『 ヒッタイト道中記 』
文庫本の5巻の最初のあたりに、王子がキャロルに花をあげてるっぽいシーンがあったのですが、そのシーンからの創作です。
コミックスだと10巻あたりになるのかな?


1
エジプトからキャロルをさらってここ数日、首都ヒッタイトへの道中イズミルは常にキャロルを監視し一時も傍から離さなかった。
しかし監視される事に疲れたキャロルはここ数日ふさぎこんでいるように見えるのだった。
景色を見渡せる丘の上でキャロルは考え事でもしているのかそこから動こうとしない。
イズミルはたまにはキャロルをそっと一人にしてやろうと、しばらくそこに放っておいた。


長身の身体にまとった衣装を風になびかせながら、王子はキャロルの横で腰を下ろした。
「風が冷たくなって来たというのにまだここにいるのか」
「王子・・・」
イズミルの長い薄茶色の髪が夕日に映えて美しい。
しかしキャロルにはこの男が美しければ美しいほど、冷酷で非情な恐ろしい存在に思えるのだった。
少しでも気を許せばこの男が生来持つ抗いがたい不思議な引力に引き込まれてしまいそうで、キャロルは王子が側に来ると身体を硬くせずにはいられない。
「ふふ・・・」
王子は整った唇の端を少し歪め、仕方なさそうに苦笑する。
何度優しく微笑みかけても、この娘は頑なにイズミルの求愛を拒む。
ヒッタイトの王子であり、眉目秀麗なこの男を拒むような女など一人としていなかった。

2
どのように冷たくあしらおうとも女とは媚びて来るものであったのに、この少女だけは全く違う。
しかし、皮肉な事にこの少女が頑なであればある程、イズミルは狂おしい想いを募らせる。
時おりキャロルの従順でない態度に怒りを覚え憎く思う事もあるが、それは愛しさゆえこと。
キャロルの体温が衣装越しに伝わってくるほど距離は近いのに、両腕で自分の身体を抱きしめ身を守ろうとするキャロルの態度は、イズミルとの心の距離をひどく感じさせる。
「そなたが好むだろうと思ってな・・・」
王子の大きな手が開かれると長い指の間から色とりどりの花がハラハラと舞い落ちた。
キャロルは反射的に手を伸ばし、膝の上落とされる花を両手で受け止めた。
「王子・・・?」
キャロルは王子のはしばみ色の涼しげな瞳を見上げる。
時に恐ろしいほど冷酷で鋭利な光を宿すその瞳は、今はとても穏やかで優しげな深い色に見える。
このような一時の優しげな雰囲気に惑わされてはいけないとキャロルは自分に言い聞かせる。
自分を探るようなキャロルの視線に気づくと、王子はひきしまった口許に優しげな笑みを浮かべた。
「なぜ、私を見るとそのように身体を硬くするのだ。
・・・私はそれほどに恐ろしい男かな?」
キャロルの膝の上に散らばる花を一本そっと取り上げると、王子はその茎を短刀で短く切り落とした。
黄金に輝くキャロルの髪のこめかみのあたりに花を結わえる。
イズミルの摘んだ薄紅色のその花は、キャロルの可憐さによく似合った。
王子の指が髪を梳き、その指が耳たぶに触れる。
その長い指が触れる部分に、わずかに電流のような痺れが肌を走る。

3
王子の動きを制止しようにも、身体がすぐに動かない。
「そなたに良く似合う。」
満足げに目を細めてキャロルを見つめる。
「もう少しこちらを向いて、良く見せよ」
王子はキャロルのあごに指をかけて上を向かせた。
「やめて」
キャロルは自分の頬が熱く紅潮してくるのを感じて王子の手を振り払おうとしたが、彼の力の方が強かった。
なぜだかキャロル自身解らないのだが、イズミルに触れられ見つめられるとひどく落ち着かないのだ。
とても彼の瞳をまともに直視できず、視線を脇にそらした。
「私の何がそれほどそなたを恐れさせる?
この私がそなたに危害など与えるはずがなかろう。」
イズミルはばら色に染まったキャロルの頬を愛しげに指でなぞった。
キャロルはたまらず目を閉じる。
「お願い、私に触らないで・・・お願い」
「ふっ・・・顔に似合わず強情な。
まぁ、よい。今はまだそなたの我がままも強がりも許そう。
そなたを首都ハットウシャへ連れ帰ればすぐに私の妃にする。
例え否と申してもそなたは私に抗うことはできぬ。よいな。」
「いやよ!
どうして分かってくれないの?

4
妃になんてならないわ。
私はこの時代の人間じゃないのに。
あなたがヒッタイトの王子だろうと、私に命令なんてできないのよ!」
端正な表情が一瞬強張る。
さっきまでの優しげな表情がすうっと消え、冷静で意思の強そうないつもの王子の表情になる。
「そなたはまだ自分の立場を理解しておらぬな。
少し解らせる必要がある。」
イズミルは否応なくキャロルの身体をグッと自分の方へ引き寄せ、膝の間にかき抱く。
「いや・・・」
長い両足がキャロルの身体を両側から挟み込み、一切身動きができない。
「いや、いやっ・・・離して」
「無駄だ、そなたの細い腕では私の力にはかなわぬ。
大人しくいたせ」
キャロルが抵抗しようにも、筋肉質な胸も力強い腕も両脚もビクとも動かない。
それどころか抵抗するほど乳房がイズミルの胸に押し当てられてしまう。
衣装越しの柔らかな乳房の感触はイズミルを押さえがたい衝動へと駆りたてる。
唇をキャロルの唇に押し当てると、身動きできぬようきつく抱きしめた。
「ン・・・」
苦しいほどに抱きしめられ、息も出来ぬほど口づけされる。
その柔らかで甘い唇を吸いたてていると、イズミルは今にも理性を失いそうになる。
この小さくたおやかな身体を我が物にしたい。
この少女の何もかもを我が物にしたい。
その為になら他の全てを捨てても良いと思わせるほど、それは強く激しい衝動だった。
狂おしいほどに愛しく思うこの胸の内をどうしてわからせようものか。
無理やりに身体を奪うのはいとも簡単であるが、キャロルを傷つけるのはイズミルとて本意ではない。
力づくで奪ったところで、キャロルは心を閉ざすだけだ。
真に欲しいものはキャロルの身体ではない。

5
「んんっ・・・」
キャロルが苦しそうな事に気づくと、イズミルは唇を少し離して呼吸をさせてやった。
「愛しい・・・愛しい姫。
これほどまでに私がそなたを想うというに、なぜ私から逃げようとする?」
キャロルの頬は紅潮し、唇は濡れ、息苦しそうな呼吸が漏れる。
イズミルが傍に寄れば身体を硬くするくせに、いったん口づけをしてやるとキャロルの身体はとたんに柔らかく崩れ落ちそうになるのをイズミルは知っている。
「私にこうされるのは嫌か?」
イズミルの舌がキャロルの口中に忍びこんで来た。
いつもならばイズミルの舌の進入を許さないキャロルなのに、今日はいとも簡単に唇が開かれた。
イズミルは初めて味わうキャロルの甘く柔らかな舌の感触に忘我した。
そのとろけそうな感触は、他の女では絶対に味わえない特別なものだった。
なぜこの少女の何もかもがこのように自分を狂おしい程夢中にさせるのか、イズミルには不思議でならない。
今までにない激しい口づけはキャロルの思考を止めた。
胸も頭の中も熱気にさらされたかのようにただ熱く、何も考えられない。
キャロルは訳が分らなくなり、少し恐ろしくなって震え始めた。
「・・・少し驚かせてしまったか。
まったく・・・そなたは愛しいな、そのように震えて。
何も恐ろしい事はいたさぬ、そのまま私に身を任せればよい。」
イズミルの両手がキャロルの背中や髪を愛しげに愛撫する。
それは例えようも無く心地よいものだった。
しかし唇がキャロルの白い首筋に触れると反射的にキャロルの身体がのけぞった。
「ああぁっ・・・」
全身がビクッと引きつり甘美な痺れがキャロルの身体を走る。
止めようとしても声が漏れた。
「そのような声を聞くと・・・私は・・・もはや自分を止められぬ」
切なく苦しげなかすれた声でそう呟くと、イズミルの唇は首筋を這い降り、柔らかな隆起を描く胸の谷間に降り立った。
イズミルの指がせわしげにキャロルの衣装の胸元をほどいて行く。
「姫・・・そなたが欲しい・・・欲しくてたまらぬ・・・!」

6
胸元が冷たい空気にさらされるのを感じたキャロルは、心地よい恍惚感から急に現実に引き戻された。
「いやよ!いやっ、やめてっ・・・!」
イズミルによって乱された胸元を両手でたぐり寄せ、また身体を硬く強張らせた。
「姫・・・どうした?」
イズミルにキスされてから暫くの間に起こった事は、まるで夢の中の出来事のようだ。
全く抵抗する事もできず、自分の身体であるのに思い通りに動かす事すら出来ない。
いや、あまりの甘美さに抵抗しようとする意志さえ失っていた。
自分をこのようにしてしまう王子をキャロルは一層恐れる。
「・・・ひどいわ、王子」
「姫・・・?」
イズミルは乱れた髪をかき上げると、心配そうにキャロルを見た。
キャロルの瞳いっぱいに涙が溜まって、瞬きをすれば零れ落ちそうになっている。
そんな瞳でイズミルをにらみ付け、身体に回された腕を振り解こうとする。
「いや、こんな事するなんて・・・もう触らないで!離してよっ!」
「そうか・・・そなたには少し刺激が強すぎたかも知れぬな」
真っ赤になって彼の腕から逃れようとするキャロルの姿は愛しくてたまらず、今しばらくは腕を解いてやる気にはなれない。いっそう強く抱きしめた。
「他ならぬ愛しいそなたの頼みといえど、それは聞き入れられぬな。
あのような可愛い声をあげておきながら、離せとはいかに?」
はしばみ色の瞳がキャロルの瞳を覗き込む。
「やっぱり私・・・王子は嫌い」
キャロルはそう言うと王子は少し傷付くだろうと思ったが、思いのほか彼は勝ち誇ったように口端に笑みを浮かべている。
「・・・そうかな?
私に口づけされる時のそなたはそうとも思えぬが」
血の気が一気にあがり、頬がカッと熱くなる。
王子がその気になれば、キャロルに抵抗などさせず意のままにする事は彼にとっては至って容易な事なのだ。
イズミルはそれを良く承知の上で、キャロルの反応を楽しんでいる。
「そなたは口ではいやだと言っておきながら、私が口づけしようものならとろけそうになるのだからな。
ふふ・・・はたして私はどちらを信じればよいものか、なぁ姫よ。」

7
「イヤ、イヤ!もう言わないでっ!!」
キャロルはあまりの恥ずかしさについに泣き始めてしまった。
「分かった、分かった。
もうそなたを苛めるのは止そう。」
イズミルはキャロルの瞳から溢れる大粒の涙を唇で吸い取ると、改めて頬に愛しさを込めてキスをした。
王子のキスは限りなく優しくキャロルをいたわるものであったのに、キャロルは王子の前でなす術も無い自分の無力な存在を悔しく思って泣いた。
「いやよ・・・嫌いよ・・・王子なんて・・・本当に嫌いなんだから」
キャロルが悪態をついたところで、王子はクスクスと笑うだけである。
「さぁ、参ろう。もう暗くなって来た」
キャロルを軽々と抱き上げると夜営をしている天幕の方へと歩き始めた。

8
天幕の中、イズミルは苛立ちを隠せない声でキャロルに問うた。
「・・・・姫、一体どういうつもりか?」
「・・・・・・・・・」
キャロルはイズミルを見ようともしない。
「私と一言も話さぬ気か?」
「・・・・・・・・・」
さきほど天幕に戻って以来、キャロルはイズミルと口を聞こうとしない。
キャロルの好物の果物を与えようが、ぶどう酒をすすめようが一向に機嫌が治らない。
「ふん・・・まことそなたは強情だな。
私と話さぬならそれでも良いが明日は早くここを発つゆえ、今宵は早く休まねばな」
寝台の上に横たわりながらイズミルはキャロルにも早く床に着くよう促す。
「・・・・王子と同じ所で寝るのはイヤよ」
寝台から一番離れた所に座り込み、イズミルを睨み付けている。
「何を駄々をこねているのだ。
そのうち私の胸で安心して眠るようになる・・・さあ、早くこちらへ参れ」
軽く微笑でかわされ、キャロルはむきになって再び言い放った。
「王子と一緒では眠れないわ!」
「ならば、どの天幕で眠る?
兵士達の天幕で寝るわけにも行くまい」
「・・・・・・・・・・」
「早く参らぬか。
そんなところに座っていると身体を冷やすであろう、早く」
「イヤよ!!何をされるか分からないものっ!!」

9
今日の昼間の出来事のせいで、イズミルと同じ床に入ることを恐れているらしい。
一向に動こうとしないキャロルに業を煮やしたイズミルは、床から起き上がるとキャロルを抱き上げた。
「いやっ!!何するの、離して」
キャロルは力の限り抵抗する。
「いやぁっ!!やめて、お願い・・・」
あまりにキャロルが必死で暴れまわるので、長いため息をつくとイズミルは呆れるように言い捨てた。
「安心するがよい。
今の私はそなたを無理に抱いたりはせぬ。
嫌がるそなたを抱いたところで私は満足できぬからな」
キャロルをいささか乱暴に寝台に降ろすとイズミルも彼女のすぐそばに横たわった。
キャロルは不満そうではあったが、イズミルに背を向けて横になった。
イズミルの腕が伸びでキャロルの髪を撫でた。
小さな背中がビクリと震える。
「今宵、私がそなたを無理に抱くのではと案じていたのだな?」
背を向けたままキャロルは返事をしなかった。
しかしキャロルのその背中からはイズミルに対する緊張感があらわに感じ取れる。
「抱きたいのは山々だが・・・そなたを泣かせたくない。
そなたを悲しませて、私の思いを遂げたところで私は幸せにはなれぬ。
泣いて暮らされては、私は辛いだけだ」
突然キャロルが寝返ってイズミルの方を向いた。
「嘘よ、王子は冷酷で、私の気持ちなんて考えたりしない人よ」
「なに・・・?」
王子は上体を起こしてキャロルに向き直った。
「どうしてそんな嘘を言うのよ。
私をハットウシャに連れて行って捕虜か罪人にするんだったらそう言ってよ!」

10
「捕虜か罪人だと・・・?
馬鹿な、何を的のはずれた事を」
「どう考えたってそうとしか・・・私を拷問にでもかけるつもりなんだわ。
妃にするなんておかしな事言うけれど、本当は利用して殺すんでしょう」
「姫、何度も私はそなたに申したと思うが・・・」
「殺すなら今殺したらいいわ!」
「姫!!」
イズミルの低い通る声で一喝され、キャロルはビクッと身をすくめた。
「今日の昼間の事は戯れ事でも何でもない。
そなたを妃にしたいと思っているのは、私がそなたを愛しているからこそ。
捕虜だの拷問だのくだらぬ事を言い立てて私を怒らせるな。
馬鹿馬鹿しい、なぜにこの私がそなたを殺さねばなるまい?」
「だって・・私は」
イズミルの唇が言葉を塞いだ。
筋肉質の重たい身体が上に覆いかぶさると、一瞬で身動きが取れなくなる。
「んん・・・」
昼間以上に情熱的に唇を吸い立てられると体中に甘い痺れが走り、あっという間に力が抜けていく。
王子の舌が唇を押し分けて入ってくる。
舌を吸われると、身体の痺れは甘く切ない疼きに変わっていった。
ずいぶん長い間キスされた後、やっと唇を開放された。
もうキャロルの瞳は虚ろで、唇からは乱れた呼吸が繰り返されるだけだ。
イズミルはキャロルを切なげな瞳で見つめながら、苦しそうに呟いた。
「姫・・・許せよ。
そなたに分からせるにはこうするのが一番早い・・・」
イズミルは寝台の上に腰掛けるように座ると、自分の膝の間にキャロルを座らせ、夜着を着せたままキャロルの太ももを優しく愛撫した。


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