それはまるで



昼下がりの店内に、明るくカウベルの音が来客を告げる。
「こんにちは、マコトさん」
「ジェフ君、いらっしゃい!」
もう何度、このやり取りが繰り返されたのだろう。
マコトが手招きしてジェフを椅子へ導く。
なれた手つきで器具を準備し、鼻歌交じりでマコトがジェフに話しかける。
「今日はどうする?」
「そうですね……いつもと同じぐらいでお願いします」
「ん、了解」
『いつものように』、マコトがジェフの頭に霧を吹き、鋏を入れる。
シャキリシャキリと無機質な鋏の音が辺りに響く。
「ジェフ君、最近どう?お仕事忙しい?」
「そうですね……日本での仕事もこなすようになりましたから……でも、一段落着きましたよ」
「じゃあもしかしてもう今日は仕事なし?」
「ええ、3日ほどオフをいただけました」
マコトの声が明らかに嬉しそうな響きを含む。
「じゃあ、これが終わったらどこか出かけない?」
「ああ……いいですね」
「どこがいいかな〜あ、季節物だし海なんてどうかな」
「海、ですか……」
ジェフの頭に海の強い日差しと潮の香りが思い出される。
でも、マコトさんとならどこでもいいか、とジェフは思った。
マコトが鋏を入れるたびに、ジェフの綺麗な髪がぱらりぱらりと落ちていく。
シャキリ、シャキリ、ぱらり、ぱらり。
二つの音が織り成すリズムが仕事で疲れたジェフに優しく響く。
「……眠かったら、寝てもいいよ?」
「……すいません、それじゃあお言葉に甘えさせていただきます……」
ああ、この人にはやっぱり何でもお見通しなんだ、と思いつつジェフは重くなってきたまぶたを
静かに閉じた。





「……ん」
ジェフが目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
軽くあたりを見回すとそこがマコトの部屋だというのがわかった。
机の上にある時計は深夜の2時を示している。
「何で僕、ここに寝てるんだ……?」
ジェフは記憶をたどる。
仕事がオフになったからマコトさんの所へ行こうと思って、それで髪の毛を切ってもらってる間
に眠くなってきてしまって……ということは自分はあれからずっと寝ていたのか?
ジェフがそんなことを考えていると部屋のドアがそっと開いた。
そこには、コーヒーカップを持ったマコトがいた。
「あ、ジェフ君起きた?」
「あ……マコトさん、ボクずっと寝てたんですか?」
「うん、あまりにも気持ちよさそうに寝てたからね、起こすのも悪いかなーなんて」
「すいません……」
「気にしないで、ジェフ君やっぱお仕事で疲れてたんでしょう?」
そういってにっこりと笑うマコトに、ジェフは申し訳なさを感じてしまう。
「でも、せっかくマコトさんが海に行こうって誘ってくださったのに……」
ジェフが寂しそうに肩を落とす。
そんなジェフを見て、マコトは手に持っていたコーヒーカップを机の上に置く。
そして、カーテンの隙間から窓の外を見て微笑んだ。
「ジェフ君、ちょっとこっちおいで」
マコトが手招きをしてジェフを窓際に呼び寄せる。
ジェフは頭に疑問符を浮かべながらもマコトのそばに近づいた。
「マコトさん……いったい何を?」
「海につれてってあげるよ」
そう言って、マコトは勢いよくカーテンを開けた。
そこに広がっていたのは……。
「うわぁ……」
一面の星空。
たとえるならばそれはまるで、星の海。
「今日はよく晴れてたからね、このぐらいの時間になればこのあたりでも十分星が見えるんだよ」
マコトがそっとジェフの腰に手を回す。
「マ、マコトさん?!」
「……俺はね、海に行きたいって言ったけど本当はどこでもいいんだよ、ジェフ君と一緒ならね」
そのままジェフに軽く口づけを落とす。
柔らかい口づけを受けながらジェフは思った。


……いつでもこの人はボクの求める答えをくれる。
ああ、やっぱりこの人はボクの考えなんてお見通しなんだ、と。



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