四角くて白くて暖かい



冬の寒いある日、夕ご飯の買出しのため近くのスーパーに来ていた。
店内をぐるっと一周してみたはいいけれど何も思いつかない。
僕は手に持った重さの感じない買い物かごを見てひとつため息をついた。
「ふぅ……どうしようかな……」
今日は久しぶりにローズさんがうちに来る日だ。
せっかくローズさんが僕の手料理を楽しみにしてるんだからおいしいものを食べてもらいたい……。
けれども……。
僕はポケットの中から財布を取り出して中のお札を数えた。
一枚……二枚……給料日は明後日。
なんと心もとない懐なんだろう。
「う〜ん」
お金がないなんて言ったらローズさんはきっと気前よくポンと出してくれてしまうのだろうけど、ローズ
さんのための夕ご飯なのにお金を出してもらうなんてあれだし、なによりも心配なんてかけられない。
おいしくて、暖かくて、ローズさんが好きそうなもの……。
僕はアイデアを求めて店内をさまよった。
卵の棚を通り過ぎ、ふと隣の棚に目が行く。
納豆、がんもどき、厚揚げ……あ。
「そうだ、これがあるじゃないですか!」
ふと、ある料理が頭にひらめく。
おいしくて、暖かくて、ローズさんの好きそうなもの。
僕は目の前にある棚からあるものを取り出してかごに入れた。
それは、四角くて白い……。



「ヒグラーシ、久しぶりだねぇ!」
「お久しぶりですローズさん!」
夜になって、ちょうど夕ご飯の準備を始めた頃、アパートのドアがノックされた。
ドアを開けると、そこには真っ赤なバラの花束を抱えたローズさんがいた。
「あ、これヒグラシにお土産、紅茶とお菓子も持ってきたから後で食べようね」
「いつもありがとうございます、どうぞ上がってください」
ローズさんからバラの花束を受け取ると、ふわりとバラの香りが鼻をくすぐる。
「すいません、すぐお夕飯の準備できますからくつろいでいてください」
「ヒグラシの料理はおいしいからね、楽しみにしてるよ」
ローズさんがコートを脱ぎ壁際のハンガーにかけ、部屋においてあるコタツに入る。
こたつとローズさんというあまり見慣れない違和感のある風景に僕はくすりと笑みをこぼした。
さて、準備準備。
バラの花束をとりあえず棚に置き、鍋ののっているコンロに火をつける。
その間にねぎなどの薬味を刻んで、鍋が湯気を立て始めたら材料を投入。
そしてご飯をよそって、薬味を入れた器と共に食卓に運ぶ。
「やっぱりこのこたつっていうのはいいねぇ……ヒグラシ、それはなんだい?」
「ふふ、ローズさんはお醤油とポン酢どちらがお好みですか?」
「ん〜ソイソースかなぁ」
食卓にお醤油を一瓶と鍋敷きをおく。
そうこうしている間にお鍋からおいしそうな匂いと湯気が立ち上ってくる。
火を止めて食卓に運ぶ。
「今日はとても寒いのでお鍋にしてみたんですけど……」
「いいねぇ!ナベ、日本の冬といったらやっぱりナベだよね!」
ローズさんが嬉しそうな顔をする。
僕はお鍋を鍋敷きの上に置き、そっとふたを開けた。
「うわっ……!」
立ち上がる蒸気で眼鏡が曇って前が見えなくなる。
ふたを脇において軽く眼鏡を指でぬぐうと立ち上る湯気の向こうにローズさんがいるのがはっきり見える。
「ヒグラシ、これはなんと言うんだい?」
「あ、ローズさんもしかして食べたことないですか」
ローズさんが不思議そうに湯気の立ち上るお鍋の中身を覗きこんでいる。
お鍋の中にはたくさんの白菜と白身魚の切り身、そして四角くて白い……お豆腐。
「これはですね、湯豆腐って言うんですよ」
「へぇ、これがユドーフかぁ……」
ローズさんは始めてみる料理に興味しんしんみたいだ。
「話にはきいたことがあったけど食べるのは初めてだよ」
にこにこ笑うローズさんを見て、僕はローズさんが喜んでくれてよかったと心から思った。
おたまで豆腐をすくい、ローズさんの器に盛り付けてちょこっとだけお醤油をたらす。
「はいローズさんどうぞ、お味は自分好みに調整してくださいね」
「ありがとう、ヒグラシ」
ローズさんにスプーンといっしょに器を手渡す。
お箸じゃ食べにくいですよね、きっと。
「それでは、いただきましょうか」
「それじゃ、いただくよヒグラシ」
ローズさんが器に息を吹きかけお豆腐をさます。
そして、お豆腐にスプーンを入れ……僕の方に向かってスプーンを差し出した。
「はい、ヒグラシあ〜ん」
「……なんのまねですか」
「え、恋人同士のお約束じゃないのかい?」
まったくもう、この人はどこでこんなことを覚えてくるんだろう。
ああ、もう恥ずかしいなぁ。
ローズさんの方をちらっとみると、目があった。
ローズさんがにこりと笑う。
お鍋が暖かいのかそれとも恥ずかしいのか、どちらともわからない熱で顔が赤く染まるのを感じた。
「わかりましたよ……もう」
僕は、ローズさんとの距離を近づけるため、ローズさんの向かいの位置から場所を一つずらした。
ローズさんのスプーンがそっと口の中に入る。
ローズさんの袖口からさきほどのバラの香りがかすかに漂よう。
ローズさんはあのバラと同じ香りがするんだなぁ、と思っているうちにお豆腐はあっというまに溶けるよ
うになくなってしまった。
「おいしい?」
「ええ、とても……ってローズさんのために作ったのに何で僕が先に味わってるんですか!」
ローズさんはその問いには答えず、笑いながらお豆腐をすくって自分の口に運んだ。
僕は気を取り直して、自分の器に口をつける。
僕の鼻にはまださっきの香りがかすかに残って、消えなかった。
ローズさんが「おいしい」とつぶやく声が僕の耳に届いた。



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