忘れられない言葉がある。
ザナルカンドにいた頃。
スピラにいた頃。
そして、シンとなっていた頃。
『ほらジェクト。空を見なさい』
はじめは母に。
『ジェクト、空をみてみろ』
次は仲間に。そして。
『オヤジ・・・・オヤジもどっかで・・・この空見ているのかな・・・・』
シンから開放されたジェクトは、幻光虫に導かれ、美しい花畑に降り立った。
「ここは・・・?」
目の前には、大きな滝が音を立てて大量の水を流していた。
周りを見渡すと、美しい情景が飛び込んでくる。
「ジェクト!!」
急に名前を呼ばれ、声のした方を振り返ると、ブラスカが走ってくるのが見えた。
「ブラスカ!!おめえ、どうして・・・」
「はあはあ・・・。何言ってるだい、ジェクト」
ブラスカが、よく事情の判ってなさそうなジェクトに軽く笑みをこぼした。
「ここは異界だよ」
「い、異界?ってえ事は・・・」
「そう。君は死んだんだ」
ニコっといつもの笑みを崩さないで言われても、どうも死んだような気はしなくて。
「君とティーダ達の戦い、ずっと見てたよ。きっと、すぐにアーロンも来るよ」
ジェクトは自分の両手を見つめる。
ついさっきまで、究極召還獣となったこの手で大剣を握り、ティーダやアーロン達を傷つけていた。
ティーダの最後の一撃で力つき、体からエボンジュが抜け出て・・・・
ティーダに抱きかかえられて・・・・
ユウナに召還獣を出すように言った後・・・・
体中から力が抜けて・・・・
気がついたらここにいた。
「そっか・・・。異界か・・・。俺、やっと開放されたんだな」
「うん・・・・お疲れ様でした。ジェクト」
ブラスカの笑みに、ジェクトもつられて微笑した。
「ところでよ、ココはどーいった仕組みになってるんだ?つーか、生きてるときとあんま
かわんねーんだけど」
「さあ、私もイマイチよくわからないけど、スピラとなんら変わりはないようだよ。
ここは異界の入り口で、この奥に、スピラと同じような世界が広がっているんだよ」
うーん・・・と腕組みをしたジェクトの後ろに、ポワ・・・と幻光虫が漂い始めた。
「お、アーロンが来たみたいだよ」
幻光虫が集まり、一瞬強い光を帯びると、それはアーロンの姿を作り出す。
アーロンの姿が完璧に作り出されると幻光虫はふわ・・とまた宙を舞い、消えた。
「ブラスカ様・・・ジェクト・・・!」
10年前の記憶からは想像出来ない程老け込んだ彼は、2人を見てギョッとした。
「ユウナに送ってもらった・・・・?」
「はい・・・」
エボンジュを倒したあと、異界送りをするユウナに送ってもらった・・・・
とアーロンは語った。
究極召還獣となった彼の精神を蝕みシンへと変えた、ザナルカンドの偉大なる召還士・エボンジュ。
その1000年の悲しいスピラの理を、ティーダ達は、ついに打ち砕いたのだ。
「ま、俺様の息子にしちゃ、上出来だな」
「誰も君には勝てないよ、ジェクト。10年間、シンとなって耐えていたんだから」
自分の意識がシン・・・エボンジュに蝕まれていく・・・・。
殺戮と破壊のみを繰り返すスピラの全ての元凶『シン』。
シンが破壊を繰り返すたび、ジェクトが俺がやったんじゃない!!やめろ!!と意識に訴えても、
シンが止まる事はなかった。
ただ、ジェクトがザナルカンドのことを思い出すと、シンは破壊をやめた。
体を癒すため、夢のザナルカンドの海に潜り、静かに体を癒す。
そのときが唯一の静寂で、ジェクトも意識を支配されない。
静かにザナルカンドのことを考えることが出来た。
ブリッツのこと。妻のこと。そして息子のこと。
シンとなって、何年かたった頃、ザナルカンドの海で、ジェクトは息子の声を聞いた気がした。
『オヤジ・・・・オヤジもどっかで・・・この空見ているのかな・・・・。
どこまでも高く・・・どこまでも蒼く、澄んでいる・・・か・・・・』
昔、アーロンが、空を見てザナルカンドを思い出すジェクトに言った言葉。
『空はどこまでも高く、澄んでいないといけないんだ・・・』
もっと昔、ブリッツの練習試合に負けて、泣いていたジェクトに母親が言った言葉。
『ほらジェクト。空を見なさい。空は誰よりも高く、誰よりも澄んでいるのよ。
あなたも、あの空の様に誰よりも高く、誰よりも澄んでいないとね』
「それにしてもアーロン・・・・。君は随分と老け込んだねえ・・。顔にも傷があるし・・・・」
ブラスカは昔はあんなに美人だったのに・・・と悲しそうな顔をした。
「そういや、さっきも思ったけど、本当に老け込んだなあ」
ジェクトも、ニタニタ笑いを浮かべて、2人してアーロンをからかいに入る。
「!!あんたの息子が手がかかるからだっ!!」
顔のことを気にしているアーロンは、顔を真っ赤にして怒る。
「あんだあ?!俺様の息子に限ってんなこたあねえよ!!」
言い争いを始めた2人の後ろで、幻光虫が集まりだした。
それは、祈り子の姿になり、ブラスカにつげた。
「太陽の英雄が降りてくるよ」
「太陽?・・・・!!ティーダかい?」
「うん。彼が、降りてくるよ」
「ジェクト、アーロン!!ティーダが来るって!!」
ブラスカの言葉に、ジェクトは振り向いた。
「ティーダが?!」
「うん!!あ!ほら!!」
ブラスカの指指した方を見ると、空がキラキラと光っていた。
祈り子達に囲まれて見える、金の髪。
「ティーダ・・・・!」
ジェクトは思わず手を差し伸べた。
ティーダは嬉しそうに微笑んで、ジェクトの手を叩いた。
嬉しい、嬉しい・・・!!
ジェクトがティーダを抱きしめようとしたその瞬間・・・。
ティーダの姿は一瞬で消え去ったのだ。
「え・・・・」
『彼は祈り子の夢だから。夢は現実にはならない・・・・』
祈り子の言葉を聞く度に、イライラして、ジェクトは両手を壁に叩き付けた。
「・・・壁が壊れる。やめろ」
「っせぇよ!!!」
ジェクト達がティーダを探し始めてから、もう2年がたった。
手がかりは何もなかった。
スピラにも帰っていないようだし、異界はほとんど探した。
海の見える丘にあるブラスカを家を中心に2年間・・・・
ジェクトは、もうどうしていいかわからなくなっていた。
やけくそで家を飛び出し、丘の上に立つ。
本当は心地よいはずの風を憎く感じる。
異界の入り口近くな為、常に幻光虫が漂っていて、それが酷くジェクトの感情を揺さぶる。
「ティーダ・・・どこにいるんだ・・・っ」
一度は失ったものだと思っていた。
もう二度と会えないと思っていた。
シンの体内でティーダに会ったとき、走って抱きしめたかった。
それを憎まれ口を叩くことで押さえ、自分を倒せと告げる・・・。
ティーダに体を切られても、痛みなんか感じなかった。
ティーダの一撃で力尽きて、ティーダに抱きかかえられて、ジェクトは嬉しかった。
この辛い状況から自分を救ってくれたのは、ティーダ。
彼の涙がジェクトの頬に落ちる。それが嬉しくて。
ずっと憎まれていると思っていた。嫌われていると思っていた。
だけど、ティーダは自分を想い、涙してくれた。
それだけで、それだけで、シンとなっていた10年間が報われた気がした。
もう二度と離さない。もう二度と悲しい想いなんかさせない。
そう、思っていたのに・・・。
「どこに・・・いるんだ・・・っ」
涙を拭かずに、ジェクトはただ滝を見つめていた。
一体の幻光虫がジェクトを慰めるように絡み付いてきた。
それがジェクトの手に触れたとたん。
「!!」
ジェクトの中に、ティーダの思いがあふれた。
「え・・・」
確かに今、ティーダを感じた。
その幻光虫は、ジェクトに触れたことにより、消滅した。
「幻光虫が・・・?ティーダの・・・」
それからジェクトたちは、ティーダの想いのつまった幻光虫を探した。
触れる度、ティーダが生まれてからの想いを感じる事が出来た。
そして、最後のひとつは。
ユウナ達がやぶった、シューイン。
レンと共に幻光虫に包まれる彼の体から最後のひとつの想いを見つけ出した。
『ユウナが、彼の復活を願っているんだ。だから僕達も力を出して彼を復活させるよ。
出来るかどうかはわからないけど・・・・』
ジェクトたちの集めた幻光虫が集まって、光り輝いた。
彼の金の髪。日に焼けた肌。
空のように透き通った、蒼い瞳。
ジェクトの視線はだんだんぼやけて、彼が出来上がっていくのをちゃんと見ることが出来なかった。
「あれ・・・・?俺・・・あ・・・オヤジ・・・」
ティーダが言葉を発した瞬間、ジェクトは彼を抱きしめていた。
「オ、オヤジ?!何泣いてんスか??」
急に抱きしめられたティーダは意味がわからなかったが、アーロンとブラスカはただただ
微笑を浮かべるだけで。
「ティーダ・・・ティーダ・・・」
ジェクトはずっと、ティーダを抱きしめ続けた。
もう二度と、こいつを悲しませない・・・・・・・
そう心に決めて。
『俺は、ここでオヤジ達に出逢えたから・・・・』
祈り子にそう答え、ティーダは少し寂しそうな顔を浮かべた。
ユウナ達の願いを退け、ティーダは異界で暮らす事に決めたのだ。
アーロンは、ティーダにもっと生きて欲しいと言った。
ブラスカは、ユウナの元で幸せになって欲しいと言った。
だが、ジェクトは何も言えなかった。
俺の元にいて欲しい・・・なんて。
なんだか頭がパニクッてきて、ジェクトは空を見上げた。
そのとき、思った。
「なんて高けえ空だよ・・・」
スピラの空と変わらない、高く澄み切った、美しい空。
いつのまにか、横にはアーロンがいた。
「覚えているか?ジェクト」
「ああ?」
「俺が昔、お前に言った事がある。空はどこまでも高く、澄んでいないといけないんだ・・・って」
「アーロン・・・」
「あの頃の俺たちは、ブラスカをどうすれば死なせずにシンを倒せるかばっかり考えていたな」
「ああ・・・特にお前がな」
ザナルカンドが近くなるほど、アーロンは無口になり、ジェクトに辛く当たる事で泣き崩れそう
になる自分を抑えていた。
思い出し、笑う。
まさか、自分がシンになってしまうとは思っていなかったが、結果的には、最善だったと思う。
「ティーダは・・・」
「ん?」
「ティーダは何故、スピラに帰らなかったんだろうな・・・」
「さあな・・・」
本当は帰った方が彼の為なんだろう。
自分の息子には幸せになって欲しい。
だけどもう、二度と離したくない。
もう二度と・・・。
「オヤジ同士でなーに黄昏てんスか?」
声のした法方を振り返ると、両手を頭の後ろに回したティーダがニタニタ笑っていた。
「っせえなあ・・・」
「うるさくない!ほら、お昼ゴハンだから早く入ろうよ」
腹が減っているティーダは、一緒に食べる人がいる時は一緒に食べると決めているため、
家に入れようと2人の腕を引っ張るが、無理だと悟ると仕方なくジェクトの横に座った。
「ティーダ・・・お前はなんでスピラに戻らなかったんだ・・・?」
アーロンは寂しそうに言うがティーダは少し考えた後、口を開いた。
「だって俺、ここでオヤジ達と暮らしていく方が良いかなって。
それにさ・・・この空、スピラと全然変わらない。だからきっと、どこかでスピラと繋がって
るんだよ。だから寂しくなんかないし、寂しくなったらスピラに顔出せばいいんだからさ、
幻光体になって」
空を見ながら言うティーダをジェクトは見つめた。
「でも・・・スピラに戻ったら、ここには死ぬまで来れないだろ?
そしたらもう、オヤジ達に会えなくなるから・・・」
「ティーダ・・・」
すくっとティーダは立ち上がり、少し恥ずかしそうにはにかんだ後、空を指差した。
「空はどこまでも高く、澄んでいなければならない・・・って、アーロンの口癖だったよな」
オヤジくせえ、と笑うティーダとオヤジといわれ食ってかかるアーロンを見ながら、
ジェクトはクスっと笑った。
空はどこまでも高く、澄んでいなければ・・・か。
ザナルカンドの空は低かった。それは、ザナルカンドが夢の世界だったから。
本当の世界に触れ、シンとなった事で本物になれた。
空がこんなにも高いんだって、実感出来た。
「ホラ、メシ食おうぜ」
アーロンをぐいっと引っ張りティーダに目配せをする。
ティーダは嬉しそうに笑い、ジェクトの代わりにアーロンの右腕を引っ張り、家に引きずる。
「俺達は死んじまったけど・・・・」
ジェクトは空に向かっていった。
「これからスピラは良くなっていくよな・・・」
スピラからはシンが消え、ヴぇグナガンが消えた。
これから本当の幸せが訪れるだろう。
それを、ずっと見守っていこう。
この素晴らしい仲間達と、スピラを救った英雄と、そして、
どこまでも高い、この空と共に。
end
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