140文字短編集
■17/09月分 「ねぇ、兼さん。遡行軍を殲滅して、いつかこの戦が終わる時が来たら…」 「…来たら、どうするかって?」 「僕は戦以外で役に立てるかな」 「どうだろうな。まぁそん時が来たらとりあえずオレの飯でもこさえてくれ」 「…そうだね。僕らは刀だけど、もう刀じゃなかった」 殺すことに抵抗はないけれど、 (だって僕らはそういう道具だから) だからといって殺すことを好き好んでいるわけじゃない。 そういう道具の僕らの肌が触れ合うとこんなに心地が良くて、気持ちよくて、堪らないなんて。 僕も兼さんも知りたくなかったよ。 兼さんの言い分 「相補関係なんざ言われたりもするが、あいつはオレじゃないし、オレはあいつじゃない。言わなきゃ分からねえことばかりだし、確かめなければならねえことだらけなんだよ」 「だからって目の前で急に愛してるとか堀川口説くの止めてくれない?ウザいよ」 青い電気石を埋め込んだ様な澄んだ丸い瞳が瞬きもせずこちらの顔を注視していて落ち着かない。 「なんだよ、なんかついてるか」 「……兼さんて」 臆面もなくかっこ良いよねと続けるものだから、流石のオレも吹き出した。 まずは…お弁当とお酒を持って行ってお花見でしょ? あ、花火も見たいな 海はちゃんと見た事無いかもしれない…僕ら泳げるかな? お月見も紅葉狩りも雪合戦も… お昼に干したふかふかの布団で夜は一緒に寝て、朝は寝顔を見て あ、居るんだって感じたい …早く兼さん来ないかなぁ 古今東西の兼ぬいと兼フィギュアを集めた堀川国広の自室はさながら人形供養の様相をなしていた。 壁にはポスター、タペストリー、コルクボードに貼られたキーホルダーやラバスト…が四方八方を取り囲み、堀川以外の者がその部屋で寝ると金縛りにあうという。 「あー落ち着くなぁ」 「これ、返すね」 赤く光る絆の証を手の平に差し出す国広の顔は逆光でよく見えなくて。 「本当に大事な人にあげて」 「いや、要らねえ」 泣いている。 …なんて、願望が過ぎるか。 「渡すなら、お前が最初で最後だ」 これは虚勢なんかじゃないぜ。 まだ指の腹で数回擦っただけなのに膨らみがさっきより硬くなっている。間を置かずに少し強めに摘み上げると背中が大きく跳ねた。好きなんだよな。なぁ。親指に握り潰す位力入れるのが好きなんだよな。このまま捏ねてるだけで果てちまいそうだな国広。 ああ、寝てるんだっけか。 「今夜はいつもより冷える夜だよね」 おっとこの口調は寝る前に熱燗でも用意してやがるなこの野郎。 そうだなぁと抑えがきかない笑みで返したら、だよねと懐に飛び込んできて、だから今日はくっついちゃうだと。 しょうがないから抱きしめて髪の毛クシャクシャにしてやった。 砂の粒にしか見えないのだけど、これは香る媚薬らしい。本当に効くのかな。 「なんだこりゃ」 小袋をひょいと取り上げられ、慌てて取り返そうとするも頭上に持ち上げられてしまって。 「何も感じない?」 「何も?あー強いていうなら…」 腹減ったなぁとご飯を食べて、シた。 斬って戦う事が出来なくなっても生きてるなんて人の身って厄介だね。どうすれば死ねますかと聞いたら心が死なない限りその身は生きるだって。足手纏いの役立たずは何故生きているのだろう。 兼さんが泣いて僕を抱きしめて、その意味を分かった気になる自分が嫌で嫌で。早く、早く。 ものもらいってやつで昨日から左目に眼帯をつけている兼さんは不均衡だとかで燭台切は凄ぇなと漏らして、死角に頭をぶつけていた。気配すら感じにくいらしい。早く治ると良いねって体を支えながら、もし治らなかったらこれあげるって僕の左目を指したら、困った顔をして可愛かったよ。 兼さんが完治後、僕もはやり目ってやつで右目に眼帯をつけている。手を取られたけど感染するから断ったら溝にハマって足まで挫いた。無理やりおんぶされて情けないったらないのだけど。「オレは目玉やるとか言えないけどよ、ここに居ろよ」だって。 背中おっきくて、ずっと居たいんだ。 特に意味はなく、なんとなく下腹部を丸く撫でて余韻を楽しんでると、膝を曲げた正面の兼さんが腰を引く形で僕のお腹に耳を当てた。 何か聞こえたら吃驚しちゃうけど、そういえば僕ら自分の体なんてよく知らないよね。 ねぇ、兼さんならこの体の可能性を確かめてもいいよ。 隊長として出陣して戦果はB評価。情けねえ。 大丈夫かと駆けつけた手前の左頬が思い切り腫れ上がってて固まっちまった。歯が折れたけど手入れして貰うから平気じゃねえよ。今この瞬間痛いだろうが。 恐る恐る触れたら、一瞬目をギュッと瞑って、ありがとうだと。訳わかんねえ。 ■17/10月分 兄弟の前だろうが構わず抱擁した二人は一時とはいえ別れの瞬間というのに、存外悲しみとは無縁のようだ。 「だって、今よりかっこよくて強い兼さんに会えるからね」 弟はキラキラ笑う。 ――最先端 最新の過去であり、未来。 ああ。そういうものを二人で見つめて来たんだったな。 ■17/11月分 一回り大きな体が作る影が自分に覆い被さっている事に気付いた時に目が覚めた。横になったままの上半身に顔を埋めてしがみついている様は僕を慰めているようにも、僕に慰めて欲しいようにも見える。いつの頃を空想しているか分からない瞳で、あの時こうしたかったと呟く最愛を撫でた。 知ったような口を聞きながら発する昔話も記憶に刻まれたと認識しているだけのただの逸話で、当時の本当の出来事も気持ちも誰も共有なんかしていない。実際僕らは何故別れたか、今何処に居るのかすら分からないのだから滑稽だ。 それでもね、貴方に逢いたかったのは本当だよ。 ■17/12月分 華美な晴れ着に負けないようにきつめに強調された太く長い睫毛の影が?に落ちて国広じゃないみたいだ。 「後は口紅。堀川下手くそだから引いてあげてよ和泉守」 宜しくお願いしますと少し突き出す唇は解るが、何故か瞳も閉じるので思わず口づけたら、違うだろと加州に頭をはたかれた。 炎に包まれた家屋で自分に向かって伸びる焦げた指先を帰還の時まで見つめた兼さんの碧色は眼底が透けそうな程遠くて。 せめて背中に押し付けられた額の熱を吸い取ってあげたかった。 僕の体全部、その為に生まれてきたかのように扱って良いんだよ。 待ってたんだけどねぇと加州さんの視線を辿るとこたつに突っ伏した兼さんの口がへの字で。遅いんだよって怒られちゃうなこりゃ。 夜着をかけると薄っすら目が開いて。あっ、と思ったら。 「……良かった、戻って来て」 そのまままた寝ちゃったから、どうすれば良いか分からないよ。好き。 ――温めて食べてね 煮物にかかったラップを突きながら時計を見る。全然針が動かない。壊れてんじゃねえのか。 「物臭だねぇ、和泉守」 「面倒くせえ。オレはやらないぞ」 そうだ。レンジにいれてボタンを押すだけなんて面倒だ。 さっさと帰って来てちゃっちゃとやりやがれ国広。 なんだ間食に茶碗蒸しって珍し…え?ぷりん?へぇ、洋菓子か。 どれどれ、一口。ぐっ…んんん? いやいや、ごめんね下げるねじゃねえんだよ。こんなもん隠し持ってやがるとはやるな国広。もっと作れ。 「和泉守が凹んでるんだけど、なんかあった?」 「ああ…いやぁ、しょうもない事なので気にしないで下さい」 「随分な言い草だね。あいつだって傷つく事もあるでしょ?」 「うーん、とはいえ原因が…。歌仙さんが僕の事を国広って呼んだんですよ。そしたら兼さん怒っちゃって。お前が国広を国広と呼ぶな!って。そこまで言わなくてもって仲裁に入ったら、お前も言われてんじゃねえって矛先が向いてきちゃって。逆ギレって分かってるから自己嫌悪だと思うんですけど」 「「し、しょうもなーー!!!」」 僕にとっては兼さんの呼び名だけが特別なんだけど、拗ねちゃったね。
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