この声が聞こえるかい
wow wow wow wow
今なら聞こえるかい
どうか苦しまないで
冷たい北風が吹き始めるのを合図にするように一斉に飾りたてられた街のイルミネーションが、
20世紀もあと数日で終わる事を告げる。
思えば今年は案外良い年だったな・・・と、ふと店の前に飾られているクリスマスツリーを眺めながら
信長は思った。
海南大付属高校を卒業し、そのままエスカレーターで海南大に入学してから2年。
バスケでそれなりの成績を残し、全日本ヤングメンの仲間入りを果たした。
来年は21になる。思えば随分年を取ったな・・・と、ふいに想い出す事がある。
年も終わりに近づくにつれて、1年の様々な想いが頭を駆けめぐりだす。
楽しかった事、嬉しかった事・・・そうしているうちに、どうしても思い出したくなかった出来事が
脳裏をかすめていった。
「・・・・・牧サン・・・・」
日本バスケット界を支えてきたエースガード・牧 紳一の突然の死は、バスケ界のみならず、色々な所で
話題に取り上げられた。
日本一を誇る競走馬生産・育成ファーム・『牧ファーム』社長の父と、日本各地に店舗を持つ、
トップクラスの医学病院の院長の一人娘との間に産まれ、バスケット界で旋風を巻き起こしていた牧 紳一。
去年の12月25日・・・クリスマスの朝早くに交通事故で21という若さでこの世を去った彼は、この世に
今年2歳になる双子を残して逝ってしまった。
信長は、彼が好きだった。先輩として、人として、男として好きだった。
彼に憧れてバスケットを始め、彼のいる高校に一生懸命勉強して入学し、彼と同じ道を歩んできた。
とにかく常に彼の後ろを歩み、ことあれば並んだり離されたりしながら、彼と共に成長してきた。
自分と別れて結婚すると言われた時も、流石にショックだったが、これ以上の幸福はないと言わんばかりの彼の
笑顔を見ているうちになんだか許す気になってしまった。
やがて彼に子供が出来て、うっすらと肌の黒い男の子を嬉しそうに眺める彼の姿を見ていると、心が和む気もした。
会う度に細くなっているのではと思わされるくらいバスケと家庭で忙しそうな彼は疲れはしていたが、元気に
事業団でバスケをしていた。
そう。まるで交通事故にあうなんて嘘みたいに・・・。
彼の死を聞いた時、信長は始めそんな事を言う神がおかしくてしかたがなかったが、おかしいのは
自分だと知った時、涙は出なかった。
悲しかったのかも分からない。
自分の心が彼の死を受け止めてないのだろうと、そう言い聞かせて、信長は1年を過ごしてきた。
明日で1年がたつ。
心は未だに悲しめと命令しない。
なんて心の冷たい奴なんだろう。一番牧さんに可愛がられてたくせに・・・・
そう思われているのも知っている。自分でもそう思うのだから。
でも、本当に悲しいとは思わないんだ
・・・・でも、すごくこの日が懐かしいのは何故だろう・・・・
約束の時間に少し遅れて信長はホテルに着いた。
「清田様。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
案内されて、先に来ている神と、彼の姉の席に着く。
「待ってたよ、ノブ」
「神さんに・・・歩香サン・・・お久しぶりです」
牧さんの結婚相手の歩香さんは、神さんと3つ違いで、牧さんより2つ違う、彫りの深い、牧さんに
ぴったりの綺麗な人だった。
「なかなか会えなかったものね」
「すいません、色々と忙しかったもので・・・・」
正直に言えば会いたくなかったのが正解である。
悲しくはなりはしないが、彼女の顔を見ると懐かしさが募ってくるので、なるべく顔を見ないよう
暮らしてきたのだから。
「そうね。色々あったしね。でも、2人にお祝いがあるのよ」
歩香さんは、そう言うと、カバンから綺麗にラッピングされた2つの袋を出した。
「ハイ、2人にお祝い。遅くなったけど、インカレ優勝、そして、海外遠征お疲れ様」
「ありがとう、姉さん」
「ありがとうございます、歩香さん・・・」
ピンクのリボンが、いかにも歩香さんらしい。
「・・・そう言えば、歩香さん、隼人くんは・・・?」
「今日は母親に預けてもらっているの。大事な席にあの子は連れていけなかったのよ。幼児は
入場禁止でしょ?」
「はあ・・・・」
牧さんの息子の隼人は、明日で2歳となる。父親の命日と誕生日が一緒なのは、少し可哀想である・・・。
「・・・向こうの人に会う度にね・・・あの人に似てるって言われるんだよね・・・」
神さんは、あえてあの人の名前を言わない。
俺と歩香さんの事を考えて。
「そうッスか・・・そっくりなんスか・・・」
「綾花ちゃんも、姉さんそっくりなんだけど、なんかあの人に似ている所があってさ・・・」
少し遠い目をしながら、くすっと笑ってみせる神さんが、今日はやけに大人びて見える。
「神さん、どうしたんですか?なんか凄く機嫌良いみたいですけど・・・」
「あっわかるかしら?宗一郎ね、昨日婚約したのよ」
「えー!!神さん結婚するんスかー?!」
「こら・・そんな大声出しちゃだめだよ・・・」
ホテルにいる事なんかすっかり忘れていた信長は、慌てて静かになる。
「・・・でも・・そりゃあ、お祝い事ですねぇー・・・」
「で、この式ってわけよ。是非ノブ君も宗一郎のお祝いしてちょうだいね」
「そりゃあ勿論、喜んで!」
高校、そして今でもお世話になっている神さんのそんな式を祝わない訳がない。
「一応、大学を卒業してから結婚する事になっているのよ」
「それで、相手の人は??美人なんスか?!」
神さんの意中を射止める人なんて、相当の美人に違いない。
「それがだね・・・聞いて驚いて」
「誰なんスか?」
「超が付く程のご令嬢・あやめさんなのよ」
あやめさん・・・??
「ノブのお知り合いのはずだよ」
俺の知り合いで、あやめなんて名前のつく人で、ご令嬢なんて言ったら・・・あの人しかいないじゃないか・・・
「・・・牧・・・さんの・・妹さん・・・ですか?」
「・・・そう。あやめさん。実は、4年前からずっとお付き合いさせてもらっていたんだけど、どうしても・・・ね。
あやめさんも大学行きたいって思ってたし、俺もまだバスケしたかったから、時期を考えようって事になってて、
やっと先の事が見えてきたから、じゃあ婚約しようって事に決まってね」
神さんは嬉しそうに語る。
神さんの家も代々伝わる名家である。
あやめさんは、神さんと同い年の、もちろんバスケットが好きな人である。
兄同様、うすくかかった茶色の髪が綺麗で、すごく、本当に綺麗な人だ。
「そっかー・・皆、結婚しちゃうんですかー・・・」
「何言ってんのノブ。20すぎてすぐ結婚する人なんて少ないよ」
「ノブ君の周りで結婚する人が早いだけよ、気にする事はないよ」
「そんな。気になんてしてませんよ。俺まだ結婚したいって思うほどの人に巡り会ってないですよ
そう言って笑うしかない。
結婚したいって思うぐらい好きになった人は、1人いる。
でも、どうしてもその人と一緒になる事は出来なかった。
だって・・・一緒になれる訳、ないじゃないか・・・
「いつか会うさ」
「神さん・・・・」
「絶対にね・・・。ノブを一人にしておける人がいる訳ないじゃないか」
「そうね。ノブ君の魅力に引っかかっている人、実はもういたりしてね」
姉弟で顔を見合わせてくすくすと笑う。
「い、いませんよぉぉー!!くすくす笑わないでくださいよー」
つくづくこの姉弟は似ている・・と思った。隼人がこの親に似ないように祈るしかない。
家に帰ると、主人の帰りをずっと待っていた猫が、駆け足で玄関に走ってくる。
「おーノブ。いい子にしてたか??」
自分の同じ名前の猫は呼びかけるとニャーンと返事をする。
頭を撫でて、冷蔵庫を開ける。
見事に何も入っていない冷蔵庫から、ビールを取り出して、一気に飲み干す。
そのあと、猫の缶詰を取り出し、餌受けに入れてやる。
顔を傾けて美味しそうにうにゃうにゃ言いながら食べる猫を見ながら、ひどく疲れたように感じる
体を風呂場まで持っていき、すでに湯気を立てている湯船に飛び込む。
「足痛ってー・・・明日こむら返りそうだな・・・」
30分くらいつかって上がると、時計は11時を指していた。
ノブを探しに奥の部屋に進むと、案の定、ノブは布団の上で丸くなって寝ていた
可哀想だけど押しのけて、何も着ないまま眠りにつこうとする。
途中潜り込もうと必死に頭で肩を押してくるノブの布団に入れてやり、肌に直接触れる猫の毛を心地よく
感じながら、信長は寝ようとした。
1時間たっても寝れなかった。
代わりに思いだすのは、一年前の出来事。
『今夜・・・今夜だけだ・・・清田・・・』
そう言って自分を力強く抱く、腕。
『これで・・・最後だ・・・』
何度も何度も身体に触れる、指。
忘れる事の出来ない、声。
『清田・・・・』
「あっ・・・・」
感覚が蘇ってくる。
「牧・・・さんっ・・・」
慣れた手つきで、自分を追い上げていく、手。
「はっ・・・・・」
『ほら・・・清田・・・、俺のもやれよ・・・』
「やだ・・っ牧さん・・・っ」
『やだじゃないだろう・・・。気持ち良いくせに・・・』
「ああ・・・っ」
途端に欲望を放出してしまった。
「ハアハア・・・」
『お前は・・・俺のだ・・・』
「俺は・・・何やってんだ・・・・」
情けなさから、思わず涙が出てくる。
「俺は・・・一体、何を・・・」
あっと言う間 時間は積もり 何も 見えなくなりそう
街の色も 変わりつづける中で なんだか 今もいっしょにいる
クリスマス。
誰もが喜び、歌い、幸せを願う日。
バスケット界は暗闇に包まれていた。
クリスマスに似合わない黒い服を着た人たちが、次々と牧家に集まってくる。
『牧 紳一 1周忌』 のために。
「牧・・・・」
高校時代、彼の一番のライバルだった藤真が、花を添えて呟いた。
「お前、本当に死んじまったんだな・・・・」
去年の葬式とまったく同じ言葉を呟く。
「・・・・・・」
昔のライバル達が、次々と花を添えにやってくる。
あれは・・・湘北だった赤木と流川だ。
そうか。流川は深体大のプレーヤーになったんだった。
宮城さんも、三井さんも深体大に行き、あの赤毛猿だけ、違う大学入ったんだよな・・・。
「ノブ」
名を呼ばれて、ふと後ろを向く。
「神さん。どうしたんですか?」
「こんな事やってもらってありがとうね。今向こうの人と挨拶おわったんで、代わるよ」
神は、信長の手から花を奪うと、次々と入場してくる人達に手渡し始めた。
「・・・ノブは、挨拶してこないの・・・?」
いつまでもそこにいる信長に神はぼそっと呟いた。
「・・・ええ・・・。俺、向こうの人にあまり良い顔持ってないんで・・・」
息子を同性愛の道に連れ込んだとずっと思われているので、両親とは会いづらいのだ。
それでも、ちゃんと1周忌のはがきを送ってくれるのだから、前よりはましかな・・・。
と、思う時もあるが、もう自分の出る幕ではない。
牧家には、きちんと隼人という跡取り息子が産まれた。
どちらにしろ、大学へ行かずに事業団に入ってしまったため、牧さんが牧家の跡継ぎになれる
事はなくなってしまったのだから。
そう・・・。牧紳一という男が牧家にいなければ、自分と牧家との関係なんて、ないに等しいのだ。
なんて考えていると、どこかから鳴き声が聞こえる。
「・・・はあ・・・。あいつか・・・」
去年も聞いたその鳴き声は、190を越える、男らしい背中の持ち主が立てているのだ。
「わあー・・・・。牧さぁぁーん・・・」
「ちょっと・・・情けないからいい加減泣きやめよ、仙道!
大きい背中を猫のように丸めて、仙道は今日は違う髪型を越野に撫でられながら大泣きしていた。
去年もこいつが一番泣いてたんだっけ・・・・・
牧さんより1つ下で、今も湘北の永遠のライバルである陵南のエースだった、俺の今の先輩・・・・・
海南大3年の仙道は、彼が高2の時のインハイ後から牧さんと親しくなった。
俺も大学に上がってバスケを教わった。
誰よりも強いと思っていた彼は今、顔のパーツが変わっちゃうんじゃないかってほど泣いている。
彼を心から尊敬し、彼の為に泣いている、仙道。
これが、死。
これが、人の死なのだ。
「仙道・・・・」
大きい背中を丸めて、神さんから花を貰って牧さんの写真の前に立った時、彼の涙はピークを迎えた。
「うううー・・・牧さん・・・」
彼の涙は他の人の涙も誘う。
藤真・・・赤木・・・諸星・・・沢北・・・数々のライバル達、そして幾多の試合に望んできた沢山のチームメイト。
「仙道の、莫迦野郎・・・っ」
綺麗な顔に涙を浮かべて、藤真さんが仙道の頭を叩く。
俺はそれを、ぼんやりと見ていた。
「ノブ・・・・・」
神さんが呟くのも聞こえないくらいに・・・。
家に着いたのは午後3時だった。
疲れがたまっている。これからあと、何も約束はしていないな。
俺は、少し寝ることにした。
俺は、夢を見た。
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