「そうか。それで?」
「・・・えっと、『それで?』なんて言われても困るんだけど・・・」
「なんでだよ、理由があるだろ?それを今でもつけてる理由が」
「ああ」
素っ頓狂な声を上げて納得する。
「まあ強いて言えば、憧れかしらねぇ?」
「憧れ?」
「うん」
「ふぅん・・・」
聞いても朋也はまだ何か腑に落ちない顔をしていた。
そこであたしはもうひとつ話を振る。
「ええと、あたしね」
「あん、なんだ?」
朋也はすぐに反応して、こちらを向いた。
「信じてくれないかもしれないけど」
「なんだよ、一気に言えよ」
朋也はじれったそうにぼやいた。
「これでも、保育園の時は椋と同じくらいおどおどしてたのよ」
「ぶっ」
朋也は吹いた。
「いやあ、冗談上手いなあ、杏」
「あはは。そうよねぇ〜」
和やかなやりとり。
だがあたしの右手には、国語辞典が握りしめられている。
「・・・マジか?」
後ずさりしながら朋也は訊いてきた。
「当たり前でしょ」
「・・・・・・・・・」
「なによっ。その沈黙はっ!」
「いや、普通信じられないって」
朋也が顔の前で手をぱたぱたさせた。
「・・・話をもどしていいかしらっ!?」
必要以上に声を強めた。
「あ、ああ・・・どうぞ」
「でね、その時の先生が今のあたしみたいな人なの」
「すっげえ怖そうだなぁ」
「これ、投げるわよ」
もちろんそれは右手の中にある、国語辞典。
「俺が悪かったって、な?」
「もぅ・・・続けるわよ」
ついつい許してしまう辺り、あたしは朋也にとことん弱いらしい。
「それで卒園する時にね、あたしも椋もその先生と離れたくないって、泣きじゃくったの。そしたら、これをくれた」
あたしはリボンをほどいて、あの頃の記憶を模索する。
あの時先生はこう言った。
『強く、そして優しくなりなさい、杏ちゃん、椋ちゃん。先生と約束よ』
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
あたしは強く、椋は優しくなれたのかな、先生?
届くはずもない先生に問いかける。
でも、問いかけるだけで・・・それだけで今は十分だった。