#兼堀版夜の真剣創作60分一本勝負 お題『前の主生誕記念日』20180505
(※検索除けにフルネームを前の主と置き換え)
盆に載せた山盛りの沢庵を摘もうと背後からにゅっと伸びてきた手の甲をぴしゃりと跳ね除けると痛ぇと大袈裟な反応が返ってきた。
「立ったままで行儀が悪いよ」
「どうせ後で食っちまうんだからいいだろ」
「今日はなんの日かご存知?」
「ああ。朝から酒呑んで良い日だろ」
注意したそばから立ちっぱなしで柱に寄りかかった兼さんが、どこから入手したのか日本酒を注いだ木升の平面に唇をつけてぐいっと飲み干す姿に感傷の色は見えない。
祝いの日なのだから、そりゃそうだろうと返答されるかもしれないけれど。
「土方が生まれた日ってか」
沢庵を摘みながら酒が進む兼さんが酔いが回ってきたのか鼻先を少々赤くし、滑舌悪く呟く。
今日は僕らに最も。いや、唯一近しい人間。前の主である土方さんの生まれた日、らしい。
個人の生まれた日をそれぞれ祝う風習など昔はなく、あれば正月に数え年を祝うくらいだったし、僕らに土方さんが今日は俺の誕生日なんだぞだなんて語りかけた事は無かったし(多分)共に生きた期間があったとはいえ生まれた明確な日付は僕らも人の身を得てから文献で知った口だ。
「なんか怒ってない?」
「怒っちゃいねえが、腑にも落ちてねえな」
釈然としない様を隠さない兼さんの本音は大体見当がつく。
こんなことに意味があるのか、と。
否定するわけではないが習慣がない分、共感はしかねるのだろう。
「現世では誕生日を祝うんだって。こうやって好物を用意したりしてさ」
「んで、来週の今頃もオレは朝から酒呑んでんだろ?」
「命日も近いからね。でも、それはそれだよ 」
差し出された升に酒を継ぎ足す。
「まぁ、ね……」
もしかしたら、僕らの記憶に、記録にないだけで、土方さんもこうして生まれた日を祝ったことがあったのかもしれない。
少なくともあの戦地で鉛玉を受けなければ、その後老いて伏せるまでの間にそんな機会があったんじゃないか。
ほら、こうやって彼を慕う部下なんかにさ。
「付き合ってよ、今日は」
少し、語尾が滲んだ。
見ないふりをする兼さんは優しい。
今日の場の用意をしていた僕を見つめていた加州さんと大和守さんは前の主について祝うことはしないと言っていた。
生まれた日が記録されていないことも理由だろうけど、彼らの一番の主張は今の主が居るのだから、ということだろう。
審神者は優しいから咎めはしないけれど、刀によってはいつまで前の主を引きずっているのだと呆れる了見なのだろう、僕が今しようとしている真似事は。
「……思い出す日が一日増えるのは、そんなにも悪いことかなぁ?」
いけない。悪い酔いが回ってきた。
そんな僕の肩にいつものように手が回ってきて、自然に引き寄せられる。
人は肉体が死んだ日ともう一つ、生きている人たちの記憶から消えた日に再び死が訪れるなんて話を聞いたことがある。
僕は。
許されるならば。
土方さんに、生きていて欲しかった。
その側に、願わくば兼さんと二人で、一緒に生きていたかった。
そんな願いを口にする日があってはいけないのだろうか。
誕生日を祝うなんて、口実だ。
本来なら今の僕が殊更語るべきではないことを、兼さんに聞いて欲しかった。ただそれだけだったんだ。
そして、そんなことは織り込み済みだから、兼さんはどこか冷ややかだったのだろう。
「オレたちには生まれた日も死んだ日もありゃしねえからな」
「……兼さんが僕を思い出す日を決めておこうかな」
逞しい腕の中でまどろむ。
「そんな日決めてもオレは思い出しはしねえぜ」
酷いなぁって笑う。
冗談だと笑い返してくれると思ったのだけど。
「置いていったか、置いていかれたか。そんな日のことをオレは思い出したくないね」
あれ。語尾が。
「毎日、毎日忘れてやる」
滲んだその言葉を口にする唇は少し震えていて。
赤い鼻をすすったその顔は少し幼い。
同じ心が此処に在るのだと気付いて、僕は自然と微笑みを浮かべながら泣いて。その最愛を引き寄せて抱きしめた。
【了】
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