あの日あの時


        

     桜の花も、だんだんと蕾が開いてくる3月・・・・。
      俺は、海南を卒業した。3年間過ごしてきたこの学校から離れ、日本大学に入学する。
      日本大学は、昔から古豪として有名で、常にトップを争うチームとしても有名である。
      全国にちらばる学科のバスケ部から1番上手いプレイヤーを選び、その中からさらに上手い
      プレイヤーを選ぶというやり方で、常に注目されている。
      『どうして海南に進学しなかったんですか・・?』
      そう涙と鼻水でぐちゃぐちゃな清田は、卒業記念に試合をする前にそう言ったきり、
      一言も口にしなかった。
      無視をされるのは少し悲しいが、今までその事を告げなかった自分にも非はあると思っていたので、
      別に気にしてはいなかった。
      だけど・・・・
      あいつが泣いているのは見たくないんだ。
      しかも、自分のせいで・・・・。







     春というにはもう似合わない5月の初旬・・・・・・
     「お疲れ様でした!!」
     チームのマネージャーが、先輩達にタオルを配っていた。
     「あんたも、お疲れ」
     俺だけにはタオルを投げてよこすこのマネージャーの名は、田代恵。
     俺と同じ、海南大附属から日大に推薦で入った、頭の良い奴だ。
     「なんで俺には投げてよこすんだよ?俺にも、お疲れさま、とか言って渡せよなぁ」
     一応愚痴を言ってはみるが、そんなものこの女には通用しない事を、俺は3年間でとくと味わったのだ。
     「なんであんたに、『牧さん!お疲れさま!!』とか言わなきゃいけないわけ?大体、あんたはまだ
     バスケ部って決まってる訳じゃないでしょ!」
     5月の15日に、この学部では新一年歓迎会と表してオリエンテーリングが開かれる。
     新入部員をゲットする為、各クラブは燃えに燃えている(らしい)。
     俺は迷うことなくバスケ部を選んだが、入部は5月15日以降らしい。
     「俺がバスケ部以外にどこに入るっていうんだ」
     「ああ、そうね。あんたは超が1億ぐらい付くバスケバカだったわね」
     「む・・・。そこまで言われる程俺はバスケバカじゃないぞ」
     「じゃあ一体どんな奴をバスケバカって言うわけ?」
     「流川みたいな奴だ」
     「あんたとまったく同じでしょうが!!どこが違うってんのよ」
     いつもいつも、こいつはケンカ腰で俺を攻めてくる。まったく、なんでこんなにこいつは俺にかまうんだ?
     「田代ちゃん、牧にはどうせ入ってもらわなきゃいけないし、今更彼がどこのクラブに入ると思う?」
     ぽんと俺の肩を叩いて、キャプテンの加藤先輩が少しはにかんで言った。
     加藤利昭。 日大3年。
     高校バスケットボール界に君臨する、山王工業出身。
     高一、高二、高三と三度インターハイを優勝、選抜も国体も全勝。三年連続三冠制覇という偉業を
     成し遂げた 経験を持つ彼は、大学日本一の深体大への推薦を蹴って、恩師の出身校である
     日大に入学したという。
     背は俺より低い。・・・というか、175もないだろう・・・。
     小学校からずっとポイントガード一筋で、今も日大のエースガード。
     去年、この日大を大学bPに持っていった張本人とも言える。
     常にほわほわしていて、湘北の・・・・木暮に似ている所がある。木暮のほうが背は高いが・・・。
     同じポジションという事もあって、俺はこの加藤先輩を尊敬すると共にライバル視している。
     「そーね・・・。こいつ、おじさんくさいから、白衣でも着て小動物でも触ってたら誰もが獣医だと
     思うでしょ」
     「田代っ!!人がさりげなく気にしている事を!!」
     きゃらきゃらと笑いだした田代につられ、加藤先輩までもが笑い出す。
     「あははははは・・・。まったく、君達は面白いね」
     「加藤先輩まで・・・。ひどいですよ」
     人が気にしている事をそこまで笑わなくても良いだろう。どうせ俺は老け顔だよ。
     悪かったな、老け顔で。
     「そういえば、牧はスポーツ推薦で入ったのか?」
     「はい。でないと俺、ここに入れないですよ」
  
     神奈川県藤沢にそびえ立つ、広い敷地を持つ日本大学生物資源科学部獣医学科。
     俺はここにスポーツ推薦で入学した。
     通常の入学だと、獣医に進む人間が多いだけあって、数学・生物・科学・英語が特に出来て
     いなければ、まず入る事は出来ない。
     俺は、ここに勉学推薦で入学した田代のような頭は持っていなかった。
     数学は好きだったから、田代にも何度も勝った事はあった。が、俺は科学が大の苦手で、
     科学のテストで平均を取った事など、一度もない。反対に、田代は[科学の女王」と呼ばれるくらい
     科学を得意としていて、俺の敵う相手ではなかった。


     「いいなぁー。牧は」
     いきなり腕を組んで頷きはじめた加藤先輩を見て俺は言った。
     「何がですか?」
     「母校が近くて」
     加藤先輩は、さらにうんうんと頷いて言った。
     「俺なんて遠くて遠くてさ、」
     「先輩は秋田出身でしたっけ?そりゃあ遠いですよ。何q離れてると思ってます?」
     田代が加藤先輩に得意のいじわる攻撃をし始めた時、俺の頭には、『海南』という文字がこびり
     付いていた。
     海南と聞いて、一番に思い出すのは、清田の顔だ。
     『どうして海南に進学しなかったんですか・・?』
     そう呟いて俺の胸の中で泣き続けたあいつは、元気だろうか・・・?
     まだ・・・俺を避けているのだろうか・・・?
     確か明日は練習はないはずだ。
     ・・・・・ちょっと覗いてみるか・・・・。



  




     監督がいなかったので先生に先に挨拶をしてから、俺は内緒で体育館へと向かった。
     普通なら皆が自分の知らない間、どれだけ成長したか見るのが楽しみなはずなのに、足取りは重い。
     ・・・・そんなに俺は清田に避けられるのが嫌なのだろうか・・・?
     体育館に近づくにつれて、どんどん足取りは重くなって行き、ダムダムとバスケットボールを突く音が
     聞こえてくると、 俺の足は完全に止まってしまった。
     ええい!!避けられるかなんて、行ってみないと判らないだろうが!!しっかり歩け、牧紳一!!
     勢いをつけてツカツカ早歩きをして、ガラッとドアを開ける。
     「・・・あれ・・?牧さん・・・?」
     ちょうど転がったボールを取りにドアの近くまで来ていた神が、俺の名を呼ぶ。
     「久しぶりだな、神。元気でやってるか?」
     「ええ・・・。でも牧さん、来るなら来るって前もって言ってくれれば、それなりの事はするのに・・・・」
     神は心底驚いているように、俺をじいぃっと見つめている。
     「・・・その・・・清田はいるか・・?」
     神の横から清田を恐る恐る捜してみるが、清田の姿は見えない。
     「・・・・・ノブならい・・・」
     「うわー!!本物の牧さんだ!!先輩、紹介してくださいよ!!!」
     新しく入った新入部員が、俺にベタベタ触ってきた。最後の神の言葉が聞こえなかったじゃないか。 
     「・・・日大に進学した、去年のキャプテンの牧さんだ」
     神は渋々と語りだした。
     「牧さん!!初めまして!去年全中で県大会を優勝した、笠木中からきました、岩田と言います!!」
     「同じく笠木中出身、神崎といいます!!!」
     いきなり自己紹介の渦にもまれてしまった。俺はこんな事する為に来た訳じゃないのに・・・!!
     「なあ、神・・・・」
     話を振ろうとして神を見た俺に写ったのは・・・・・・・・・・・・・。
     ・・・目に一杯の涙を浮かべている神だった。
     「神・・・?!どうしたんだ?!」
     渦から這い出し、神の肩に手を乗せる。こいつ、顔色まで悪いじゃないか!!
     「神、どうした?!気分が悪いのかっ?!」
     「神先輩、大丈夫ですか?!」
     「・・・ゴメン、大丈夫だよ」
     それが神の得意のから元気だと判っている俺は、無理にでも神を保健室に連れて行こうと手を
     引っ張った。
     「牧さん!!止めてください!!!」
     その手をバシッと叩かれ、俺は仕方なく手を離す。
     んな撲たなくたっていいじゃないかよ・・・・。
     「お前、無理すんなよな。ちゃんと休んでるのか?」
     「・・・・・牧さん・・・・・・・」
     「なんだ?」
     なんか深刻そうだな・・・。俺が聞いてもいいのか?
     「ノブの・・・事なんですけど・・・・」
     途端、シーンとあたりが静まりかえった。あんなにうるさかった新入部員達もが、下を向く。
     その時点で、俺は清田に何かあったのを悟った。
     ・・・・・清田になにが・・・・?!
     「清田が・・・どうしたんだ・・・?」
     「ノブ・・・。バスケ部・・・・辞めたんです・・・」
     ・・・な・・・なんだって・・・?!
     「や、辞めたって・・・、一体、何が・・あったんだ?!」
     清田がバスケ部を?!!そんな馬鹿な!!そんなの嘘だ!!
     「俺のせいなんです・・っ」
     神は涙を流して言った。
     「俺を・・・庇ったばっかりに・・・ノブは・・っ」
     俺にはもう、何があったのか判らなくなっていた。




 




     それは、桜の花も満開の、海南大学附属高等学校の始業式の日の事だった・・・。
     襟に二年のマークである赤バッチを付けた清田は、始業式が終わってからある、他校との練習試合の
     打ち合わせの為、体育館の二階にある部室に神といた。
     「神さん。ここの学校のメンバー表、見せてもらえますか?」
     「はい。これだよ」
     見せられたメンバー表を見て、絶叫する清田。
     「うげぇぇー!!!マジでぇぇー?!!」
     「どうした?」
     「・・・・・。俺、ここのキャプテンに前苛められてて・・・。もう2年前だけど・・・」
     [いじめ?ノブが?」
     「ええ・・・。俺、なんかいじめのターゲットにされやすくて・・・」
     「でも判る気がするなぁー・・・。ノブって、たまにいじめたくなるもん」
     「なんでですかー?教えてくださいよー」
     「ほら、丁度殴りやすい所に顔があったりさ。あとは、やっぱりノブのその性格?ちゃんちゃら
     ぽんって、結構 不良から見るとむかつきやすいんじゃないの?]
     「そうっすかねぇー・・・」
     メンバー表を見ながら清田はまだ唸っている。
     相手のチームは、悪いけど海南の敵ではない。180を越える人物もいないし、県大会では
     上位にも入っていない学校だ。

     キャプテンになってから、神はいつものペースを掴めないでいた。


     海南史上最強と謳われた牧の引退は、バスケ部中の活気を吸い取っていった・・・。
     選抜の予選、牧のいない中での対湘北戦。
     赤木・三井が抜けた穴を、桜木と流川が埋め、仙道率いる陵南をも倒した湘北に、
     思いのしないような負け方を強いられた。
     牧以外の3年は全員出ているのに、流川の・・・宮城の・・・桜木のシュートをブロックする事が出来ず、
     インターハイ2位の海南は100ゲームで20点もの差を付けられてしまったのだ。
     『くやしいっす・・・。牧さんの代わりにもならなくて・・・。絶対負けたくなかったのに・・・!』
     そう言って神の胸で清田は泣きじゃくった。子供のように素直で。
     守ってやりたい・・・・と神は思った。
     だが、清田が誰を求めているかは判っている。自分には決して守る事など出来ないだろう。


     「うー・・・ん。気にしてたらキリがないッスよね?バスケで勝っちゃえば俺の方が強いんだから」
     「そうそう。勝てばこっちの物だよ」
     笑って悔しさを飲み下す。今清田の近くにいるのは自分だと心に刻んで。
     「じゃあノブ、そろそろ体育館に降りるかい?」
     「はい!!!じゃあ、俺先に行って部員集めてますね」
     「いいよ。一緒に行こう」
     推薦で入ってきた新しい部員のデータを一通り集めて神は立ち上がる。
     「なんか嬉しいッス」
     ドアを開けて神を待つ清田は顔に笑顔を浮かべて言った。
     「何がだい?」
     「だって俺、副キャプテンなんですもん。嬉しいな・・・。神さんと一緒に新しいチームを作って行くん
     ですから。 もう絶対、赤ザルにも負けないし、流川にだって、負けない!!一緒に全国目指しま
     しょうね!!神さん!」
     顔全体で喜びを表す清田。よほど副キャプテンになれたのが嬉しいのだろうか・・?
     それとも、あの人がいないが為に、作り笑いをしているのだろうか・・・?
     そんなに清田にとってあの人は大事な人なのだろうか・・・?
     自分だって、かなり良い扱いをされているが、それでも満足が出来ないのか・・・?
     自分は、牧さんには何一つ勝つ事など出来ない・・・・!!!
     そういった自己嫌悪が、神の能力を完全に弱らせていた。
 
     「神さん。どうぞ」
     清田の開けたドアをどうも、と言ってくぐる。
     桜の花の柔らかい匂いが風にのって2人に届く。
     「良い天気だねぇー」
     空を眺めて呟く。
     ・・・きっとあの人も空を見上げてそう思っているだろう・・・。
     うっすらと目を瞑る。その時だった。
     最近神を襲う様になった激しい目眩が、激しく神を襲った。
     「うっ・・・!!」
     「神さん!!!!」
     そのまま前につんのめり、手すりにぶつかりそうになった神の身体を、手すり側にいた清田が支える。
     清田は手すりに全体重をかけ、神をうまく抱き留めた。
     「神さん大丈夫ですか?!」
     「大丈夫・・・っ?」
     安心したのもつかの間、神は手すりの根本が階段から外れるのを見た。
     目の前の清田の身体が、自分ごと落ちようとしている。
     「ノブ!!」
     必死の力で清田の手を取るが、全然力が入らない。
     これでは2人共落ちてしまう・・・!!!絶対に清田は助けなければ・・・!!!
     そんな中、清田は彼の身体を力一杯はじき飛ばした。
     「ノブっ!!!」
     ドサッと音がして、清田は地面に落ちた。
     「ノブーー!!」



   



     「そんな・・・・」
     清田が・・・落ちた・・・?
     「・・監督が来て、俺も付き添いでついてこいと言われて病院に付いて行きました・・」
     神の瞳は、悔しさと悲しみで満ちている。
     「それで・・・あいつの容態は・・?!」
     「・・・・」
     「答えてくれ。神・・・頼む・・・」
     俺自身、信じられない。清田が落ちた?!バスケ部を辞めた?!なんなんだ?!!
     「・・・・落ちていた手すりに足を打って、全治3ヶ月、頭を咄嗟にカバーしたものの、手すりに激しく
     ぶつけ、
     一時期意識不明の重体・・・。今は意識はあります・・。あと、頭をカバーした時に、右腕に・・・」
     「・・・右腕に・・・??」
     体育館に、俺の声がこだまする。
     「右腕の麻痺に・・・全治6ヶ月・・・」
     「・・・・麻痺・・・・?」
     「今年はおろか、これからもバスケを続けていくのは無理と、先生が直接・・・・」
     「そんな・・・・」
     寒気がした・・・。清田が・・・。そんな・・・。
     麻痺・・・?腕が動かないって事だよな・・・?バスケが出来ない・・?もう・・二度と・・・?
     「リハビリ次第では、これからもバスケが出来るかもしれん」
     後ろで声がする。
     「監督・・・」
     涙で顔を汚している神が、高頭監督を呼んだ。
     「監督!!」
     「牧。来るのなら俺の所にも挨拶に来い」
     「清田は・・・清田はどうなるんですか?!」
     「清田はバスケの特待生だ。・・・・過去のなかで、清田並の怪我をして今もバスケをしている奴は
     1人もおらん・・・。勉強が出来れば良かったが、あいにく清田はお世辞でも頭が良いとは言えない・・・。
     通常なら 悲しいが退学になるのが多い・・。」
     「・・・・」
     「だが、今回の事件は学校側にも責任がある。だから清田は今まで通り海南の生徒だ」
     「・・・清田・・・」
     「全治6ヶ月だ・・・。その上、麻痺だ。バスケが出来ないと医者に宣告されてから、あいつは何も
     口にしないしリハビリもしようとは思っていない。それに最近悩みもあったらしいし、清田の精神は
     かなり衰弱している。今は俺達にもどうしようもない。清田のバスケがしたいという気持ちがどれだけ
     強いか・・・あとは・・・生きようという気持ちがどれだけ強いかだけだ・・・」
     「清田・・・・・」
     俺は、自分のバスケ人生が終わるぐらいのショックを受けた・・・・・・

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