
「牧!!何やってる?!」
怒鳴られて気が付いたら、俺はラインを大きくオーバーしてしまっていた。
「何ボーッとしてるんだ!!!」
監督の罵声が俺に突き刺さる。
「・・・すいません・・・」
「練習試合だって近いんだ!!!なめてかかってると出さないからな!!」
「・・・すいませんでした・・・」
俺とした事が・・・。だが、身体に力が入らないというか・・・自分でも覇気がないように感じる・・・。
やはり清田の事が気になって仕方がない・・・・。
「牧・・・。お前どうした?何か迷い事でもあるのか?」
すれ違った時、加藤さんが声を掛けて来た。
「大丈夫です」
さすがに練習中にボーッとするのはまずかったか・・・。
しかし、なんでもないように答えたつもりが、加藤さんにはバレバレだったらしい。
「大丈夫な訳ないだろう。お前の大好きなバスケの時間に、お前がボーッとして
監督に怒られてるなんて、絶対にありえない事だろうが」
肩に手をかけて怒鳴り加減で言う加藤さんの声は、体育館中に響いた。
自分の叫び声にシー・・・ンと静まりかえってしまった体育館を見回して、一つ咳払い
をすると、加藤さんは俺に言った。
「・・・悪かった。怒鳴ったりして・・・・。ただ、もし悩みがあるんであれば、俺に言える事だったら俺にも教えて欲しい
んだ。それでもし、お前の悩みが少しでも減るんであれば・・・」
すまなそうな顔をしている加藤さんを、俺はまじまじと見た。
・・・驚いた。いつもほわほわして笑っている加藤さんが、体育館に響く程の声で怒鳴るなんて・・・・。
・・俺を心配してくれてるんだよな・・・。
「・・・すいませんでした・・・っ」
俺は馬鹿か・・?!先輩にまで心配させてどうする?清田が心配なら様子を見に行けばいいじゃないか!!
部活にまで私情を持ってきてどうするんだ!!
俺が母校を訪れてから一週間が過ぎていた。
そこで知った、清田の身に起こった出来事は、俺に限りなくショックを与えていた。
『清田のバスケがしたいという気持ちがどれだけ強いか・・・あるいは・・・生きようとする気持ちが
どれだけ強いかだけだ・・・・。』
監督の言葉が頭にまわる。
二度と出来ないかも知れない・・・けど、本人がバスケがしたいという意志が強く、リハビリが出来たら
出来ないとは決まった訳じゃない・・・・・って事だよな・・・。
俺は未だに見舞いに行くか否か迷っていた。
なにしろ、あの試合から今まで一切口を聞いていないし、当然の事ながら連絡を取り合っている訳でもない。
はっきり言ってしまえば、会いづらいのだ。
その前から・・・清田が怒り出す前からだったが、何故か清田と面と向かって話すのを息苦しく感じていた。
秋の国体・・・いや、正確にはインハイが終わってすぐあたりからだ。
清田と話すだけでやけに息苦しくなって、清田と話す機会を自分から減らしていた。
清田はその事に早くから感づいて、何度も何度も俺と話そうと必死だった・・・。
だけど・・・、どうしても、清田の顔を見るのが出来なくて・・・。
情けないと思った。たぶん、チームメイトも。特に神なんかは。
俺がそんな態度に出るのが不思議でたまらなかったハズだ。
でも俺だってそうだ。理由がわからないだけで。ひたすら清田と話す機会を減らして。
だから、迷っていた。
怪我したから、今まで話さなかった自分がのこのこ顔だして、『大丈夫か?』とか、
『早く直せよ』とか言っても良いのだろうか?
同情としか取ってもらえないのではないだろうか?
・・・・まあ・・・、そう思われるのは当然か・・・。
「どうしたの?最近元気ないよね」
ふと肩を叩かれて振り向くと、田代がめずらしくタオルを投げてきた。
「・・・・サンキュ・・・・」
「やだ。マジでどうしたの?全然牧らしくないよ」
「・・・・そうか・・・??」
ぼけてもこいつには無駄だと知っていながら、それでも俺はそう言うしかなかった。
「そうだよ。今日だって監督に怒られたりさ・・・。あんた、バスケだけは真面目にやる奴だったのにさぁー。
ここの所、心ここに有らずじゃん。それに、今だって。知ってる?もう部活終わってるんだよ。てっきり居残り
してるかと思ってタオル持ってきてやったのに、居残りしてないんじゃ使わないじゃん」
「ああ・・・・」
「・・・・・一週間前・・・海南に行ったんだって・・??」
田代が、声のトーンを下げて言った。
「・・・ああ・・・」
「・・・ノブ君の怪我・・・知っちゃったんだ」
まるでなにかの宣告を受けたように、体が震える。
「・・・・・」
「・・・あたし、今だから言うけど・・・。黙っててね。絶対に言わないでって言われてたから」
俺の横に腰掛けて、田代は少しすまなそうに呟いた。
「・・?」
「あたしさぁー・・・、ノブ君が怪我した時病院に呼ばれてさ。牧さんには伝えないでって言われたの」
「・・・清田・・がか・・・?!」
「そう。『牧さんはバスケで忙しいだろうし、自分避けられてるから、会うのがつらいんだ』って」
「・・・・・」
「彼、思い詰めてたよ。あんたに避けられてるって、何度も相談に乗ったんだからね、あたし」
「俺・・・俺は・・・っ」
「今なら聞いてもいいかな。皆もう帰ったし。・・・なんでノブ君の事避けてたの・・・?」
「・・・・・・自分でも・・・良く分からないんだ・・・・」
思わず頭を抱え込む。そんな事をしても答えは出ないが。
「清田の・・・あいつの顔・・・見るのが苦しくなって、だんだん出来なくなって・・・。自分でも、なんでこんな事
しているのか分からなくて、俺自身も分からなくなってきたんだよ・・・」
清田があんなに苦しそうな顔を俺に向けるのも苦痛だった。
「怪我してるって聞いた時も、それが選手生命を左右するぐらいの怪我で、ずっと見舞いに行こうか行くまいか
迷ってて、会って何を言えばいいのかとかも考えられなくて・・・、もう、本当に分からないんだ・・・」
混乱している頭では何を言っても通じない。俺の言っている言葉も田代にはあまり理解できないかも知れない。
それでも、俺は今はこれくらいしか言えない。
「・・・・・それはノブ君も同じだったと思うよ・・・・・」
「・・・??」
「急に避けられて、その理由も分からない。自分が何かしたと思うけど思い当たる節はないし、でも自分に
避けられる理由が必ずあるって思って、でもわからなくて・・。あんたと同じ感情。持ってるよ。ノブ君は」
「なんだ?その同じ感情ってのは」
「そういうのを鈍感バカって言うのよ」
田代はいつも通りに笑った。その笑顔に、心のもやもやが薄れていく程に落ち着いてくる。
「そっかぁー・・・。牧もかぁー・・・。うふふ、なんか意外ー」
「なんだよ、気味悪い奴だなぁー・・・・」
「大丈夫だよ。ノブ君は。きっとね。あたしには分かるわ。あんたも、勇気出して一度はお見舞い、行ってあげな。
きっと喜ぶよ。顔に出さなくてもね」
得意の笑顔を俺に向け田代はうんうんと頷きながら言った。
「そうか?」
「うん。なんてったって、ノブ君あんたの事大好きだもの。顔に出さないかも知れないけど、きっとその夜
嬉しくてなかなか寝られないかもよー?」
「そうか・・・」
それを聞いて、俺はひどく安心した。
やはり一度くらいは見舞いに行くべきだな。清田とゆっくり話しをするのも良いだろうし。
「あたしもわかるし・・・その気持ち」
田代がふいに、何かぼそっと呟いた。あまりに小さい声だったので、全然聞こえなかった。
「え?何だって?」
「なんでもないよ。さあ、牧、居残りやる?帰る?」
「やるに決まってんだろう。今日怒られた分もやってやる」
「よーし。じゃあ、特別この田代恵が付き合ってやろう!」
「お前じゃ俺の相手にゃならんぞ」
「違う。邪魔してやるって言ってんの」
結局、田代がなんて言ったのかは分からないまま、俺はその後、門限が来るまでバスケットボールを放ち続けた。
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