「あたしね、保育士になりたいの」
「うん」
「あたし、こどもが好きだし、それに…」
あたしはリボンを、そっとてのひらに広げる。。
「このリボンをね、先生に返したい」
「どうして?」
朋也が怪訝そうに尋ねてくる。あたしは朋也に笑い返して続けた。
「自己満足かもしれないけど、それが先生に対しての恩返しだと思うから…」
「そっか…頑張れよ」
「そっか…って、朋也、あんたはどうするのよ。あんただって頑張らなきゃいけないでしょ?」
「………」
朋也は何も言わず、窓の外を遠い目で見ていた。
「朋也…」
だが、これ以上言葉をかけることができなかった。
今、朋也は何を思ってるんだろう…
あの顔の裏には一体何が隠されているのだろう…
「杏」
朋也の唇が開いた。
「どうしたの?」
あたしは朋也の横に座り直す。
すると。
朋也があたしをベッドに押し倒し、抱きしめてきた。
「朋也っ、いきなり何するのよっ!」
「なあ…5分だけでいいからこうしていてくれないか?」
大きな腕があたしを包み込む。
「・・・少しだけよ」
あたしも腕を朋也の背に回した。
朋也の腕の中は、安心する。まるでこどもの頃お母さんに抱っこしてもらった時のように。
だからだろうか、あたしは甘えるように朋也の胸に顔を埋めた。
「・・・俺な、怖いんだ。このままの自分でいることが」
朋也の心臓の動悸が早い。
それにつられてあたしの胸の鼓動も早くなる。
「おまえには夢がある。俺にはない。それが羨ましくて、そして悔しいんだ」
あたしは黙っていた。
今何か言葉をかけると、朋也が何か音を立てて崩れてしまうような気がしたからだ。
だから今は、朋也の話を、母親のように見守るだけに留めておいた。
「変わらなきゃと思う、親父との関係も解決させなきゃと思う。でもな、俺にはそんな勇気すらないんだ・・・っ」
言葉にならない声を吐く。
いけない。
自暴自棄になる朋也をなだめるように、あたしはふたつのてのひらを、朋也の頬に当てる。
朋也の頬は熱かった。
まるで熱でもあるんじゃないかというほどに。
そして何か熱い液体のような物が手に伝った。
窓から指す夕日の光がそれを反射させている。
そう、涙だ。
泣いているのだ、朋也は。
男の子が実際に目の前でなくことが信じられない・・・あたしはそう思った・・・しかも、朋也が、だ。
あたしは無言で、朋也の涙を、指で拭う。
朋也はその行為を拒もうとしたが、あたしは瞳でそれを制した。
朋也は目をそらし、あとはあたしのされるがままになる。