何かが 心をつないでいる いつでも 気にしている
強い磁石に引っ張られているように 気が付けば 無邪気に笑いあう
「おい清田!!」
不機嫌そうな声が清田を呼ぶ。
「はいはい、なんですか?牧サン」
クリスマスを前にして、2人は色々と買い物をしてきてそれを冷蔵庫の中にいれていた。
「わざわざケーキ買わなくても良いだろーが!」
どうやら清田がケーキを買ってきた事が不満だったらしい。
「だって牧サン、今年は歩香サンとクリスマスは過ごすって聞いたから、食べるの俺だけかと思ってたんだもん」
「ケーキは作るもんだろうが」
「それは牧サンくらいッスよ。普通はそんな、ケーキなんて作れませんもの」
菓子作りが好きだった母の影響を受け、牧はその外見には合わない、大抵の洋菓子は作れる男だった。
「わかった。俺が悪かった。お前は作れないんだったな」
世間の男子は作れなくて良いんです」
すっかり膨れてしまった清田は、冷蔵庫を強く締めて、自室にさっさと入ってしまった。
「おい、清田」
清田が怒った理由がわからない牧は続けて清田の部屋に入ろうとする。
『お前は作れないんだったな』
自分が誰と比較されたか清田にはわかっていた。
牧が結婚したのは2年も前だ。
去年は子供まで産まれた。
もう牧は自分のものではなかった。
たかが、彼のそばでケーキを作るのが自分じゃないからって、怒る事もない。
怒る事、ないんだ。
「清田・・・。俺が悪かった・・・」
鈍感な牧は、それで清田が怒ったなんて想像もつかない。
「清田ぁ〜〜・・・」
清田を追いかけ、布団の山を見つけ、思いきり布団を剥ぐ。
「清田、ほら、ケーキ作るからさ、機嫌直せよ」
牧の手が、清田に触れる。
牧は完璧に勘違いをしている。
牧さんは、俺のじゃないんだ。歩香サンのだ。俺のじゃない。
仕方なしに起き上がる。
「ケーキはあれ食べますからいいです」
「そうか?ならなんで怒ってるんだ?俺にはわからん」
「牧サンには分からなくて良いんです。俺が悪いッスから」
怒ってない振りをしようとしても、態度に出てしまう。
「すいません、早く並べましょう。牧サン先に風呂入っちゃってくださいよ」
「あ、ああ。分かった。よろしく」
牧と壁の間を上手くすり抜けて清田はキッチンへと向かった。
折角のクリスマス・イブを家族でなく俺と過ごしてくれるってのに、俺ってば何やってんだろ。
牧が風呂に入ったのを確認すると、早速冷蔵庫から肉を取り出し適当に切る。
2年前、牧が大学へ行かずに事業団に入ると言い出した時、周りの誰もが反対した。
高2高3と神奈川MVPに輝き、高3時にはインハイ準優勝を成し遂げた、王者・海南のキャプテン。
日本バスケ界の宝とまで言われた彼には一流大学からの推薦入学枠は山のように来た。
が、それを牧はすべて断った。
家柄が相当なものなので、一番事業団入りを嫌ったのは牧の両親だった。
しかし両親は、事業団入りを許すかわりに神家の御令嬢との結婚を出してきた。
それが、牧の後輩である神宗一郎の姉・歩香だった。
牧はそれを承諾し、歩香と結婚。去年、両親によく似た双子の兄妹が産まれた。
大学へ行かなかった牧を、彼の両親は後継ぎとして認めず、牧の息子・隼人を後継ぎとした。
事実上、家族と対立した彼は結局誰にも、何故そこまでして事業団に入ったのかを言わなかった。
両親に対する抗議は日本中から届いたが、そんなものに動かされる両親ではなかった。
それからもうすぐ1年が経つ。
牧は家に足を踏み入れるのを許されていない為、生まれた時に抱いた以外、自分の子を見ていない。
隼人と娘・綾花はクリスマスの日に1歳になる。
事業団でも牧の活躍は目覚しく、牧の入った事業団は去年準優勝を果たした。
彼自身、新人王に選ばれている。
だが、2年目の今年は、牧の姿をテレビでは見た事がない。雑誌でもだ。
「おお、良く出来てるな」
清田の手によって描かれていく食卓を見て、風呂から上がった牧は満足げに言った。
「俺直伝の腕だからな」
「そおッスヨ。牧サンの真似してやっとここまでになったんスから」
清田も機嫌を取り戻していた。
最後の盛りつけも満足のいくものだった。
「どーぞ牧サン」
「ありがとう」
「清田」
「なんスか」
「今日、泊まってっても良いか?」
「・・・・・・・・」
夕食も終わり、清田は風呂に入ろうとしていると、牧がそんな事を言ってきた。
「・・・歩香サンとケンカしたんスか・・・?」
「そうじゃない・・・・清田・・・」
牧は言わんとしている事が判って、バッと紅くなった清田は一言、
「良いッスよ!!」
と叫ぶと、風呂場へ消えた。
「・・・・・清田・・・・・」
牧の心中は、揺れていた。
一方、恥ずかしさのあまり茹でタコ状態の清田は、紅くなる反面、色々な事を考えていた。
超久しぶり・・・。牧サンが結婚してからだから、約・・・2年振り・・・?
牧サン・・・・・・やっぱり俺の事、まだ捨てきれないんだ・・・・
一体、歩香サンと俺、どっちが好きなんだろう・・・
どっちを、愛してんだろう・・・・・・
本来、自分達のしている事は決して良い事ではないのは百も承知である。
ただ、お互い好き合って、どうしようもなくて・・・・
でも、そしたらなんで牧サンは歩香サンと結婚した・・・?
なんで、事業団に入らなかいけなかった・・・?
清田は、牧から何も聞かされてなかった。
『ごめん・・・・』
結婚すると言われた時も、たった一言で、頭を下げられた。
本当はその頭を蹴りたいくらいショックだったけど、牧サンは結婚式の中、とても幸せそうだった。
隼人君が生まれた時だって、あんなに幸せそうで・・・・
そんな牧サン、俺怒れないじゃん・・・・
チャプチャプと音を立てて、清田は鼻までつかる。
そして決心をした。
今日、牧さんに言わなくちゃ。
俺達の、今の関係の有りかたを。
身体だけ繋げたんじゃない。心も、きっちりと繋げたんだ。
俺はこれから先、牧サンの一番の理解者になる。
恋人・・・という枠じゃなくなるだけ。一番の親友・・・という枠になるだけ。
辛い時、なんでも相談し合える、そんな関係に。
素早く身体を洗い、清田は巻きの待つ寝室へとむかった。
君がいるなら 戻ってこよう いつでもこの場所に
けがれなき想いが ぼくらを呼んでいる
I can hear the calling
「牧サン?」
真っ暗な寝室の中に、牧はいた。
「何真っ暗にしてんスか、牧サン?」
電気をつけようと壁を擦って、牧がいきなり大声を上げる。
「付けるな!!」
「な、なんでですか?そんな大声出さなくても」
「いいから・・・・・来い・・・」
だんだん目が冴えてきて、牧を捕らえる。
牧の前まで行くと、牧は彼の体を抱きしめた。
「牧・・・・サン・・・・??」
そのまま押し倒されてしまう。
「今夜・・・今夜だけだ・・・清田・・・」
「・・・え・・・?」
「今夜だけ、許してくれ・・・」
清田を力強く、抱く腕。
「抱かせてくれ・・・・ッ」
「牧サン・・・・・」
彼の大きな背中を、抱く。
「今日でちゃんと、俺父親になるから・・・」
牧は、ただがむしゃらに清田を抱く。
「これで、最後だ・・・」
「・・・え?」
牧の声が震えているのと、最後という意味が分からず、清田は聞き返した。
「俺達、これで俺達は一番の親友になるんだ」
清田が言おうとした事を言う。
「俺達、身体を重ねるだけの関係じゃないはずだ。もっと・・心の奥の方で・・・・繋がっているはずだろう?
俺は、お前を裏切って、結婚した・・・。お前が辛い気持ちになるなんて、わかってた・・・ッ」
「・・・・・」
「でも、俺が事業団に入るためには、神のお姉さんと結婚して、俺の血を引く子を作らなければならないって、
両親も言うし、俺自身、夢を叶える為には事業団に入るしかなかった」
「・・・夢・・・?」
「そうだ。夢だ・・・・でもまだお前には言わない。明日言うつもりだからな」
抱いた腕の力を緩めて、牧は清田を真正面から見て、微笑んだ。
声にもう震えはないが、少し顔色が悪そうだ。
でも、2人して同じ事を思ってたんだ・・・・。
「牧サン・・・・、それ俺が言おうとしたんスよ・・・」
牧の顔がだんだんぼやけてくる。
「・・・そうか・・・。やはり俺達は心で繋がってるんだな・・・」
「そうだね・・・牧サン・・・」
もう駄目だ。牧サンが見えないや・・・・。
「清田・・・泣くなよ・・・」
清田の涙を唇で拭い、深く口付ける。
「ん・・・ふ・・・」
2年振りのキスは、なんだか凄く優しくて・・・でも、なんだかとても切なくて。
でも、そのキスが2年間二人の間にあったぎこちない距離を縮めてくれた気がして。
清田はほっと溜め息をついた。
「・・・明日、一日だけ、子供に会うのを親が許してくれた」
「マジっすか?!」
「ああ。子供の誕生日だけだって。それだけでも、俺は嬉しい・・・・」
「そっか。牧サン、すごい嬉しそう・・・・・」
これで、最後。
この行為が終われば2人は生涯のパートナーになれる。
恋人とは違う、一生涯のパートナーに・・・・
最後なら、思い切り感じよう。
彼が今まで俺に与えてくれた愛を、心に留めておくために。
「んー・・・・・・・・」
寒くて目が覚めた清田は暗がりの中、時計を見やる。
2時42分。もうクリスマスだ。
横には、安心しきった顔の、牧。
でもやっぱり顔色が悪い。どうしたというのだろうか。
その牧も、たまにごろごろと寝返りを打って、寒そうだ。
12月に裸で布団に入る事自体、寒々しい。
でも、なんだか凄く暖かい気がした。
ふと、つけっぱなしのラジオから、小さくはあるが、音が聞こえる。
「・・・牧サンの好きな曲だ・・・」
結構前に発売されたCDで、自分でも歌詞が気に入って買ったのを思い出した。
今どこにあるのかはわからないが・・・・。
思わず口ずさんでみる。
「んー・・・・・??清田・・・?」
「あっ・・・牧サン、起こしちゃいました?すいません」
まだ寝ぼけ眼の牧は、目を擦りながらムクッと起きあがった。
「今・・・何時だ・・・」
「2時43分ですよ。そろそろ帰ります?」
「・・・ああ。帰るかな・・・」
うんしょ・・・・っと言いながら起きる牧に清田は親父臭いなあと言い、牧の拳骨をくらう。
もう大丈夫。
牧サンは歩香サンと、一年振りに会う子供のところに行く。
もう大丈夫。
牧サンも同じ気持ちなんだから。
俺達は一生涯のパートナーなんだから。
そう思いながら、清田はふと牧を見た。
ベッドから降りた牧の歩き方がおかしい。
どうもふらふらしている。
そうだ。顔色だって悪い。
「牧サン、身体の調子悪いんスか?」
「え?別に?」
確かにもうふらついていなかった。
でも一瞬、清田にはふらついて見えたのだ。
・・・気のせいか・・・。ならいいや。
散らかっていた服に丁寧にもアイロンをかけてから着て、牧は玄関口に立った。
「・・・じゃあな、清田。また会おうな」
いつも通り、軽く手を上げてうっすらと笑う。
「はい、牧サン」
まさか、これが最後の会話になろうとは、清田はまったく考えていなかった。
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