空の向こう



空はいつもと同じで静かだった。
どこまでも広がる青空の中を小鳥が行き来しているのが見える。
「やっぱ、空はいいなー……」
前を見ると、操縦桿を握るFの背中が見える。
Fの運転じゃなくて、自分の飛行機で空が飛べたらどんな気分になるんだろう。
僕は視界に、自分の飛行機が空を飛んでいる様子を思い浮かべた。
「空は気持ちがいいですよねー……」
Fの声が聞こえる。
ここからじゃFの顔は見えないけど、声の調子からするとたぶん笑ってるんだろう。
ぼーっと青い空を眺めているといろんなことが頭に浮かんでくる。
僕の飛行機のこと、空のこと、Fのこと……。
それらの事柄が頭に浮かんでは消え、消えては浮かんだ。
「そういえば、ライト君はどうして空を飛びたいんですか?」
Fが僕に聞く。
……そういえば、どうしてだっけ?
「ちっちゃいころに見た空が綺麗で、そこに行きたいって思ったからかな……」
「そうなんですか」
本当に、そうだっけ。
それじゃあどうして僕は自分の飛行機にこだわってるんだろう?
確かに、もっとちっちゃかった時に見た空があまりにも綺麗だったから僕はそこに行きたいって思ったん
だ。
でも、どうして自分の飛行機じゃないといけないんだろう?
自分の力で飛べたらきっと楽しいけど、飛ぶだけならFみたいに運転士になればよかったのに。
僕は、いつから自分で飛行機を作り始めたんだっけ?
僕が考え込んでいると、不意に頭に重みを感じた。
意識を元に戻すと、Fが体を半分僕の方に向けて僕の頭に手を乗せていた。
「ライト君なら、きっとできますよ」
Fが微笑みながら僕の頭をなでる。
「ライト君はこんなにがんばってるんだから、できないはずがないですよ」
僕は微笑むFの顔をじっと見た。
「俺はいつも応援してますから……そんなに見ないでくださいよ恥ずかしい」
「……F、ありがと」
Fが帽子を深くかぶりなおして、また前を向く。
「飛行機が完成したら俺に一番に教えてくださいよ」


ああ、思い出した。
Fだ。
1年ぐらい前、Fが飛んでるのをみたんだ。
新幹線に乗ってふわりと浮かぶFを。
あの頃はまだ飛行機に興味があるだけで、ただパイロットになりたいなとかなんとなく思っていただけだっ
たっけ。
最初はどうして飛べるのかが気になった。
次は、どうやったら運転士になれるのかが気になった。
だから、僕はFに話しかけたんだ。
僕の疑問にFはその時も困った顔をしていたのをよく覚えてる。
その時に初めて僕を後ろに乗せてくれた。
というか、僕がわがまま言って乗せてもらった。
はじめて見る上空の景色は、予想以上にすごくて僕は空がもっと好きになった。
そして、Fのことも大好きになった。
Fはわがままな僕にも優しくしてくれて、とてもかっこよく見えたんだ。
仕事に戻るために、降りたくないとごねる僕を地上に降ろして空のかなたに消えていったF。
僕はその姿をずっと見てた。


「もちろん!一番に教えるよ!」
僕は空が好き。
そして、Fが大好き。
「楽しみにしてますよ」
Fが笑いながら言うのが聞こえた。
あの時より、僕はずっとFと仲良しだ。
こうやって手を伸ばしたらFの背中に届く。
……けれど、自分の力でFに追いつかなきゃ、Fを捕まえたことにはならないんだ。
僕は伸ばしかけた手をひっこめた。


あの日、Fが飛び立つ前に僕は聞いたよ、「また会える?」ってね。
そうしたらFはこう言ったんだ。
「そうですね、ライト君が空を目指していたらいつかまた会えるかもしれませんね」
『いつか』なんてそんな不確かなもの信じられない。
僕はFを追いかける。
そして、今度は僕がFを乗せてあげるんだ。
だから僕は飛行機を作り続ける。
大好きな空と、大好きなFを目指して。


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