「さてと、作ろうかしら」
あたしは鼻歌を歌いながら水道の蛇口をひねり、手を洗い始める。
「待て、杏。おまえは一体なにを作ろうとしてるんだ?」
朋也が怪訝そうな顔をして、あたしの隣に並んだ。
「え?なによいきなり。さっきお店で言ったでしょ」
「いや、そうじゃなくてだ」
「・・・・・・?」
「恋人同士ふたり、しかも男の家ときたら相場は決まってるだろう」
「もしかして・・・・・・」
「当たり前だぁーっ!」
朋也があたしをテーブルに押し倒す。
「ちょっ・・・ちょっと待ってよ朋也っ!いい加減にしないと本気で怒るわよっ!」
抵抗するが、しょせん普通の女の腕力では男には勝てない。
やがて、抵抗する気力もなくなり、あたしは・・・・・・
・・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・。
「はっ」
「おい杏、おまえまたぼーっとしてたぞ」
朋也があたしの顔の前で手をぱたぱたさせていた。
「あーんーたーねー・・・」
あたしはぎゅっ、と辞書を握りしめた。
「・・・って、あたしはまたぼーっとしてたの!?」
「ああ」
「・・・・・・・・・」
「今度は、なんか嫌がってた」
「それ以上は言わないで・・・」
穴があったら入りたい・・・・・・。
それから、何をするでもなく三人でひなたぼっこ。
「・・・・・・・・・」
そういえば、もう秋なのか。
公園の花壇に数本咲いていたコスモスの花が視界に入り、あたしにそう思わせる。
雲は青い空に吸い込まれていくように流れ、風はあたしの髪をなびかせて、木々はまだ残る緑黄を。
秋、始まったばかりの秋。
まだ実感はないけれども、確かに秋なのだ。
しかし、あたしは何か忘れているような・・・・・・。
(う〜ん・・・・・・)
頭をひねりながら、朋也をのぞき見る。
「ねえ、朋也。あたし何か忘れてな・・・って」
朋也はボタンを抱きかかえたまま、すやすやと眠り込んでいた。
わずかな寝息を立てて、気持ちよさげに。
ボタンの方も、朋也に抱いてもらって安心してるのか、熟睡していた。
「もう、仕方ないわねぇ」
あたしは笑顔まじりにため息をつく。
起こすのも気が引けるので、あたしはそのまま待つことにした。
next
back