「ダズンローズ」20180602
モデル兼さん×花屋国広

花鋏をいれたガーベラの束の茎がパキッと折れた音と同時にカウベル調のドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」と顔をあげると余裕げに微笑んだ和泉守が「よう」と片手を振っていた。
「どうしたのその格好」
挙式から抜け出してきた風の白いタキシードに身を包んだ和泉守に思わずあんぐりと口が開く。
「近くに教会があるだろ?あそこで撮影やってんだよ」
堀川の同居人であるこの和泉守は長い睫毛に横幅のある碧色の瞳、筋が通った鼻梁に薄く艶のある唇と整った顔立ちに加えて顔が小さく長身ときてモデル業に引く手数多なのだ。どこにも所属はしていないので直接依頼を貰ってかつ気が向いた時だけという不良な条件ですらこうやって仕事として成立するので、本業とは別に小遣い稼ぎでたまに引き受ける事にしていると本人は軽く語っている。
「衣装のまま出てきて大丈夫なの?」
「そりゃあカレーでも食おうもんなら止められるが、花屋に寄る位大丈夫だろ」一つにまとめた黒く長い艶髪を肩口から前に流し腕を組み立っている。和泉守はそれだけで絵になる。
窓の向こうに行き交う女性たちが通り過ぎるたびにハッとした表情になり、店主夫妻とバイトの堀川と午前中にだけパートを雇っているこの小さな花屋はたちまちドラマのロケ地にでもなったかのようだ。
目立ってるって意味だったのだけど。
直接そう言うと己の容姿に自信のある和泉守は臆面もなく「そうだろう?」と良い風に解釈して得意げになるので堀川は聞き流すことにした。
「結婚式の写真……だよね」
この衣装で他に何があるのか。馬鹿馬鹿しい問いかけだと我ながら思う。
「花婿だとよ」
退屈そうな口ぶりだった。シチュエーションに乗り気になれないのだろうか。
「ふぅん。じゃあ今日は花嫁さんと二人での撮影だね」
平然を装いながらも胸は早鐘を打っている。花鋏の動きはやたら早い。
探りをいれているのは丸わかりだろうが、堀川にも動じていない素振りをする位の自尊心はある。
「いや、被写体はオレ一人だけ」
拍子抜けする。
花婿役の撮影なのに肝心のパートナーが居ないからイマイチ気が入らないのだろうか。ほっと胸をなでおろした表情は見られてないと良いのだけど。
「なぁ、国広ぉ」
手狭な通路からぐるりと陳列棚からガラス張りのショーケースを見渡して名を呼ばれる。
「なに?」
「花ってよお。一輪だけでも買えんのか?」
「うん。大丈夫だよ。お任せ下さい」
店員の営業スマイルで首を傾げる。
「じゃあ、これを一輪」
和泉守が指した花桶の赤い薔薇を一輪だけ器用に抜き、セロファンに包み赤いリボンをかけて差し出す。
そういえばこうやってお客さんに対しての対応や表情を見られたのは初めてかもしれない。
「いくらだ?」
「これはね、400円」
和泉守がタキシードの内ポケットから出した小銭を受け取りレジを済ませ、レシートを渡すと、交換するように先程自分がラッピングした薔薇がエプロンの胸ポケットに差し込まれた。
不思議に目を丸くしていると「返事は?」と催促されたが、意図がよく分からない。
「? プレゼントしてくれるの?ありがとう」
「まぁ、そうなんだが」
肩透かしをくらった風の和泉守は髪を?きあげながら言葉を探す。
「こうやって薔薇を一輪胸に挿すのがプロポーズになるんじゃねえのか?」
どこかで見聞きした知識を再度確認するように虚空を見つめて思い返している。
「ああ。ダズンローズのことかな。あれは男性が薔薇の花束を渡して、その内一本を女性が抜いて男性の胸に答えとして挿すんだよ」
「なんだ渡すのは花束かよ」
どうやら記憶が混同していたようで、やっちまったと舌を出してばつが悪そうな和泉守の表情が可愛らしくて堀川は目が細くなる。
「まぁ今は小銭しかねえし、また今度な。じゃあそろそろ行ってくる。それ、やるよ」
腕時計を一瞥した和泉守は足早にまたドアベルを鳴らして、振り返ることなく目立つ衣装のまま帰って行ってしまった。
小さくなる後ろ姿を見つめながら、存在するだけで華になる人だと改めて思った。
「兼さんから貰っちゃった」
切りそろえたのは自分だから不思議な気もするが、たしかに和泉守から贈られた一輪の薔薇を優しく撫でると嬉しくて高揚が抑えられない気がしてくる。
「でも兼さんて意外にロマンチストなのかな。ダズンローズなんて……」
瞬間。耳まで紅潮する。
やっと事態が飲み込めた。 和泉守が、自分に、プロポーズの真似をした。
――返事は?
あの言葉の意味をやっと理解した。
「あ、あの人、本当に……もう?」
形の良い唇の動きが何度も何度も脳裏に浮かぶ。
「今度って……はぁ」
元々駆け引きなんて出来る性分ではないが、いつだって自分ばかり惹かれて惚れて追い求めている。堀川のそんな気後れする感情をあっけらかんと打ち消す和泉守の表現には妬いてしまう。
あれほど真っ直ぐに自分の気持ちを伝えられたらどんなに。
花びらの潤いに唇を寄せて、想う。
「……YES、だよ」

今度はちゃんと言うね。兼さん。

【了】


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