拭き終わると、朋也はあたしの右手の手首を掴み、軽くキスをする。
「ありがとう」
泣き笑いの朋也。
今拭いたばかりなのに、もう新しい涙が溢れてきている。
もう、仕方ないわねぇ、と胸の奥で呟いた。
そして、あたしは再び朋也の涙を拭き始める。
何度も、何度も。
ボタンも朋也を慰めるように、体をすりすりと寄せていた。
「うわっ、やめろってボタン」
身体を起こし、照れくさそうなやりとりをする、朋也。
だいぶ表情に余裕ができてきたようだ。
そろそろ頃合いか。
すると。
「杏の手は広いな」
ボタンを抱きかかえながら、朋也があたしを見据えて言った。
あたしは自分のてのひらを顔の目の前に広げてみる。
別段大きいとも小さいともあてはまらない。
ごく普通のてのひらだった。
「・・・・・・・・・」
あたしが回答に戸惑っているのに助け船を出すかのように、朋也が言葉を繋げた。
「手自体が大きいとかじゃなくてな」
「え?」
ようやく発した言葉が、とても間抜けたように感じた。
「おまえの手は、どんな人でも包み込めるって意味だよ」
朋也は自分の手とあたしの手とを重ねた。
「こうしてさ、おまえの手があると、落ち着くんだ。なんでだろうな」
「それはあたしだって一緒よ」
「そうなのか?」
「うん」
「そっか・・・」
朋也は目を閉じ、何か思い詰めるような表情をした。
唇を噛み、何か自分に言い聞かせているようだった。
そして、ゆっくりと目を開く。
さっきよりもどこか強く、いつもよりもどこか真剣な顔をして。
あたしはドキドキする。
好きな人にもう一度恋をしたような気分だった。
「な、杏」
「え・・・なに」
慌てて思考を切り替える。
「おまえさ、俺といて後悔をしてないか?」
「え?」
あたしは何を言ってるんだという顔をしていたに違いない。
「そ、そんなことあるわけないじゃないっ!」
自然と口調がきつくなる。
「そんなこと・・・言わないでよ」
あたしは目線落として、言った。
「わりぃ」
「謝らないでよ・・・」
どんどん声が小さくなる、あたし。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
外からは家に帰る子供たちの声が響く。
すぐあとにはトラックが朋也の家の前を通り過ぎる。
それが合図だとでもいうように、朋也の口が再び開いた。
「・・・じゃあ訊くぞ、杏」
あたしをしっかりと見据える。
「俺な、おまえを幸せにするから、絶対幸せにするからさ」
あたしは息を飲んだ。
次の言葉はわかっていた。
だからあたしも口を開いた。
「あたしと結婚してください」
「俺と結婚しよう」
「うん」
「ああ」
重ねた手をもう一度、離れてしまわないように、直す。
この重ねた手と手の中に、小さな未来が見えるから。
END