海は




ナカジは授業が終わるとすぐいなくなってしまう。
だから、こっそりとあとをつけてみた。


そしたら、川沿いの、鉄橋の下で、ロケットのおっちゃんとキスしてた。



俺は、海へ出た。


‐海は‐

目の前はこそばゆくて、耳には風がうねりを上げる音がする。
口の中が砂でじゃりじゃりして気持ちが悪い。
そのままぼーっとしてたら唇に何か柔らかいものがあたるのを感じた。
次の瞬間、無理やり息を吹き込まれていた。
その衝撃で思わず俺は飛び起きる。
「うおっ?!」
「……うぇっ、げほ、っげほ……気持ち悪い……」
俺はそっと周りを見回す。
どうやらどこかの船の中のようだ。
部屋の中には俺ともう一人、驚いた顔でこっちを見るおっさんがいた。
「……目ぇ、覚ましたか」
よく日に焼けた肌、年はロケットのおっちゃんと同じぐらいだろうか。
なんて考えていたら、ナカジとおっちゃんがキスしてた場面が頭をよぎった。
「どうだ、怪我とかしてないか?」
「あ、うん……」
体中砂でじゃりじゃりしてるけどどこも痛くない。
ウェットスーツが破れてる、なんてこともなさそうだ。
そうだ、俺、この人に助けてもらったんだよな?
お礼……言わなきゃ。
「あ、あの、ありが」
「バカ野郎ッ!!」
拳骨一発、俺の頭に直撃。
「いてぇ……いきなりなにすんだよっ!」
「なにするもなにもこんな日に海に出る馬鹿がいるかこのボケ!!」
窓の外は曇り空、海は大荒れ最悪コンディション。
「お前もサーファーのはしくれだから海の状態ぐらいわかるだろう? 死ぬ気か?!」
部屋の片隅には俺のボードが転がっていた。
「……ごめんなさい……」
「まったく、俺が船の様子見に来なかったらどうなっていたか……」
「……俺、なんであんな海にでちゃったんだろう……?」
おっさんが煙草に火をつける。
「なんか、いやなことでもあったか?」
頭にさっとナカジとおっちゃんの姿が浮かぶ。
「……たぶん、失恋?」
ナカジを取られたような気持ちだった。
「海なら何でも受け止めてくれると思ったんだ」
海は俺のすべてを包み込んで、それで明日また元気にナカジとあえる。
そう思っていた。
「でも、海にも拒絶されちゃった」
「ハハッ、海にも気分ってもんがあるからな」
「……うん、でも俺の気持ちは全部さらってってくれたよ」
ありがと。
「……お、海の機嫌がよくなってきたぞ」
「うわぁほんとだー!」
窓の外を見ると先ほどの嵐はどこへやら、海に沈む太陽と真っ赤な海が広がっていた。
風が涼しい。
「そうだちゃんと言えてなかった、助けてくれてありがとう」
精一杯の笑顔でおっさんにお礼を言う。
そしたら、髪をくしゃくしゃってやられた。
「そうそう、お前は笑ってたほうがいいな」
窓を広く開けて海の風を部屋に招待する。
俺は思いっきり伸びをした。
「そうだおっちゃん名前なんて言うの?」
「洋次郎、坊主お前は」
「タロー」
洋次郎のおっちゃんもひとつ伸びをする。
「また来てもいい?」
「おう、また海の機嫌が悪い時にでもこいよ」
「あー、親友も取られちゃったし、海にも拒絶されちゃった、俺どうすればいい思う?」
「それじゃあ、俺にしとく?」
なんてな、とか言いながら馬鹿笑いするおっちゃん。
それ、本気にしちゃうよ?



なーんて、ね。





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