全く・・・ヒューリアめ許し難き女!我が妃をこれほどまでに驚かせ怯えさせるとは!アマゾネスの女王にゆかりの身でなくば斬り捨てて罪を償わせるものを!)
メンフィスはそっとキャロルの肩を抱いた。
とはいえ、彼自身もつい先ほどの感触が生々しく体に残っていて落ち着かない。
(下手な娼婦よりも・・というところか。全くキャロルのことがなければ私とてきっと・・・吸われていたぞ!)
「メンフィス、ごめんなさい。私、私ね。ただ・・・」
「湯にでも入るか!」
メンフィスはわざととぼけて言った。
「少し暑さにあたったのやもしれぬな。私がさっぱりとさせてやろう!」
メンフィスはキャロルを抱き上げると湯殿に連れていった。
嫌なことを忘れさせてやるために。キャロルの身体についてしまったアマゾネスの気配を自身で残さず清めるために・・・。
キャロルは喘ぎ、ひしとメンフィスに縋って乱れる心を鎮めようとした。
「愛している、愛している、愛している・・・」
メンフィスとキャロルは互いに慰め合い、いたわり合い、決して最愛の人には言えぬ「禁断の秘密」がもたらした傷を癒しあったのである。

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ヒューリアが姉女王と共に帰国の途についたのはそれから間もなくのことであった。
送別の儀式は何とはなしによそよそしかったが結局、ヒューリアにとってはそれが良かったのかも知れない。
(メンフィス王は私の方をまともに見もしなかったな。あの時いっそ怒り狂って私に斬りかかって来てくれたら良かったのに。
そうすれば私も剣を取ってあの最初の時のようにあの王と剣を交わすことができた。何も考えずに一心にかの男のことだけを考えて。
私は結局何を望んだのかな。ナイルの姫か?それとも・・・ナイルの姫が愛した美しい王か?)
「ヒューリア、何を考えている?」
姉女王がヒューリアに問うた。
病癒えたヒューリアは前には見られなかったしっとりとした憂いのようなものがそのきつい美貌に加わり、何ともいえず艶めいた様子である。
(何かあったな・・・)
女王はひとりごちた。別れ際のファラオ夫妻のどことはなしにぎこちない様子、様子の変わった妹の様子・・・。
「・・・そなたは・・・女になったのだな、ヒューリア」
ヒューリアはさっと顔を赤らめた。
無論、この場合の「女になった」とは物理的なことでないことくらい分かり切っている。ヒューリアが巫女達に悦びを教えられたのはもうかなり昔のことだ。
「姉上、私は・・・」

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「私は・・・ただ・・・何故、私は・・・」
ヒューリアは訳の分からない感情に戸惑った。
自分は誇り高いアマゾネスの世継ぎだ。アマゾネスの常で美しいナイルの姫に恋をした。
たおやかに美しいナイルの女神の娘。その白い身体を滅茶苦茶になるまで愛したいと思った。アマゾネスの甘美な風儀を教えたいと思った。
でも本当は違ったのかも知れない。
ナイルの姫よりも、その姫の傍らに立つ力強い男に惹かれた。初めて自分を屈服させた男に。
「姉上、私は何故、知ってしまったのでしょうか。
敗北の甘美さを。負ける、とはただ屈辱であり、厭わしきことよと思っておりましたがそうでないこともあると知ってしまったのです」
女王はそっとヒューリアの髪を撫でた。
「そなた・・・。辛かったのだな。もうよい。もう申すな・・・」
だがヒューリアは健気に頭を振った。
「いえ、姉上。言ってしまわねば。言わねば我が物思いの毒に自らが侵され、もっと苦しみましょう。
・・・・・姉上、私はアマゾネスとしてナイルの姫を欲し・・・ただの女としてファラオに惹かれました・・・」
さあっと風が流れ、ヒューリアの頬を伝う真珠を舞わせた。
「・・・・・そしてどちらも手に入れられなかった。アマゾネスとして優れた男を、美しい女を欲したのでは無かったのです、私は。私は・・・」
女王がヒューリアを抱き寄せた。妹の想いが痛いほどに伝わってくる。
(可哀想なヒューリア。想いを伝えるのにどうしてよいか分からぬままに欲したものを失ったのだな。
愛するそなたの望みを叶えて、その痛みを癒してやりたいが・・・)
ヒューリアは姉女王の胸の中で声もなく泣いた。女王はまろやかさの加わった妹の肌を優しい慰めるような接吻で覆った・・・。

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「ほう・・・ナイルの姫には無事、男児をご出産遊ばしたか」
ヒューリアは報告を聞いて、複雑に甘い感情を味わった。
「恩義ある姫君の慶事である。早速にお祝いを・・・」
恭しく女兵士は礼をして、世継ぎの君の命を果たすために出ていった。
(世継ぎ・・・新しい血をこの世に送り出すのか。私の愛した姫と・・・メンフィス王の御子が・・・)
ヒューリアは微笑んだ。
「・・・・・私の長かったもの思いも終わらせねば、な。
新しき血がこの世に加わったのだ」
ヒューリアの寵愛する少女が怪訝そうに長身の愛人を見上げた。
「今宵はそなたではなく・・・アテネより参ったテネギウスを召すとしようか」
「ヒューリア様、あ・・・男を召されるのですか?」
「ふふ。そんな顔をするな。誰が男になど心移すものか。ただ・・・私ももう二十歳をかなり過ぎた。そろそろ次代の子をなしたいのだよ。
我がアマゾネスの国を背負って立つ新しい血が欲しいのだ」
ヒューリアはそう言って少女に接吻した。
(長かった初恋への未練を終わらせよう・・・・。私の恋した男女が睦み合い、新しい血をうけた子を持ったのだ。
私もまた子を作ろう。その子には私のような想いはさせない・・)

ヒューリアはその夜、強壮な若者を寝所に召しだし、その胤を身の内に取り込んだ。初めて女に跨られた若者は屈辱と快感に打ち震え、やがて屈服した・・・。

愛する男を愛しえなかった女性の子供はやがてその母の想いを叶えることになるが・・・それは遙か未来の物語である。



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