R-18「和泉守さんのこと、貸して欲しいんだ!」171006〜
・相棒じゃない国広に抱いてほしいとねだられた兼さんが相棒の国広の監視の元手解きするお話
最後まで…は本来の相棒とのみ

今朝しょうもないとしか言いようがない事で国広と仲違いして、どうしたものかと思案していたらもう昼だ。しょうがねえ間食用に取っておいた水饅頭でもくれてやりゃ奴の頑なな態度も多少軟化するだろうとその姿を探すも見つからない。
今日は互いに非番なはずだが、また洗濯でもしてるのだろうか。
「堀川くん?演習場に向かっていたような」
通りがかりの燭台切に礼を言ったその足で後を追う。非番から予定変更したのだろうか。
不特定の他本丸の連中との実戦訓練だが、今日はたまたまうちの本丸に集合だったようで知ったようで知らない刀剣達が並んでいた。
ズラリと並ぶ刀としては知っているが、個としては知らない姿たちは相変わらず不思議なものだ。何なら個体の違う自分と対面する事もあり、その際は実に気まずい。
幸い今日は他の和泉守兼定は居ないようだが、鉢合わせ等しようものならどんな顔をしていればいいのか分からないので助かった。
国広国広…とあたりを見渡す。
すぐに跳ねた襟足の黒髪のショートカットと背中で結ばれた赤いリボンが目に入る。
居た居たとあっさり見つけられた事に安堵し、背後から呼びかけた。
「おーい、国広ぉ」
何せ三十余人の人混みだ。気づかないのか、それとも立腹したまま無視しているのか。
「まだ怒ってんのかよ?」
人混みを掻き分け近づいて、そのまま背中から包み込むように抱き寄せて囁く。いつもなら甘えないでよ等と多少の小言をぶつけらつつこれで有耶無耶になるもんなんだが、何の反応も示さない。おいおい幾ら何でも卸したての万年筆を使った位で不機嫌がすぎやしないか。
「なぁ、国広」
横から表情を伺おうと覗き込み、瞬間硬直する。
「あ、あの……」
目と目があった紅潮し困惑したその顔は、確かに見知った相棒の愛らしいソレだったが、明らかに違う部分がある。互いに分け合った赤い証が耳朶に無い。それが何を意味するのか。
こいつは別の本丸の堀川国広だ。
まずい、間違えた。
即座に体を離しどう弁明しようか言葉を探すも、背中から捉える一言に刻が止まる。
「……何してるの、兼さん」
そりゃあもう聴き慣れたなんてもんじゃないはずだが、こうも低い声だったか。振り返るのが末恐ろしい。
「え、僕?」
一方は戦闘装束、一方はジャージ姿で格好こそ違うものの、青い電気石(トルマリン)の如き大きく丸い瞳が鏡のように互いの姿を映し合う。
「そうそう、お前のこと探してたんだが間違えちまったんだよ」
「ああ、それで…。すみません、うちの者が」
ほら兼さんも、と肘で小突かれて二人でもう一人の堀川国広に謝る。
「い、いえ。お気になさらず」
うちの国広と同じ面をしてるが、頬を染めた顔を隠すように両手を前に突き出し恐縮する仕草から恥じらいや初々しさを感じる。顕現したてでまだ対話に慣れていないのだろうか。思わず見比べて観察してしまう。
国広にもこんな時代があったようななかったような。
「…なに考えてるの」
顔は正面を向いたまま、オレにだけ聞こえる声量で国広が呟く。問いかけのようだがこれは全てを見透かしている物言いだ。
「お前もこれ位可愛い時があったなってな」
「…兼さん」
茶化したつもりだったが、そういうの傷つくよと言われて、素直に悪いと口に出た。
「えっと、僕らは訓練があるので」
もう一人の国広は会釈をして自分の部隊員に目配せする。
「悪ぃな足止めしちまって」
「いえ。ところで…訓練が終わったらなんですけど」
口元に手を当て、内緒話のように小声で話すのでオレも国広も耳を近づけて聞き入る。
「相談を聞いてくれませんか」
思わず国広と顔を見合わせる。
「オレたちは構わないが」
晴れやかな顔をしてじゃあまた後でと駆けて行く後ろ姿は国広の走り方そのもので(当たり前だが)双子にでも会ったような妙な気分だ。
「良いのかね、他の本丸の別の自分らなんざややこしいもんと関わり持って」
「訓練では会うからねぇ。
僕も別の自分と直接交えたことはあるし。でも言葉をかわしたのは初めてかもしれない」
ところで…と丸い目がオレの手元を注視する。
「なんでおやつ持ってるの」
水饅頭を持ってうろついていたことを忘れていた。お前と食おうと思ってと取り成すとやったぁと率直に微笑む国広に救われる。
「僕も平野さんに新茶の葉を貰ってきたんだ」
ああ、だから居なかったのか。燭台切が見かけたのは耳飾りの無い他所の国広だったのだろう。見分け等つくはずもない。
「あの堀川さんの分も用意して待ってようか」
「堀川さんてあいつもお前と同じ堀川国広だろ」
「うーん、でもお客さんだよ」
オレたち二人で暮らす自室に戻ると国広は仕舞い込んでいた客用の茶器を持ち出し、洗ってくるねと洗い場に行ってしまった。
そもそも客用たって身内以外誰も寄り付かないのに何を思って国広はあんなものを買い込んだのか今更疑問に思うが、日の目を浴びて何よりか。
「そろそろ終わるか?」
もう一人の国広と別れて二刻。もう演習も終わった頃だろう。
「兼さん、迎えに行ってあげなよ。僕が行くとややこしいし」
三人分の湯呑みを温めながら促す国広は下ろしたての座布団まで用意している。こいつ思いもよらぬ来客を非日常として楽しんでやがるのか?
母屋から少し離れた広場に行くと訓練を終えた刀剣たちが続々と連なって来た。見渡すまでもなく、ここですと弾む声と共に額の汗を拭いながらもう一人の国広が駆け寄って来る。髪に砂埃がついていたから払ってやったら目を丸くした後へへっとはにかむ。
「良いのか?帰らなくて」
「大丈夫です。主さんに許可を貰ったので」
後でこんのすけが迎えに来るまでは居てもいいんだと。随分と寛容だが他所の本丸に長居するのを推奨するこいつの主は何を考えているのか。いや、うちの主とも話をつけているだろうから何か汲むべき事情があるのか。
ううむと下唇突き出して唸ってると、お客の国広が心配そうな視線を送って来る。
「まぁ部屋に行こうぜ。うちのが張り切って新茶を用意してる」
母屋の玄関先でキョロキョロ辺りを見渡すお客の態度を見るに本丸の間取りが違うのだろうか。こっちだと手招きし廊下の一番奥の自室に向かうと小走りで後を付いて来る。
「帰ったぞー」
「いらっしゃい。お茶でもどうぞ」
円卓に三角形を作るように茶と水饅頭(オレが用意したやつだ…)を並べた国広はお客を上座に案内すると、茶の位置に関係なく入り口からそのまま下座に適当に座ったオレの真横にかしこまった。
「すみません。急に押し入ってしまって」
「なぁに、押しかけて来るのは国広のお得意だ。気にしねぇ」
茶をすすりながら軽い冗談を言ったつもりだったが、対面するお客の国広は困ったように眉を寄せた。
「僕も本当はそうしたいんだけど…」
意味深に語尾を濁すとじわじわと瞳の輪郭が滲んできて、驚いたオレは思わず大丈夫かと身を乗り出してしまったが、一方国広はもしかしてと冷静に口を開いた。
「まだ兼さんに会えていないの?」
核心をつかれたお客の国広は目頭を押さえて無言で頷いた。
「主さんも気を揉んでくれてはいるんですが、なかなか…」
「そうか、辛いね」
同じ顔をした二人が支え合うように体を寄せる。オレらはほぼ同時に人の身を得たが、体験は無くとも共感出来るのだろう。
曰く自身が顕現してから2年は待ち続けているそうで、毎日鍛冶場に行き肩を落とす事に慣れつつあり、感情が麻痺してきているようで恐ろしいのだと言う。
そんな時に…と詰まった声と共に不自然なほど綺麗に一雫の涙がお客の国広の正座した腿に落ちた。
「貴方に…抱きしめられたから…」
「オレが……」
単なるオレの人間違いがこいつを泣かせちまってんのかと思うと直視出来ずに、隣の国広の反応を伺うが正面のもう一人の自分を見つめるその瞳からは表情が読めない。
「やっぱり、会いたくて…会いたくて仕方なくて、苦しくて。そういうのが全部、まだ自分にあるんだって…」
「そりゃあ…」
胸元を抑え、涙を堪えて目頭に皺が寄る対面した国広を見据えてうちの相棒は当然のように口開く。
「当たり前だよ。だって僕らは和泉守兼定の相棒ということだけが真実だから」
僕ら、という言葉をオレと自分を指す以外に使うのは初めてだろう。国広と国広の視線が交わる。
「この人無しに生きてなんて、いけないよ」
酷なほど真っ直ぐな眼差しで断言する国広には照れなど一切ない。向かう国広は何故か笑って、頷いた。
「…でも生きてなきゃいけない」
ああ、自嘲か。
「うん。辛いのは分かるけど。きっと待ってるから」
「兼さん…痺れ切らしてるかもしれませんね」
「早く見つけに来いってね、怒ってるよ」
ね、とオレに目配せするなよ。
「…早く行くから待ってろって言ってるかもな」
相棒放ったらかして泣かせてる見知らぬ自分なんて知りゃしないが、こんな言葉で少しでも胸の支えが取れるならくれてやる。
「ありがとう、二人とも」
見知った微笑みだ。
赤い証の無い耳朶についオレのをやりたくなっちまう。それさえあればうちのと変わらない、オレの相棒堀川国広となり得る気がする。勿論同じ顔をしていようがこいつらは別の人格を持つ他人なんだが。
「それで、相談…というか、お願いがあるんですけど」
そう言えば相談があるという前置きだった。
なんだ?と尋ねると、オレではなくうちのに向き合って手をついて頭を下げるものだから国広も面食らう。
「和泉守さんのこと、貸して欲しいんだ!」
こいつの面で和泉守さんと言われると奇怪だなとか、貸してってオレは物かよ、まぁ刀だから似たようなもんかもしれねぇがとか思う事はあるが。
それよりうちの国広の心情が気掛かりだ。笑うような怒るような悲しむような、オレですら言い得ぬ機微が口開かぬ時の国広にはある。
眼前のもう一人の国広も育ちは違えども根は同じ。それを理解しているからこそ頭を下げているのだろう。
「僕に言われてもね」
表情そのままに国広がオレを見る。
オレの出方をお手並み拝見てか。選択を誤ると厄介なことになりそうだが、知ったことか。
「別に。今日は非番だし聞けることなら聞いてやらあ」
折角用意したのに誰も手をつけやしない水饅頭を口に放り込み、茶で流し込む。
顔をあげた国広の赤くなった鼻根を摘んで相棒は…だってさと微笑む。
「何を望む?」
国広が国広に問いかける。
「……欲しい」
姿見に映り合うような不思議な光景。
「兼さんを見つけて、また出会えるその日まで。心の拠り所になるものが、欲しい」
口調がぎこちないのは本来抑制している感情を吐露しているからだろう。
何の支えもないまま当て所もなくただ待ち続ける日々の中、オレがその体を抱いた時、その欲は弾けてしまったのだろうか。
兼さんと相棒がいつもの上目遣いで名を呼ぶ。
「抱いて欲しいってさ」
平然と言いのけるなよと呆れる。
「え?そういうことだよね?」
念押しで首を傾げる相棒の包み隠さぬ物言いに客の国広の?は紅潮する。
「いやいや、そうは言ってないだろ」
「言ってはないけど、そういうことだよ」
何故言い切れると口から出かかるが愚問だ。こいつも堀川国広なのだから。
「多くは望みません。ただ、さっきみたいに…」
だいて…と唇が形作るとハッとしてそういう意味じゃないと否定はするが、そういうこと、か。
「そうとして…お前は…」
なんの動揺もない涼やかな相棒の顔を凝視する。
「いいのかよ」
「何が?」
「オレが、その…他の奴とそういう仲になっても」
語尾がくぐもる。我ながららしくなくて気持ちが悪い。
「大丈夫。兼さん僕にしか興奮しない体だから」
「本気か冗談かわかんねえよ!」
ケラケラ笑ってやがるから冗談なんだろう。大した自信だなと悪態をついたら、一転してしおらしい面持ちで信じてるからねとか言いやがる。
何なんだこいつ、二人きりだったら今すぐ抱いてめちゃくちゃにしてやるところだぞ。
「衝立持ってこようか。別に席を外しても構わないけれど」
置いてけぼりにされ、縮こまった客人は意を決したようにあの!と一声あげた。
「ほ、堀川さんも居て欲しいんですけど」
「え?うん…分かった」
あっさりと了承し、オレに湯呑みと水饅頭(結局オレしか食ってねえ)を乗せた盆を持たせ円卓を片付けた国広は布団だけ敷くねと押入れをあけた。
空いた畳の上を軽く箒で掃いて、国広がどんどん場を作り上げていく。
客人の国広は本来の性分なら何か手伝いたいところだろうが、勝手も分からないので畳んだ自分の上着を抱えて落ち着かない様子だ。
「ここでヤることヤんだよ、今から」
敷布団を指して緊張を解したつもりが怯ませてしまった。
口に手をあて眉を落とす客人を見てしまったと思うも束の間、こら虐めないのと準備が終わった国広のチョップが二の腕にあたる。
「虐めてねぇよ。可愛がってやるっつったんだよ」
「本当かなぁ」
盆の上の水饅頭を摘んで食べながら訝しむ国広を前に、なぁ?と客人に同意を求めたが微動だにしない。
国広ぉと名を呼べば当然のように相棒はうん?と反応する。盆頼むと手渡し、空いた手で緊張で強張る客人の肩を寄せた。
「なぁ、お前のことなんて呼べば良い?」
戸惑う瞳を瞬きせず見つめて、なぁと念押しすると耐えきれないのか俯いて、いいからなんて戯言ほざくから顎掴んで無理やり口付けた。
相棒の国広は驚きも怒りもせず、最後までは無しねとだけ囁いて部屋の隅に寄せた円卓に盆を置き、使うかな?と薬箱から潤滑ゼリーを取り出した。
手馴れているのはオレと散々使い込んだからだが、あまりの用意の良さに試されているのかと勘繰る。
こいつ本当に最後の一線だけは守って欲しいのか?

――信じてるからね

あの素直な顔つきはどんな言葉や枷で縛り付けるより有効だろうな。流石オレの(自称)最高の助手と言ったところか。
目の前で片割れであるオレともう一人の自分が口付けていようが揺るぎない信頼で動じない。
オレは国広のこういうとこに惚れてるんだ。
「いいからって、よくねえよ。なぁ、国広」
緊張で固く閉じた唇から離れて耳にふっと息を吹きかけるとひゃっと声をあげて腕の中で更に縮こまる。
「和泉守さん、僕…」
「他人行儀な呼び方やめろ」
突っ立って向き合った状態で抱きしめようにも腰が逃げるから無理やり尻を掴んで引き寄せた。
胸板に押し付けた国広の額が汗をかいて火照って熱く戸惑いを主張している。オレの手は国広の肩と尻をがっちりと掴んで離さないが、一方で羽交い締めにされてる国広の腕は行き場を決めあぐねて宙を掻くように彷徨ってる。
「オレのことも抱いてくれよ」
更に手に力を込めると、そっと国広の腕が背中に回ってきて、おずおずと肩甲骨部分にしがみつく様に手の平が触れてきた。
「兼さん……」
吐息で消え入る様な小さな呟きにうんと答えると、震えた唇にぐっと力を込めて一度閉じた次の瞬間、大声で兼さん!と叫ぶと同時に折れてしまいそうな程の力強さで抱き返される。
一瞬怯むも肩に回していた手で後ろ頭をよしよしすると、押し付けていた顔が上がり、潤んだ瞳がより一層強く自分を求める声をあげた気がした。
可愛いなと思って今度は尻を抱えて持ち上げる様にして、優しくゆっくりと唇を重ねた。触れた瞬間はやはり固く閉じてはいたが柔らかな感触は確かだった。
オレが抱えてるせいで精々爪先立ちで宙に浮いた国広が必死に首に腕を回して縋り付いてきて、それが口付けをより深くする。しかし、顔は近いが強く歯を食いしばっているせいで互いに入り込むようには噛み合わない。不恰好で未熟な気持ちばかり焦った口付けなどいつぶりだろうか。初めてかもしれない。
顔を離し、はぁはぁ肩で息をして恍惚の表情を晒す国広の背中と太腿下に手を入れて横抱きにして布団まで運び、腰を下ろす。
へたりこむような座り方の国広と胡座で向き合い、唇をつついてすこーしだけ開けろと指示する。従順に開いた唇の端を親指で抑えて閉じないようにして、下唇を甘噛みする。
舌突きだせと言えばやはり従順に差し出されて。先端を唇のほんの先で挟んでからオレの舌も絡めた。ぴちゃぴちゃ水滴の音がして、国広のあうだとかうんだとか言葉になっていない喉の奥からの音が重なる。
味わうように舌で推し進めて、口と口から深く繋がっていく。漏れる涎が親指を汚す。
それを拭うようにオレの親指に国広の指先が引っかかってきて、良いとこだから邪魔すんなと頭を掴んで引き寄せて余計に深く味わうと、呼吸もし辛いようで漏れる息と涎で口元がべちゃべちゃに濡れる。
うううっと唸る国広の目尻に涙が浮かんで、くすぶっていた加虐心が満たされたから口を離してやる。
「ごめんなさい…汚して…」
息も絶え絶えに謝る国広だが、力が入らないようで上半身の体重がそのままオレに被さってきた。赤ん坊を寝かしつけるように左腕を背中に回して横向きの体勢で呼吸が整うのを待つ。
そう言えば、と視線を部屋の隅にやると膝を抱えた相棒と目があった。
気怠いようにも関心があるようにも見える表情で、瞬きしない大きく丸い青い電気石がオレと自分と同じ姿をする客人との情交の前戯を捉えている。様々な意味で不思議な光景だろうなと思う。
「…堀川さん怒ってる?」
背中側からの視線に気づいた国広が絞り出すように尋ねてきたから否定する。
「そういうんじゃねえよ」
そう。怒りとか、そういうものではない。好奇心、哀れみ、懸念。混ざり合った気持ちが映る深い青色に名前はつけられない。
ただ、じっと見つめている。見届けているのだ。
「前だけ自分で開けてくれ」
横向きに抱えた国広に自身のベルトとファスナーを緩めさせる。
これから何が起こるのか期待と不安で揺れて鼓動が早くなると国広は素直に打ち明けてきた。なるべく優しくしてやると言って、空いてる片手でシャツの裾を捲り臍あたりから縁を描くように丸く撫りながら下に移動していくと爪に下履きのゴムがあたった。
あっと小さく国広が声をあげる。
そのまま滑らせて下腹部から鼠蹊部に撫でると国広の薄い恥毛が指に触れて、普段隠している部分を暴こうとしている行為に高揚してくる。
そっと性器の根元から先端に指を這わせる。包皮が被っていてまだ興奮状態にまでは至っていないようだ。
「お前は一人でしたりすんのか?」
えっ!と動揺すると同時に内腿がきゅっと閉じられたあたりから、それなりに致すのだろうと予測される。
「どうやってすんのか見せろよ」
「へ?」
困惑した表情に嫌だと言いたい気持ちが滲んでいたが、有無を言わせぬようにわざと強く言い切ったので無言で腰を浮かした合図でズボンをずり下げた。
太腿の途中にズボンと下履きが溜まった状態で国広の陰部が晒される。
部屋は暗くしていたが、まだ昼間なので障子越しに差し込む自然光が強調するように当たって影を作る。
「恥ずかしいよ…変でもからかっちゃ嫌だよ?」
羞らいながらも抗うことなく国広は片手を自身の根元に充てがう。
色素の薄い陰茎を右手の親指と人差し指で丸く包んで上下に擦り上げるとふっふっと漏れ出る声と共に体が汗ばんで段々と血色よく染まってくる。先端から透明の体液が溢れて指の隙間で擦れてグチュグチュ淫らに鳴ると、自分でも興奮してくるのか少しずつ膨張し続け、包皮が捲れて完全に露わになった。
肉の赤が生々しくぬめりを帯びた状態を確認するとそこから先の動きを手首を掴んで止めた。キツく目を瞑っていた国広は驚いて切なそうな顔をこちらに向ける。
屹立しているもののまだ覚醒しきっていない国広の肉棒がひくひく震えて、爪先をぎゅっと締めて快楽の解放を耐える事に精一杯だ。
「悦くしてやるから四つん這いになりな」
下履きごとズボンを脱がせて丸出しの下半身をこちらに向ける形で肘と膝を地に着けさせる。臀部を軽く押すと心得ているように頭を下げて尻を突き出す姿勢を取る。素直でいいねえ。
「は、恥ずかしいんだよ。本当だよ?」
オレの目線から映るのは体格の割に大きめの尻と太腿、丸見えになった蕾。陰嚢から生える幹はひくつきながら腹に向かって微かに興奮を主張している。
でけぇと思いながら尻たぶを包むように撫でると太腿を内側にじりじり擦り付け、声を殺すように口に手をやって身悶えて。こいつ良い反応をするなあと感心する。
さてと、と自分の右中指の第一関節を口に含んで唾液でぬめらせる。
国広は見えないが聞こえる水音が気になるようで、頭を落とした状態ながらも背後を伺う。押さえつけるように背中に覆いかぶさって、腕を眼前に回してぬめらせた指を唇に擦り付けてやる。
「これが今から挿入るんだよ、お前に」
濡れた指につつかれた柔らかな唇が狼狽えながらもいじらしくお願いします…と動いて、オレ自身が堪らなくなりそうだ。
オレにも貞操ってもんがあるんで、これを悟られちゃまずいなと密着した状態から素早く離れる。
枕元に備えてあった潤滑ゼリーを指に多めに塗布して溢れないよう蕾に充てがう。
「力抜けよー」
言いつけを守るように国広が深く吸った息を吐いた折に合わせて第一関節を肛内に滑り込ませる。
存外すんなり挿入ったが、粘膜がゼリーの冷たさに、異物の感触に犯されていく始まりに国広の太腿が悶え、あああ…と縋るような声があがる。体勢的に表情が直接見えないのが悔やまれる。
「声っで、出るよぉ」
「おう、出せ出せ。聞かせろ」
顔を両手で覆いながら敷布に擦り付けて抵抗するが、普段侵入されることがない器官への挿入にどうしても声が漏れるようで、オレとしては都合が良いが国広は恥辱でおかしくなりそうだ。
肛内の左側に曲げた指の腹で快い部分を探ると一瞬跳ねる。
コリコリした感触がして、擦る度に国広があっあっと反応するから、そうかここが快いかと我ながら助平爺のような煽りをしちまった。
突如襲ってきた経験のない快感に上半身は完全に投げ出されて、膝はガクガク震えて。露出した先端からは透明な粘液がドパドパ溢れて前屈みで接触したシャツを汚す。
「おー糸引いてんな」
「う、うそっうそっやだやだやだっ」
見たままを考えなしに呟いたが国広には驚愕だったようで、動揺して敷布を手繰って逃げ出そうとしたので下腹部を抱えるように静止した。
「悪かった悪かった。もう言わねえから落ち着け」
「恥ずかしいんだよっ本当に!」
指を引き抜き、体勢を仰向けに直して落ち着かせる。
涙と唾液でぐちゃぐちゃの顔が泣き腫らした子供のように幼く見えて愛らしいと思ったが、屹立して主張している性器が不釣り合いで艶かしさを増す。
両腋を持ち上げて胡座の隙間に背になるように座らせて、投げ出した足の内側を摩って問いかける。
「まだ辛いままだが…どうする。オレがするか」
なぁ、と傷口のような先端の切れ込みに指の腹を擦り付ける。国広は絶え絶えにやめてぇと掠れた声で拒否するが、体はオレに委ねたままだ。
「兼さんに触られると意識飛んじゃいそうだから…もう…。ねぇ、お願いがあるんだけど」
「なんだ?」
困ったようにはにかんで、見てて…と自身の先端の輪郭をなぞる。
「こんなにトロトロになったの初めて。卑しいかもしれないけど、僕のイくところ見てて欲しい」
荒い息遣いをはぁはぁ挟みながら粘液が溢れる肉棒を上下に強く擦り上げ、仰け反るせいで背中が少しずつオレの胸板から離れて行く。
「おいおい、離れんなよ」
後ろから胸を抱いて引き寄せる。足りない酸素を求めるように口を開けた顔が天井に向いて、首が伸び、オレの鎖骨に国広の後頭部が乗る。目は閉じたまま、爪先だけがピンと張りつめていて、無我夢中といった具合か。
確かに猥雑かもしれないが惹かれるものしかない。
オレに達するところを披露する為に一生懸命なんざ可愛いじゃねえか。
上を向いているから普段纏わり付いている髪の毛も下に流れ輪郭周りがハッキリ現れ、額から耳の裏に流れて行く汗がよく見えて、証の無い耳朶がやはり気になった。
オレらは元々揃いのようにつけたまま顕現したのになあ。
ふぅふぅ言いながら感度を昂める国広は腕の中に居るのに、何故か遠くに居るようだ。
目を閉じた頭の中では何を思い浮かべて居るのだろう。こっち向けよと念じてみたら通じたのか偶然か、喉の奥から絞り出すような発声で兼さんと名前を呼ばれた。
「も……イキ…そ…あっあっ。だいて、だいて」

――さっきみたいにだいて

ああ、元からそれを所望していたんだった。
こいつを間違いで抱き寄せた時どうやってたんだっけな。こうだったか?と思い出しながら、いつものように後ろから改めて抱きしめた。
「もっと…優しかった…」
ダメ出しが出たぜ。驚いた。
「…悪かったな」
今出来うる限りの丁寧さ、優しさを込めて両手で包み込んだ。
国広の目がうっすら開いて、満足したように微笑むと、はぁ…と甘い息を吐いてグチャグチャに濡れて膨らんだ肉棒の先から白い精を飛ばした。
自身を握りしめたまま、国広の肩が、太腿が、爪先が甘美な痙攣に見舞われる。
天井を見つめる国広は夢見心地なのか、意識がここに無いように見える。
オレと同じ色の瞳が遠く、深くどこかへ沈んで行く。
「ねぇ、あの時…」
唾液で汚れた口元はそのままに。
「堀川さんと間違えて僕を抱きしめたんだよね」
オレの最愛と同じ顔が涙で濡れていく。
「うちの主が言うにはね和泉守兼定の顕現にこんなに難儀する事は無いんだって。2年も。異常だって。うちの本丸だけに何か不具合が起きてないか調査したほど」
粘液で濡れた手で御構い無しに顔を拭う。
「嫌なのかもしれない。兼さん、僕に会いたくないんじゃないかって。凄く、折れそうになる。心が」
言葉が詰まる。
オレは聞届けるしか出来ないのだろう。
「なんで…。なんで兼さん居ないんだろう。こんな事で気を紛らわして、迷惑かけて、馬鹿みたいって分かってるんだけど。会いたいんだ。会いたくて堪らないから、貴方に触れられて、止まらなかった」
そんな事言うななんて事すら言い出せやしない。
「堀川さんが羨ましい。僕もああやって優しく抱かれたい。僕も、ああやって優しく…」
――抱いて貰えるだろうか?
見てられない。
項垂れた頭を引き寄せて、当たり前だろと言い切る。
「オレが言うんだから間違いねえ」
いじらしく懸想する最中思い浮かべてたオレではないオレ成り得るもの。
早く向かえに来いよ。相棒だろうが。
「……ありがとう」
和泉守さん、と客人は笑った。

***

軽く湯浴みして、向かえに来たこんのすけと共に帰路につく後ろ姿は見間違えた時と同じだ。
後ろ姿じゃ耳飾りが見えないしな、と勝手に納得?する。
――ご迷惑おかけしました
一礼する様は落ち着き払っていて、和泉守兼定を伴わない堀川国広の平常はこうなのかと感心した。
「……またな」
言ってはみたが、振り返らず相棒に似た客人は本来の場所へ消えて行った。
「おわった?」
玄関先に戻ると国広が柱の陰から顔を覗かせた。
「おう。無事に帰って行った」
答えるや否や半ば飛び掛かるようにして唇を奪われた。
なんだなんだ?とオレ自身困惑したのに、偶然通りかかった之定が露骨に嫌なものを見たという顔をして立ち去ったのは仕方ない。
「ずっと見てたんだからね」
「知ってるよ。怒ってんのか?」
「怒ってないよ。知ってる癖に」
「…知ってる」
いいから、と手を引かれて部屋に戻る。
客人が湯浴みしている間に全て片付けたいつもの自室。障子を閉じて振り返るとジャージの前を開いてインナーを見せる国広が居た。
「は?なんだよお前、さっきから」
疑問を投げかけたら答えの代わりに股間をさすられて一周して笑いそうになる。
「…勃ってる」
「馬鹿!情緒ってもんがねえのか!」
「これにはちょっと…怒ってるような…分からないけど、なんか嫌だから早く横になって!」
はぁ?と反論する隙もなく、早く早くと押し切られてとりあえずその場に座り込むと突き飛ばされて強制的に仰向けだ。こいつこんなに暴力的だったか?
「兼さんが堀川国広?ぼく?に優しいのは嬉しいけど、優しくなくたって…僕は…」
オレの股引きを強引にずり下げようとするも指摘通り勃起した陰茎が引っかかったので、両手で捲るように露出させたところにズボンも下履きも脱いだ国広が跨る。
先端のぬめりを自分の蕾に擦り付けながら息を吐く。
「僕のこと酷くして、壊しても良いよ」
壊れないからと囁いて一気に根元まで肛内に受け入れるが、無理をしているのが歪んだ眉間や口元から伺える。
「あーすげぇ…ギチギチ。でもちょっと痛ぇな」
腹筋の要領で上半身を起こして、騎乗位から対面座位に切り替える。肛内がえぐられ国広が仰け反る。
お言葉に甘えるかと構わず好きなように抜き挿しし、尻たぶを掴んで穴ごと拡げて突いて突いて、肛内に存分に粘液を擦り付けた。国広は涙目になって大きく貫いた時にひぃんと情けなく啼いたが、それ以外は耐えるべく唇を噛んだ。
連結部からグチャグチャと淫らな音がするのがまた興奮する。いいねえ。
「快いなあ、こりゃ。最高だ」
辛そうな国広の顔を覗き込んで煽るようにわざと唇を窄めると、身悶えながらも唇を突き出してきてちゅっと音を立てて重なって実に良い。気分が良い。
「兼さんこれっ好きっ…キスしながら突かれるの…すき…っ」
「そうか、ならもっとするか」
「するっし、してっ」
繋がったまま後ろに押し倒すと体勢は逆転したが、国広の足がオレの胴体を挟んで固定される。さらに蕩けた顔で唇に吸い付いてくるので動くのも大変だが、腰を浮かし敢えてゆっくりと肛内が拡がるのを味わうように陰茎をずぶずぶ埋めて、根本まで挿入るとまたゆっくりずるりと引き抜くのを繰り返す。
抜き挿しする度に変わる内壁の圧迫感に国広がうぅと唸る。
オレも狭い孔を抉じ開ける時の刺激の強さに情けない声が漏れそうになる。
「我慢してて偉いね。我慢した分全部出していいからね」
余裕なんかねえくせに組み敷かれた下からオレの額をよしよししてきて癪に触ったからわざと酷く突いた。
衝撃に見開き、喉から舌を突き出して吐き出すように国広があぅっと唸った瞬間の締め付けが想定外で、搾り取られる感覚で精が出た。
腰に纏わり付いた国広の足がより強く固定されて引き抜けないまま肛内にどくどくと脈打つ。膨らみきった幹が萎え、反応が無くなってようやく国広は足の力を解いた。
熱を持った体がぐっしょり濡れ、虚ろな瞳がオレを見つめてうっとり滲むのを見るに、精は放っていないが内側では達したようだ。
兼さんと声になっていない囁きの後に唇を窄めてねだってきたので、可愛いとこあるじゃねえかと感心して舌を使った愛撫の口付けをした。
二人して汗だくのドロドロだ。
国広の肛内に埋まった肉棒を引き抜くと、その形のまま拡がった穴から白濁の精が鈍い速度で滲み出るように垂れてきた。挿入する時にあれだけ狭まっていた蕾がここまで拡がりきる程の重みを与えていたのだと思うと悪い気もしたが、当の本人は満足げに笑って尻肉に垂れた体液を掬っている。
「機嫌は治ったか?」
「治るも何も…。でも気は済んだから、ありがとう兼さん」
そもそも何の気が済んで無かったんだと問いたかったが、憑き物が落ちたように吹っ切れた表情で自身の体を拭く国広の所作に目を奪われていて、気づいたらオレの体も拭かれていた。
「お風呂行こうか」
こりゃあ延長戦か?もうなんも出ねえぞと警戒したが、見当違い甚だしかったようで色気もなく湯船に浸かっている。
脱力して肩にしなだれかかってきた国広は存分に寛いでいるようで、今にも眠りだしそうなとろんとした目でポツポツと今日の事を語りだした。
「そりゃ僕だって良い気はしないけれど悪い気もしていないよ。だって、あの堀川国広はもしかしたら僕だったかもしれない。そう思うと、兼さんが優しくするのも僕が大事にされてるみたいで嬉しかったな」
湯の温度が心地良いのか上機嫌なようでいつもより饒舌に思える。
「まぁでも…渡しちゃう気は無いってのはね、言っておかないと」
「おいおい、お前顔が赤いぞ!大丈夫か」
機嫌が良いわけではなくのぼせて思考が迷走しているのだと気付いた時には遅かったようで、慌てて担いで風呂から上がり部屋で涼ませたが国広の意識はなかなかいつものようには戻らなかった。
血行が良くなりすぎたようでオレがつけた鬱血の跡が滲んでいる。
「国広…えーと、そのだな」
流石のオレも謝罪の言葉が出かかる程の跡が首から肩周りを中心に咲いていて、酷いことをしたのかもしれないと思わず己を省みる光景だ。
国広はそんなオレの心中を察しているのだろう。上手く出ない言葉の代わりに宙に浮いた手がオレによしよししようとして空回った。
国広の唇が正確に伝わるように一文字ずつゆっくりと形を作る。
い、い、よ。
たった三文字を絞るように吐いて、ちゅっと投げキスのように唇を鳴らして口角を上げる顔は悪戯っぽくて。
「国広、お前が好きだ」
何かの罠にかかったかのように唐突に引き出された言葉にオレ自身も訳がわかんねえ。
訳がわかんねえけど、それでも、額から?から赤くさせて灼けたような肌を晒して横たわってる国広が泣きそうな顔で唇を噛んだから。
本当は優しく努めようと悔い改めたのに(本当に本当だぞ)貪るような重なり方で唇を奪ってしまった。
うーん、オレっていうのは。
まぁ…。

――いいよ

***

あの奇妙な相談事から一月。
無作為に選出される演習相手と再度相まみえる事など無に等しい確率らしいが、等しいとは必ずということではないのだなと知る。
「堀川さん、和泉守さん。あの時はお世話になりました」
例の客人?堀川国広?と再会したのだ。場所は相手本陣の演習場。
なるほど間取りが微妙に違う。そりゃあうちの本丸に来た時に戸惑うはずだ。…いや、そんな事はどうでもいい。
「わぁ、おめでとう」
うちの相棒が屈託のない笑顔で祝福を述べる。何に対してか。客人の後ろで素知らぬ顔をしているオレ?和泉守兼定?を発見したからだ。
「ありがとうございます」
はにかんで礼を言う堀川を前に和泉守が他人事の様に目を逸らして退屈そうに髪の毛を?き上げるのが何とも腹立たしい。お前は礼の一つも出来やしねえのか。
「すみません、うちの人人見知りで」
オレの引き攣る表情から察したのか堀川が小声で補足を挟むが、うちの人という言い様が何とも言えない。
オレたちの本丸から帰還後、驚くほどすんなりと和泉守は見つかったらしい。再会した日から主の計らいで任務も含めて寝食全てを共にしていると嬉しそうに語りながら和泉守の羽織を摘み歯を見せて笑う堀川のはしゃぎように、なんとなく和泉守の態度の経緯を伺った気がした。食傷気味、といった所か。
その後本人はさりげないつもりだろうがあからさまな惚気話を聞かされて、国広に至ってはへーそうなんだと抑揚のない返事に明らかに関心の無さが透けていて飽きを見せていた。こいつも自分と同じナリを目の前にどんな心境なのか。
しかし、堀川も和泉守もオレたちとは振る舞いがかなり違うと思う。
初めて会った日には後ろ姿とはいえ見間違えた程そっくりだったのにあの面影はどこへやら、無邪気によく喋るし表情は大袈裟なほどコロコロ変わる。
「へへ。これ、兼さんがくれたんです」
こめかみから頬に流れる髪を耳にかけて耳朶の証を見せつけられ驚く。言われるまで気付かなかった。
あの証さえあれば国広?オレの相棒?と変わらないと思っていたのに。
そうか、勘違いだったんだなと腑に落ちると自分でも不思議なほど自然に言葉が出ていた。
「良かったな、堀川」
はい!と口角を目一杯あげて笑う堀川はうちのとは似てはいないし、オレに抱かれたがったあいつはもう居ない。
演習場から本丸に帰還する円陣の中でオレたちと似ても似つかぬオレたちを国広は呆れたように、でも優しい眼差しで見つめていた。
「ずーっと、優しい優しいって言ってたね。きっと優しい兼さんに会いたかったんだね、あの子は」
「優しくない兼さんが居んのかよ」
?を摘んで巫山戯てみる。
「こうやって優しくない事をする兼さんなら居るかもね」
餅のように?が伸びた国広が上目遣いでべっと舌を出す。面白がって更に伸ばしたら不服そうに眉を寄せたから、そんな面してると焼いて食っちまうぞと揶揄ったら、でもね…と続けて。
「僕は優しくなくても兼さんが好きだよ」
そんなこと馬鹿みたいな戯れ合いの最中に真顔で言ってくるもんだから、バーカって誤魔化して、なるべく優しくと思いながら餅みたいな頬っぺたに齧るような跡をつけた。
国広はくすぐったそうに笑って、オレの頭をよしよし撫でた。

【了】


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