「杏、おまえ今日さ」
あたしの顔が和らいだのを確認し、朋也がこちらを覗き込んでくる。
けれど逆に、今度は朋也の様子が、ぎこちなくなっていた。
「どうしたのよ、一体?」
あたしは、怪訝に思い、尋ね返す。
朋也はあたしから目を逸らし、口をもごもごさせながら言った。
「今日は九月九日だろ?ほら、あれだ」
「それがどうし…」
あ…
そういえば、今日は。
「朋也、もしかして…」
「ああ」
朋也は照れているのか、ぶっきらぼうにこたえた。
それから少し間をおいて。
「誕生日おめでとう」
そっと、朋也が唇を重ねる。
柔らかい・・・そして確かに感じる朋也の温もり。
「ん・・・」
一度唇をはなし、もう一度重ねる。
そして今度は長めのキスを。
どれくらいたっただろうか。
次にはなしたときは、窓の外はもう日が落ちていた。
唇をはなした朋也の顔は真っ赤だった。きっとあたしも朋也と同じくらい赤いに違いない。
てっきりそれから沈黙が続くものとばかり思っていたが、朋也がいつもの調子で話しかけてきた。
「おまえ、すげえ顔が赤いからな」
「あんただってそうでしょ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
次の瞬間、あたしたちは思わず笑ってしまった。
「似合わねえことなんてするもんじゃねえな」
朋也が腹を抱えながら、笑う。
「もぅ・・・あたしはずっとドキドキしぱなっしだったんだからねっ」
あたしは朋也を睨みつけた。
「いや、まーあれだ。マジで誕生日おめでとう」
「はいはい、ありがと」
さっきまでの緊張はどこへやら、あたしたちはもうすっかりいつも通りだった。
「朝からずっと緊張していたんだが、もう開き直っちまったな」
「あたしも、どっと疲れたわよ」
お互いずっと一日中ヘンだったのだ。もしその姿を傍観できたのなら、とても滑稽に見えたに違いない。
ボタンだけが、このやりとりを見て、喜んでいるようだった。