「オレたちはこの本丸を離れる時、どんな表情をしているだろう。」170906〜
・駆け落ちをすることにした兼堀ちゃんのお話

こんのすけの雄叫びと鈴の音が鳴り響く早朝。起床していたのは瞑想していた数珠丸位で、後の連中は眠い目を擦りながら、あるいは同室の者に引きずられながら講堂に集合した。これが戦だったらお前らは死んでいるぞ弛んでいる等と誰かさんの説教が飛び交いながら、全刀剣を前にこんのすけが口を開く。
「主様が夜中に亡くなりました。病死です。すでに遺体はご家族の元に帰り、死亡手続きも済みました。当本丸は解体となります」
物によれば千年生きているような、百戦錬磨の手練れたちも流石に驚愕した。合戦中ならまだしも、現代の本丸自体はのほほんとした生活だったのに。別れは急だ。
しかし、主の死に目にも合わせてくれないものか。そのような不満、困惑は当然ながら噴出する。
実はこっそりと危篤状態の最中に加州、山姥切、歌仙、陸奥守、蜂須賀の五振りのみが招集され、主の最後を見守ったらしい。
そこに選ばれなかった。その現実が受け入れ難い者は多かった。
「ごめん、安定」
加州の謝罪にはそんな現実以外の意味合いもあるのだろうが、それを受ける大和守だけが理解出来ればそれで良い。大和守が加州の肩をそっと支える仕草が答えだろう。
さて、唐突に告げられた本丸の解体。当然ながら我々刀剣の行き先、処遇が気になる。
刀そのものだけならまだしも、人の身を得てしまった手前、腹も減れば眠くもなる。食い扶持と住処が必要なのだ。
「…刀解、でしょうか?」
察した前田が口にすると、五虎退がそんなぁと涙目になる。連鎖するように場が静まり返る。
「みんな、落ち着いて。こんのすけ殿、我々は如何様に?」
「刀解の心配は無用です。本丸は此処だけではありませんし、政府に仕える審神者も他に居ます」
「他の本丸に移り、そこの当主に仕えることになると?」
「そうですね。ただ、既に始動している本丸に移るので、皆さんの行き先が同じになるとは限りません」
簡単に言ってくれる。
「ま、俺たちは刀(もの)だからな」
「俺を入札してくれる主を待つばい!」
切り替えの早い者、呆然と引きずる者。皆それぞれだ。
さて、オレの相棒はどうだろう。
「次の主さんもいい人だといいね」
どうやら前者のようだ。
「次ねぇ。主が急死なんざまだ実感が湧かねえな」
「…その方が良いという主さんの心遣いだったのかもね」
急な出来事を受け入れる為に国広も色々考えていたのだろう。
忙殺の日々に悲しみを紛らわせる。それも一つの手か。
「敵は待っちゃくれねえし、オレたちも戦わなくちゃいけねえ。立ち止まってる暇は無い、か」
「兼さん……」
国広がオレの肩を引き寄せ、耳に手を当て小声で囁く。
――泣きたくなったら胸を貸すよ?
余計な気を回すんじゃねえよ、と髪の毛をクシャクシャに掻き回してやった。

午後、早々に他の本丸から声が掛かった者たちが身支度を整え、各々に近しい者たちと別れを惜しんだ。
「またな光坊」
鶴丸国永の表情は晴れやかだった。
「また何処かで」
ふわりと笑う鶯丸を大包平は睨むように見つめた。
オレたちはこの本丸を離れる時、どんな表情をしているだろう。

翌日、翌々日。
こんのすけに呼び出された者達が新たな主の元へ旅立つ。そしてオレたちにもその時が来る。
「和泉守さん、お呼びがかかりましたよ」
薩摩国を本拠とし効率を重視し少数精鋭思考の審神者が率いる、今後の活躍にも期待が持てる本丸だとこんのすけが判を押す。
「美濃から薩摩か。まぁ生活はそんなに変わらねえか」
「頑張ろうね、兼さん」
ね、と国広と目があった瞬間、無情に遮られた。
「招集は和泉守さんだけです」
オレたちの自然で、当たり前な目配せは硬直する。
「……え?」
国広の唇がたった一文字分だけ動く。
「先方の審神者が所望するのは和泉守兼定一振りのみです」
こんのすけは感情を込めず、極めて事務的に事実を伝える。
「オレだけ?」
「はい」
――どうして?
言葉に出さずとも察したこんのすけが続ける。
「丁度経験を積んだ打刀を探しておられたようです」
打刀?打刀なら他にも居るだろう。
「戦績を見て、先方の本丸の戦略的に和泉守さんが最も相応しいと」
戦績?だったらこいつ(国広)と共に出陣した時の方が成果は良いはずだ。
「はぁ、でも現在所望しているのは打刀のみなので。というより…」
こんのすけが黒く澄んだ瞳を更に丸くする。
「何がご不満なんですか?」
その問いかけに再び硬直する。
何が?何がだと?
「決まってんだろ、そんなもん。オレたちは」
「兼さん!」
昂ぶる体を国広が制止する。
オレの体に抱きつき、ギュッと腕に力を入れ数秒。決意したような顔をあげると、深呼吸をし、そのままの動作でこんのすけに向き合い手をついて頭を下げる。
「すみません。勝手に勘違いして。兼さんのこと、宜しくお願いします」
「ええ、先方も歓迎するでしょう」
なんなんだこの光景は。
「何が宜しくだ。オレは承知しちゃいねえぞ」
「兼さん、落ち着いて」
「落ち着いたらどうだってんだ。オレとお前は離れることとなる。何か間違いがあるか?」
「それはそうだけど」
いつもそうだ。オレが声を荒げると、逆にこいつは声を弱める。冷静になれと訴えかけてくる。
こちとら十分冷静なんだよ。
オレとお前が。オレたちが。別離する現実に対して冷静に受け止めた上で抗うしか出来ないんだよ。
「お前だって平気じゃないだろ、国広」
そう肩を揺さぶると、眉を寄せ困惑しながらも口が開く。
「平気だよ」
それは目が覚める様なハッキリとした声で。
「平気だから。だから」
さよなら、と模った唇をただただ呆然と見つめていた。
「そもそもお二人は離れていた期間の方が長かったのですよね?」
今更何をと言いたげな口調でこんのすけはやや首を傾げる。
「…そう。この本丸で再会出来たように、また会えるよ」
きっと、と続ける国広の顔は主の急死、本丸の解体を受け入れる為に思考を切り替え、前を向く時と同じで。さっきは二人同じ方を向いていたのに。
何故今は違う方向に顔を付き合わせているのだろうか。
「あ、僕はそもそも場違いでしたね。退散します」
襖を開け廊下に出る国広は振り返りはしなかった。
先方の受け入れは明後日にも整うと思うので準備をしておいて下さいと言われるも、何をどうしろという気になる。
「準備たって」
私物なんざ知れているし、何なら全員身一つで移動出来る。何故なら自分自身が最大の武器だからだ。
(ああ…なるほど)

自分自身の心の準備をしろ、か。
自室に戻ると国広は既に部屋を移動したようで、布団や服が消えていた。
――実感が湧かないうちに
奴なりの“心遣い”なんだろうが、共同で使用していたものが多かったのもあり、本人不在だろうが笑えるほどその存在は色濃く残ったままだった。
オレが居なくなった後も同じだろうか。
「なぁ、こんのすけ。せめて国広の異動先を知ってからってのは」
屋根の上に居るであろう管狐に打診する。
「和泉守さん。こうしている間にも遡行軍は発生し、刀剣男士たちは任務に就いています。本来なら貴方方も」
こちらから話しかけていながら分かった分かったとあしらってしまった。
望んだ答えは得られない。現実は覆らない。オレたちは審神者に人の身を与えられ、使命を尽くす為生まれた。審神者が、主が望むのなら拒めるわけがないのだ。
「人の身、ねえ」
審神者が居なければ、国広と再会することも無かったのかもしれない。なんなら遡行軍が居なければ審神者も…。
一人で居るとどうも要らぬ事ばかり思いつくようだ。
心の準備とは程遠い。
「まだまだ未熟だな、オレは」
無二の相棒のことを考える。
あいつならどう整理し、乗り切るだろう。今、何を考えているだろう。

本丸解体確定の数時間後、晴れやかな顔で去っていった太刀たちを思い出す。
潜ってきた修羅場の数が、積み重ねてきた覚悟の数が違うのか。
明後日、オレはあんな顔が出来るだろうか。
(…ああ、もしかして)
急に合点がいった途端、こんのすけが視界に入る。
「はい。お気付きのように、全てはこの本丸の主様のお考えです」
「心構えがある者から招集される、と」
「主様はご自身の命が永くないと悟られた時から、貴方方刀剣男士たちの今後の処遇について手配を回していたのです」
つまり予定調和。こんのすけが刀解は無いと断言していたから、恐らく全員の行き先は既に決まっていて、その時期も。
何故オレたちは離れ、オレが先に行くことにされたのか。
「お二方共、それぞれに強く所望される審神者が現れたので、単純にそれだけです」
オレは、あいつは、必要とされ。
オレたちは必要とされなかった。
ただ、それだけのこと。
「和泉守さんを先にお送りするのは…お分りでしょう?」
視線も合わせず、分かんねえと投げやりに答える。
「堀川さんが貴方を置いて行けるとお思いですか?」
いつもなら知ったこと言うなよ管狐と食ってかかるだろう言い草だったが、いやに冷静に国広がオレを置いて行くことを想像した。
「行けんじゃねえか?」
オレの、オレたちの前進の為になら心を覆うような選択が。あいつになら出来るんだ。
「さっきもオレに向かって平気だと言い切っていただろ」
無論、それが本心だとはオレとて思っちゃいない。国広の身を切る思いが分からない間柄ではない。
だからこそ、強い決意が尾を引いてこの部屋にも存在として残っているのだろうか。皮肉なものだ。
「主にも読み違える事があったか」
自嘲気味に呟くと、こんのすけは意外にも微笑みを返してきた。
「ふふ、まさか」

オレたちに人の身と使命を与え、生きる意味をもたらせた主。
オレたちを命と扱ってくれた主。
「死んでも主に導かれて。情けねえ刀だぜ、オレは」
なぁ。
あんたの事、信じても構わねえか?
「…今の一言。後悔すんなよ、こんのすけ」
「僕もこの本丸に、審神者様に就いた管狐ですからね」
こんのすけに背中を押された。そんな感じがした。

――平気だよ
どのツラを下げてそんな事が言えたのか。
赤い鼻、腫れた瞼をこすりながら堀川国広ははぁとため息をついた。
(平気にならなきゃいけない)
もう会わずに離れた方が互いの為だと部屋も和泉守不在の間に移動した。
笑顔で見送る必要すらない。そんな事をしては余計に想いが募る。
忙殺の日々の中で忘れていくしかない。
「大丈夫、大丈夫。大丈夫」
自分に言い聞かせるように殊更声を張り上げた。
和泉守がそうしたように、堀川ももし自分が和泉守のように置いていく側だったら…と立場を入れ替えて考えていた。
(僕だったら…)
自分だったら、今こうしているように顔も合わせずさっさと旅立った。
……だろうか?
「え…?」
その迷いは堀川自身にとって意外なものだった。
だって、いつまでも吹っ切れずに留まっても兼さんを苦しめるだけだよ?共に行けないのなら、未練を見せない方が余計な期待を持たせなくて良い。僕が置いていく立場なら、そうしなきゃいけないんだ。
でも
「…きっと…だなんて」
きっと、また会えるだなんて。
僕はなんて事を言ったんだろう。
「いけない。取り消さないといけない。あんな事、兼さんを…きっと…」
「もう遅ぇーよ」
早朝の講堂には澄んだ空気だけで誰も居なくて。水を張ったバケツが落ちたバシャンという音だけが響く。
「早朝からご苦労さん」
言葉にせずとも、もう会わないと通じたであろう相棒が目の前に居る。
「…なんで?」
「お前が手持ち無沙汰な時にする事なんざ分かるよ」
「そうじゃなくて」

――なんで会いに来たの?

飲み込む言葉を遮るように和泉守が続ける。
「主が、オレを先に行かせることにした理由を聞いた。お前はオレを置いていけないからだと。オレは不思議だった」
床に転げたバケツがカラカラと音をあげる。風が吹き通っている。
「オレは…お前なら、オレを置いていけると思ってた。無論、平然じゃないだろうが、お前ならそれが出来る。そうする、と」
だから、と続ける。
「主はオレたちの行動を見誤ったと思ったが…どうやら違うようだ」
堀川の息がつまる。
気づいたら、それ以上は…と懇願するかのように指先が自然と和泉守の口元に添えられていた。
和泉守は気に留めない。
「それでも、それでもお前はオレを置いていけなかった。そう、自惚れても…いいか?」
「兼さん…?」
何を言い出すのと視界が滲む。
「オレと別れることが、それほど辛いのだと。信じていいか」
「兼さん、やめよう。こんな事」
静止しようとする堀川の両手首を握りしめ、顔を近づける。
「国広、オレはもう二度とお前と離れたくない」
直視に耐えられない堀川の視線が揺らいでも、和泉守は続ける。
「場所は違えど生きてりゃ何処かでまた会えるかもしれない。実際離れ離れだったオレたちはこの本丸で再会出来た。だがな、いつかって、いつかってのは、何十年先、何百年先、一体いつなんだよ。こうやって今目の前に居るお前と次にいつ会えるか分からないなんて、オレには耐えられそうにない」
刀剣である自分たちは、その身一つを武器としてもう何も必要としない。そう思っていたけれど。
「オレには…お前が必要なんだ」
持ち歩かれるだけの刀じゃない、人の身を得て、共に生きた今だから言える事があって。
「お前にも、オレが」
「兼さん、兼さん…っ」
国広がオレの胸に顔を埋める。
「この身が、体が…憎いよ。どうしても期待してしまう。欲してしまう。貴方を、探して…」
審神者に与えられた命。
そのお陰で出会えた。そのせいで離れ難い。
「審神者の命に従えないなんて、僕らは」
抱き締めた国広の苦悩が、体中に沁みてくるように伝わってくる。
「歴史守る事も放ったらかして、とんでもねえ罪人だな、オレらは」
それでもピタリと密着した体は寸分と離れようとしない。
「…この体がなくたって」
ついさっきまでの泣き腫らした顔が嘘のように、力強い瞳でオレの顔を見据える。
「僕はもう、兼さんから離れないよ」
全てを決意した顔だ。
「駄々こねて命令に従わない刀剣なんざ刀解もやむを得なしか」
「…分からないけれど。その時が来ても、もう離れられないよ。審神者から僕らに与えられたのは体だけじゃないから」
この感情を、心を持ってしまったオレたちは、どんな大罪にあたろうとこうするより他がない。
「…最後まで、共に来てくれるか」
「勿論」

その身一つで何処までも行ける刀剣。
だが、その魂が引き合って離れないことを知ってしまった、気づいてしまったから。
オレたちは二人で消えるよ。
(悪いな、主。けどな…)
――あんたも気づいていたんだろう?
本丸を後に道無き道を行く。
今後行き倒れても、討ち死んでも、政府に捕らえられて罰を与えられるとしても、この道を選ぶ。
きっと正解じゃないのだろう。
けれど、使命も正義もほっぽり出して。ただ、最愛を傍らに。
「行こうぜ」
「はい」
他の道なんて、要らない。

***

行っちゃいましたよ、主様。
個人的には和泉守さんが切り出すのは意外でしたが、それすらも貴方なら織り込み済みでしょうか。
こちらの都合で命を与えるだけ与えて、歴史を守る為に尽くせと使い果たす政府の方針に、審神者の在り方に懐疑的な貴方の考えに彼らは救われたのでしょうか。
元より貴方の忠告通りあの二人を共に受け入れさえすれば丸く収まっていたのでしょうが、しがらみとは恐ろしく、醜いものです。

僕もそろそろ新しい本丸に就任します。
あの二人に、あの二人に似た刀剣にまた会える気がします。
単なる願望でしょうか。
いえ、希望ですね。
貴方が命を与え、愛情を込めた刀剣男士たち全員が、その愛情のまま育ちますように。

……大丈夫。
きっと、大丈夫。

「貴方の育てた刀剣ですからね」

それでは、さようなら。
また会う日まで。

22××年×月×日美濃国某本丸にて。

【終】


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