[いとけし手 -The road side-]



「……どこへ、って……と、とにかく、ここじゃなくて」
突然で予想外の問いに、リゼルグは口篭もる。
次の言葉を必死に探した。
自分の脳の中全てを引きずりだすように、何度も何度も考えを巡らせた。
「……ここじゃなくて、ここじゃないんだ……」
だが、言いながら、自分がいかに無力であるかを徐々に感じた。
いかに一人では何をすることもできないかを、思い知らされた。
マルコが閉め忘れたのか、半分だけ開いたドアの先は暗闇で、先は見えなかった。
「そ、そうだ!よ、葉君のところならなら、きっとしばらくは置いてくれるよ!
それで、それから、二人で、僕が働いて、君が、君の力があれば……」
声に虚しさが混じり、段々と小さくなっていき、最後には全く消えてしまう。
言葉を続けることができず立ち竦むと、メイデンが力の抜けたリゼルグの手を振り払った。
メイデンの左腕が自由になる。
しかしそれは力なく、体の横へと垂れた。
自分など所詮飾りにすぎないと、メイデンは一人心の中に呟く。
この体に一体何の力があるというのだろうか。
自分の行く先さえ決められず、この空間の中だけで崇め奉られる自分というものに、疑問を覚える。
しかしそんな考えはすぐにかき消した。
その問いがいかに無意味なことであるか、メイデン自身が一番よく知っていた。
自分の力など当てにしても何もならないと、リゼルグに言ってやりたかった。
そんな力があるのなら、今立ち止まったりなどしていないと叫びたかった。
リゼルグの考えの甘さに、メイデンは苛立ちすら覚える。
「私に行けるところなんて無い!」
それは、あまりにも悲痛な叫びだった。
リゼルグの手から離れたその姿は、この狭い箱舟の中ですら、小さく孤独だった。
まるで、世界の全てから切り離されたように、幼く白い躯が震えていた。
全てを拒絶したのはメイデン自身なのに、その姿は酷く傷ましい。
「もう、私が行けるところなんてどこにもないのよ……。」
「……ごめん、なさい。」
どこにも行き場所がないのは、自分も同じだとリゼルグは思った。
この箱舟という小さな空間に自分たちは生かされている。
箱舟という存在に庇護されている自分たちが、一体この外でどうやって生きていくのか。
二人で生きる。それはあまりにも現実から遠く離れた幻だ。
所詮奇麗事など、現実の前では絵空事と同じである。
自分たちの生も死も、全てはこの箱舟という空間に支配されている、とリゼルグは感じた。
この場所の"総意"一つだけで、自分たちの運命は決められてしまうのだろう。
震える小さな手は、もう一度繋がる事も出来ずに、ただ固く握り締められた。
長い、長い沈黙。
やがて憐れんだように諦めたように、そして何時ものように、メイデンがそっと微笑む。
「……からだなんて、直ぐに元通りになりますわ。さあ、戻りましょう。」
メイデンの冷たい手が、リゼルグの手を包んだ。
小さな二つの掌が重なる。
掌を繋げてなお、二人は独りぼっちだった。

閉ざされた扉に背を向けて、閉ざされた箱舟の中に二人はまた、戻る。

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