俺の命をくれてやる



寒さで冷え込む中、いつもの場所に行くと奴がまたロケットをいじっていた。
さすがに今日は寒いのか赤いコートを上から着込んでいる。
「……暖かそうなコートだな」
「お、きたな」
俺は軽く奴に向けて手を上げ、担いでいたギターケースを下ろした。
「コートを着てるなんて珍しいな」
まぁそもそも今まであの薄い全身タイツのような服でいたのがおかしいのだが。
奴は俺のほうを向くと、にやりと不気味な笑みを浮かべた。
「まぁ最近は寒気がやってきて空の気温もグッと下がってるからな、それに」
そういうと奴はロケットの小窓から小さな白い袋を引っ張り出した。
「今日だけ俺はサンタ86だからな!」
「はぁ?」
思わず考えるより先に声が出る。
確かに、全身赤のその格好はサンタに見えるかもしれない。
だが、しかしだ、最近のサンタって言うのはロケットで飛んでくるものなのか?
俺が思考をめぐらせていると、奴は両手を後ろに隠しながらへらへら笑ってこう言った。
「よいこのよいこのナカジ君、ロケットサンタから特別にプレゼントをやろう!」
「いらん」
「即答かよ!そんなこといわずにどっちか選べよ、さぁ!」
奴は俺に見せるように隠していた両手を掲げた。
右手にはリボンのかかった長方形の小さな箱が乗っている。
左手には……何も乗っておらず、手首にリボンが巻きつけてある。
俺は何も言わずに右手の箱を取った。
「少しは悩め、この野郎!一人で手首にリボン巻くのって大変だったんだぞ、おい聞いてるか?!」
「……あけるぞ」
……俺が左手を選ぶとでも思っていたのか?
妙に悔しがっている奴を横目に箱のリボンを解く。
小さな箱の中からさらに小さな金属製の箱が出てくる。
少し丸みを帯びたそのフォームに、俺は見覚えがあった。
「これは……メガネケースか?」
「よくわかったな」
メガネケースをひっくり返すと、裏に小さくNAKAJIと刻まれている。
「これ、彫ったのか?すごいな……」
俺にしては珍しく、奴に感心を覚える。
相変わらず見た目に似合わず手先が器用な男だ。
「んー……ていうか全部俺の手作りってやつ?」
「……は?」
「だから、それ家にあった余った金属で作ってみたんだけど、なかなかよく出来てるだろ?」
今の俺は大層まぬけな顔をしていることだろう。
作った?この、メガネケースを?
思考が追いつかず、思わず奴のほうを見ると奴はそんな俺の思いなど見通しているかのように、ただいつ
ものようにへらへらと笑って俺を見ていた。
手の中にあるメガネケースをよく見てみる。
接合面はきっちりと加工してあり、内装もちゃんとクッション素材がひいてありメガネに傷がつかないよ
うに工夫されている。
ただ、よくよく見ると確かに市販の、機械で生産したものには見られないようなわずかな歪みが存在して
いた。
しかし、本当に注意をして見ないと気づかないような、ごくごくわずかな歪みである。
「よくできてんだろ?」
俺の混乱を見透かすように、奴が笑う。
「……よく、やるな」
混乱した心を落ち着けて、やっとのことで言葉を搾り出す。
「プレゼントってのは、やっぱり手作りだろ?」
奴が白い歯を見せて、にかっと笑う。
……それだけでこれを作り上げたって言うのか、このおっさんは。
俺は手の中のメガネケースを見下ろした。
奴が作ったメガネケースは日の光に照らされて、鈍い光を放っていた。
「……ありがとう、な」
奴の心意気に免じて、一応お礼を言っておく。
そっとメガネケースをコートのポケットにしまう。
その時にふと思った、俺には奴に渡せるものがないな。
俺がそう言うと、奴は。
「別に期待してねぇよ、俺はサンタだぜ?」
またにかっと笑いながらそう言った。


……子供の頃に疑問に思ったことがある。
それはまだ、俺がサンタを信じていたころの話だ。
まだ小さかった俺は、母に尋ねた。
サンタは俺たちにプレゼントをくれる、じゃあサンタにプレゼントは誰がやるんだ?
母は言った、サンタは大人だからプレゼントはもらえないのだと。
それならば、サンタが子供だった場合はどうだ。
この目の前にいる、子供のようなおっさんには誰がプレゼントをやるというんだ。
サンタは人に与えてばかりだ。
よく絵本で、子供たちの笑顔が一番のプレゼントだと言うがそんなまやかしに俺は騙されない。
よいこのサンタにはプレゼントが与えられるべきではないのか。
むしろ、与えられてばかりでは俺の気がすまないというものだ。


俺は、カバンの中からスペアのメガネが入ったメガネケースを取り出した。
不思議そうに見つめる奴の左手を取り、そのメガネケースを握らせる。
奴の左手首にはまだリボンがかかったままだった。
顔を上げると、不思議そうに俺を見る奴と目があった。
「……俺は、サンタがプレゼントをもらっても別にいいと思う」
俺が持っているもので俺があげられるものといったらこれぐらいしかないが。
奴は一瞬だけきょとんとした顔を取ると、すぐにまた笑顔に戻った。
俺はそっと手を離した。
奴は渡した俺のメガネケースの中からメガネを取り出して、笑った。
「……お前、前に言ってたよな?メガネはお前の魂だって」
「ああ」
「メガネはお前の命だって」
「ああ」
「……お前の命の一部、俺が預かってもいいのか?」
「……ああ」
俺は、あんたのように心を込めて物を作ることなんてできない。
だから、俺の心をくれてやるよ。
奴はしばらくメガネをいじると、おもむろにサングラスを取り外し手に持っていたメガネをかけた。
「うわっ、度きっついなぁ」
メガネをかけた奴は、俺のほうを向くと歯を見せて満面の笑みを作った。
「似合うか?」
「……似合わねぇな」
「そうかい」
俺はそっとポケットから、奴にもらったメガネケースを取り出した。
メガネケースはまた日の光を映し、鈍い光を放っている。
俺はそのメガネケースを握る手に少しだけ、力をこめた。



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