優しい嘘





夕方。
俺はいつものようにマモルくんを最寄の駅まで送っていく。
結局あの後はいつものようにのんびりと過ごしてしまった。
「あの、今日はありがとうございました!」
「ううん、マモルくんこそ、宿題終わってよかったね」
俺の言葉にマモルくんはちょっとだけ驚いた顔をして、目を伏せた。
……これは、やっぱり。
俺はマモルくんにずっと気になっていたことを聞いた。
「ねぇ、マモルくん、宿題わからなかったって、あれ嘘でしょ」
マモルくんが顔を上げて驚いたような顔で俺を見る。
「……やっぱり」
「……ごめんなさい」
変だと思ってた。
あれぐらいの問題、マモルくんなら普通に解けるし、そもそも家族にでも聞けばいいことだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
マモルくんが泣きそうな声で謝る。
「別に怒ってるわけじゃないよ、ただ、どうして嘘ついたのかだけ教えてくれる?」
俺だって、恋人に嘘をつかれるのが気にならないわけじゃない。
それに、マモルくんが平気で嘘をつけるような子じゃないってことも俺はよく知っている。
「…………から……」
「マモルくん?」
小さな声で聞き取りづらい。
俺はしゃがんで、目線をマモルくんの目の高さに合わせた。
「……ジャスティスさんともっと会いたかったから……」
マモルくんがかすかな声でつぶやく。
俺と、会いたかった?
でもなんで嘘をつく必要が?
「たまには、ボクからも会いに行きたかったんです……でも、会いに行く理由もないですし……」
ああ。
そういうことか。
俺に会いたかったけど、会いに行く理由がない。
だから会いに行く理由を作るために『宿題』という嘘をついた。
「ごめんなさい……」
いまにも泣きそうなマモルくんを俺はきゅっと抱き寄せる。
「……ジャスティスさん?」
「ふふっ、会いに来る理由なんていらないのに」
心底、マモルくんを愛しいと思う。
「で、でも」
「マモルくん、俺だってマモルくんに『会いたい』から会いに行ってるんだよ、それじゃ理由に
ならないかな?」
「『会いたい』から……?」
「そう、『会いたい』っていう理由がちゃんとあるじゃない」
会いたいから、会いたい。
ただ、それだけでいいじゃないか。
俺はマモルくんから体を離した。
「今度から、嘘なんてつかなくていいからね」
ただ、『会いたい』って言ってくれればいいんだ。
「ごめんなさい……」
しょぼんとした様子のマモルくんを俺は眺めた。
カサリ。ふと、ポケットの中に違和感を感じる。
ああ、そういえば渡そうと思っていたものがあったんだった。
「マモルくん、嘘をつくのはいけないことなんだよ」
「……ご、ごめんなさい……」
「と、いうことでジャスティスさんから命令です」
俺はポケットに入ってたままの封筒を取り出した。
封筒の中に入っているのは、二枚のチケット。
そのうち一枚をマモルくんに手渡す。
「今度の日曜日、絶対にあけておいてね」
「え、ジャスティスさん、こ、これって……」
おととい、帰りに牛乳と一緒に買った遊園地のチケット。
いつも俺の都合で遠くに二人で出かけるなんてできなかったから。
「嘘つきな子にはおしおきが必要でしょ?」
「おしおき……?」
マモルくんがきょとんとした目で俺を見る。
「そう、一日中俺にマモルくんを独占させて?」
マモルくんの顔がまた赤くなる。
まったく、表情がくるくる変わる子だなぁ、見ていて飽きないよ。
「え、でも、いいんですか……?」
「何が?あ、これはおしおきだから拒否権なんてないからね」
「そ、そんな、拒否なんてするわけないです!」
「よしよし……すっかり暗くなってきちゃったね」
家を出たころ薄くオレンジに染まりかけていた空は紫色になりかけていた。
俺はそっとマモルくんに手を差し出す。
マモルくんがちょっと躊躇しながら手を握ってくれる。
暖かい。




「……それじゃ、帰ろうか」
「はい……」
駅までの短くて長い道。
二つの影が手をつないで歩いていった。


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