「あいつが何処かに居ればそれでいいのさ」170923〜
・花丸3話CMの鶯丸から堀川への呼びかけに感動しすぎた件について、それぞれへの待ち人事情

「鶯丸さんありがとうございます。お陰様で見つかりました」
呼びかけた声に驚いてか、縁側で三日月と茶を啜る鶯丸の肩から小鳥が飛び立つ。
「それは良かったな。堀川国広」
まぁ座れとでも言いたげに腰を下ろした三日月と鶯丸の間が一人分弱広がる。お邪魔しますと堀川は素直に座った。
「気にかけてくれていたので、お礼です」
つまらないものですけどと恐縮しながら差し出された個別包装された落花生の煎餅を鶯丸はほうと感心してすぐに一口齧って美味いと満足げだ。
「兼さんと二人で選んだんです」
「和泉守兼定も良いせんすをしている」
相変わらずの独特の抑揚で褒める。
「兼さんああ見えて贈り物を選ぶのが上手いんです」
我が事のようにほんのりと得意げに笑う堀川に三日月がおお惚気かと笑う姿は雅だ。
「鶯丸さんも早く見つかるといいですね」
話を向けられるも何の事か察知出来ない鶯丸からは返事がなく堀川が大包平さん…と補足してやっとああと反応が返る。
「俺は別にアレを待ってはいないぞ」
意外な言葉に堀川はえっと絶句する。しかもアレ呼ばわりだ。
「よく名前を出していたから、探してるのかと思っていました」
「ふふ、面白い奴なんだ。まぁ、会えば分かる」
だが…と続ける。
「探すなんて…。あいつが何処かに居ればそれでいいのさ」
そう言い切り茶を啜る姿が去勢ではない事を物語る。
鶯丸の所作には焦りというものが一切ない。常に余裕を纏っていられるのは時間や距離という感覚や尺度に縛られていないからだろうか。
堀川は自分にない感性に触れた気がして少々戸惑った。会いたいが探したいわけじゃない。すぐには理解し難い。
「縁があればまた交わるだろう。まぁ、茶でも飲んで待つさ」
「…待っているではないか」
思わぬ三日月の指摘に一瞬だがははっと歯を見せて笑った鶯丸の胸中はやはり分からないと思う。

***

「兼さんは僕の事を待ってた?」
縁の下に頭を突っ込みボールに手を伸ばしていたら真上から声がしたので見上げた和泉守の目には廊下でしゃがんで縁の下を覗き込む相棒の股間が映った。なんだ国広かと言葉が出るまで数秒かかってしまった。
「本丸には兼さんが先に来ていたじゃない?」
「そうだな、2日前だったか」
取り出したボールの埃を払い、中庭に振り投げる。
会話の通り、和泉守が顕現した後に堀川が追うように現れたので、例のすみませーんに対して、尋ねられた男士たちは和泉守を呼びに行ったものだ。
「僕の事…待っててくれたのかなぁって」
面と向かって打ち明けるには自意識過剰な問いかけな気がして堀川は語尾が弱くなってしまう。
うーんと唸る和泉守には冷や冷やさせられるが、視線が左上に向いているので恐らく当時の心境を思い出しているのだろう。
そりゃあなあ…と歯切れが悪いが、これは照れているのだと理解出来る堀川はそっかと表情が明るくなる。
想いの比重はさておき、和泉守も堀川に逢いたかったのは事実だ。
「そういや、鶯丸に煎餅渡したのかよ」
「うん。喜んでくれたよ」
しゃがんだままの堀川の手前に腰かけた和泉守は庭に向けて脚を伸ばすと、ふぅんと反応は薄いながらに機嫌良さげに呟いた。
「あいつは捉えどころが無い処があるからなあ」
「…そうだねぇ」
そう言うと何かを考え込む堀川におーい?と眼前で手を振るも無反応で、和泉守だけに分かる表情の機微から複雑なものを感じ取ると、どうした?と優しく導くような声色に変わる。実はね…と先ほどの鶯丸との会話を語る。へえと相槌をうつ和泉守は分からないでもない様に見える。
「待ってないって、ちょっと吃驚しちゃった」
「そこら辺の言いようはあいつらにしか分かんねえもんがあんじゃねえか?」
「うん…。そうだね」
茫然や幻滅とは違うのだが、鶯丸の物言いに共感し辛い何らかの理由が堀川自身も分からない。それでも鶯丸の気持ちを安易に推し量るべきではないと、やんわりと制す和泉守の言葉に気づかされる。
「僕はずーっと兼さんのこと探していたからかな」
堀川が本丸に来た日のこと。和泉守を探して会う者会う者に尋ねていた堀川は、いざ和泉守と引き合えた時に周りに祝福されながら、ところで君は誰?と正体を問われた笑い話があるほどだ。
待ち焦がれ、探し求めた堀川の姿勢は一貫していた。
刀の姿で再会する事が未だ叶わないからこそ、自らの足を持った今、堀川に他の選択肢などあり得ないのだ。
しかし、意外にも和泉守は鶯丸の言わんとすることも分からんでもないと言う。
「オレも探しに行こうとは思わなかったしな」
聞いた瞬間、胸がズキンと痛み体が芯から冷えたのが分かった。
即座に顔色に現れていたのだろう。すぐに違うってと補完するように和泉守が堀川のしゃがんだ膝ごと両腕でその身を抱き寄せる。
均衡を崩して尻餅をついた状態で引き寄せられるままに身を任せる堀川に頬ずりするように顔を寄せて、真意が伝わるようにゆっくりと通る声で言葉を選ぶ。
「迷子だなんだですれ違っちまった時ってのは、どちらも動き回っちゃ埒が開かねえ。手前はいつも走り回って、なんかしてなきゃ済まない性分だしよ。探し回ってるお前がちゃんと見つけられるようにオレは立ち止まって待ってようと思ったんだよ」
心配するなと頭を撫でる手がいつもより優しい。
お互い、逢いたくて逢いたくて。
逢いたくて仕方がなかったことは、自惚れでも勘違いでもないと、惹き合う二人の全てが共鳴して証明している。
居ても立っても居られず探しに出ることしか頭になかった堀川は待つ者の愛情と忍耐、それを考えた事さえない自分の浅慮を思い知った。
「待ってるだけって…辛いよ」
未だ見つからぬ、時代から身を隠した脇差としての自分を重ねる。現存する和泉守兼定を残して何をしているのだろう。
持ち運ばれるだけの存在を脱した今、堀川は待つだけ等考えられもしないと慄く。
しかし和泉守は笑顔で言ってのける。
「見つけてくれるだろ?」
それは晴れやかで、平穏に満ちた顔で。
「お前なら」
信じている、と言っているんだと。ちゃんと響いたから。
「うん、見つけるよ」
絶対、どこに居たって。誓って言えた。
「だから待ってられるんだよ」
オレらはと加えた和泉守の視線の先を追うと、美味かったぞと鶯丸が煎餅の丸を作っていた。

【了】


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